勇者アルナルドの卑劣な弁明

遊座

プロローグ





 「勇者」アルナルドは王の前にひざまずいていた。


 旅立ちの壮行そうこうのためでもなく、魔王軍との戦況報告のためでもない。


 彼がいつも装備している必要以上にきらびやかな鎧ではなく、布の肌着一枚で。


 つかに豪邸が買えるほど高価な魔石を埋め込んだ特製の魔剣もない丸腰で。


 周りには彼を褒めそやす貴族達ではなく、完全装備の衛兵達がいた。


 そう、アルナルドは王の御前でその罪の取り調べを受けているのだ。


 彼の犯した罪への嫌疑は 4 つ。


 まず 1 つ目は「勇者」の地位を利用した不正な蓄財。


 「勇者」の活動の報酬は全て所属する国から出される。


 よって一般の冒険者と違って、国民からの依頼に代価を要求してはならない。


 しかし、彼は法外とまでは言えなくとも、人助けの対価として高額な金貨を要求した。

 さらに魔王軍と人類が対峙するこの非常時、「勇者」は各国を言わばフリーパスで行き来できる。


 本来ならば輸出禁止の物品も「勇者」の荷馬車の中にあれば警備兵はそれを咎めることは不可能だ。


 その特権を利用して彼は密輸を行い、莫大な利益を得た。


 この容疑に対するアルナルドの弁明は以下のようなものであった。


 彼は大量の汗を流しながら「そ、そもそも戦争にはお金がかかるんです ! 魔王軍に対して国軍は国の防衛を主として、攻め手は私だけなのに毎月の国から補助金が 10 万ゴールドという新米警備兵の給料よりも安い金額でまかなえません…… ! 」という開き直りによって、勇者たる者は清貧であるべし、という信条の王の額に青筋を作ることに成功した。


 これは王を公的な場で「ケチ」呼ばわりしたのと同義である。


 ちなみに 1 ゴールドは現代日本で言えば 1 円だ。


 第 2 の嫌疑は「勇者」の地位を利用した不貞行為。


 魔王の城への経路となる各国の各都市にいわゆる現地妻がいる、と告発された。


 これに対する彼の弁明は一言。


「ご、合意の上です……」


 複数の現地妻の存在自体を恥ずかしげもなく否定しない彼の言葉は、彼と恋仲であると噂の王の娘に泡を吹いて気絶させることを成し遂げた。


 ただこれら二つは今までアルナルドが上げた戦果と相殺させて不問にしても良い程度のものだ。


 問題は残り二つの嫌疑。


 第 3 の嫌疑はアルナルドのパーティーに所属していた「勇者」シリへの不当な処遇。


 当時、「剣士」から「勇者」へと覚醒を遂げたシリから装備一式を奪い取り、魔物が多く生息する森の中に彼だけを残して去っていったこと。


 これはアルナルドが自らの「勇者」としての地位を守ろういう極めて利己的な犯罪であると告発されていた。


「わ、私が彼を森に置いて行ったからこそ……彼は限界を超えて覚醒できたのです…… ! 」


 犯した罪と同じように極めて利己的な弁明であった。


 これに対して、被害者であり、全ての嫌疑の告発者でもあるシリは冷たい目で汗を流す彼を見つめていた。


 そして第 4 の嫌疑。


 アルナルドは女神の恩寵おんちょうを失っている、というものだ。 


 これが最も実際的な問題であり、「鑑定」スキルによってすぐに結果のでるものであった。


 その結果、彼は雷と法を司る女神クレスセンシアの恩寵「操雷」を喪失していることが判明した。


 それを失ったということは雷魔法はもちろん、そこから派生させた剣技も全て失ったということを意味する。


 ただ一つ残っていたのは「ライトフィスト」という聞きなれないものだけ。


 物語はこの鑑定結果が出たところより始まる。



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