第1話 謎のスキル「ライトフィスト」




「ご覧ください。この『鑑定結果』を」


 告発者でもあり、被害者でもある「勇者」シリが掲げた紙にはアルナルドが現時点で使用可能なスキルが記載されている。


 アルナルドが「勇者」と認定された際の「鑑定」では絢爛豪華なスキルが並んでいたが、今はたった一つのみ。


「これは法と雷を司り『勇者』に恩寵を授けてくださる女神クレスセンシア様からこの男が見捨てられたことの証に他なりません」


 シリはキッチリと後ろに流した金色の髪で、まるで自らが法の顕現であるかのような威厳を放って言う。


 女神から授けられた恩寵を剥奪されるなど、前代未聞のことであった。


 過去にスキルを悪用して大量殺人を犯した極悪人にすら、なかったことだ。


 そもそも「勇者」としてのスキルがなければもはやその職務を全うすることができない。


 王は眉間に皺を寄せて、うなづいた。


 それに対してアルナルドはくすんだ茶色の髪を挙動不審にかきながら、慌てて弁明する。


「ま、待ってください ! 私は確かに「操雷」を行使できなくなりましたが、残ったスキルを見てください ! 」


「……『ライトフィスト』とあるが……聞いたことのないスキルじゃ」


「それは Light Fist つまりは『光のこぶし』です。私はクレスセンシア様より格上である光の女神、ギムドフリア様の恩寵を賜ったのです ! 」


 そう言ってアルナルドは外連味けれんみたっぷりに右拳みぎこぶしを掲げてみせる。


 その言葉に謁見の間で警備兵の後ろに鎮座していた貴族達もざわついた。


「ギムドフリア様と言えば、この世界の全てを生み出したという原初の創造神……」


「教会も光と慈愛を司るギムドフリア様を最高神として祀っておるし……アルナルドを『勇者』に推薦したのも教会だったな……」


「ならばクレスセンシア様が授けてくださった勇者固有の「操雷」よりもさらに強力なものなのか…… ? 」


 ざわめく聴衆の声を受けて、アルナルドは調子づく。


──そう、この拳こそが現在世界を覆っている闇を打ち破るのです、と畳みかける前にシリが一拍早く口を開いた。


「騙されてはなりません ! アルナルドみたいなゴミのような人間、いや人間のようなゴミにギムドフリア様が恩寵を授けるわけがありません ! 恐らくそれは Light ではなく Right Fist ……ということは『ライトフィスト』とは『右の拳』、つまりはただただ右手で相手をぶん殴るだけのゴミに相応しいクズスキルに違いありません ! 」


「なんだと ! 貴様 ! ギムドフリア様が授けてくださった恩寵を侮辱するのはギムドフリア様を侮辱するのと同義だぞ ! 」


 すぐさまアルナルドが怒鳴る。


「私はギムドフリア様を侮辱してなどおりません。そもそもそのスキルは本当にギムドフリア様から授けられたものなのですか ? 」


「ほう ? 疑うのか ? ならばその身に『ライトフィスト』を受けてみるがいい ! どうした !? 怖いのか !? ただのクズスキルなんだろ !? 」


 もし他人を激怒させる才能、という全く憧れない才覚があるなら、それを保持しているのがこの男であろうと思われるほどムカつく顔でアルナルドはシリを挑発する。


「……いいでしょう。真の『勇者』たる私の肉体に傷一つつけることはできないでしょうがね」


 シリは憐れむように嗤い、アルナルドの拳が届く間合いにまで歩んだ。


(……だんだんアルナルド様のペースになってきたな)


 謁見の間の大きな扉の前、並ぶアルナルドのパーティーメンバーの端、ベルは無表情で二人を見つめていた。


 衛兵達は宰相と王を見やるが、王達はこの展開を止める気はないようだ。


 実際、アルナルドがこれからも使い物になるのかどうか、が彼の処遇を決める大きな判断材料となるからだ。


「くらえ ! 光の拳『ライトフィスト』 ! 」


 アルナルドの右拳がシリの顔面に放たれた。


 人差し指と中指とを突き出したピースサインの形で。


「うぉ !? 」


 俗に言う「目つぶし」を無防備にくらいかけたシリは間一髪でそれを回避する。


「どうした !? やはり『ライトフィスト』に恐れをなしたか !? 」


「ふざけるな ! どこが光の拳だ !? むしろ私の瞳から光を奪う闇の技ではないか ! 」


「やかましい ! 」


 大声で怒鳴り、アルナルドはさらに右拳を振るうがシリはそれをヒラリヒラリと舞うようにかわしていく。


 どれだけ速度のある攻撃でも、それが右拳だと分かっていれば彼ほどの実力者なら容易いことだった。


「『ライトフィスト』 ! 『ライトフィスト』 ! …………『レフトフィスト』 ! 」


 突如、単調な攻撃のリズムが変調した。


 左拳によるアッパーがシリの顎をかすめた。


(……なんで左の拳を「レフトフィスト」って言うんだよ !? それだと自ずから「ライトフィスト」はただの右拳の意味になって、シリの言う通りになっちゃうだろうが ! )


 ベルは心の中で叫んだ。


 視線の先では「レフトフィスト」をるように躱したために棒立ちとなっているシリと、彼と対面しながら同じように空中で仰け反っているアルナルド。


「ヘッドインパクト ! 」


 ドゴン、と鈍い音がしてシリが崩れ落ちた。


 アルナルドの頭突きが綺麗に入ったのだ。


(もはやフィストはどこにいったんだよ ! ただの喧嘩じゃねえか !? )


 そんなベルの心の叫びをよそに、アルナルドは布の肌着をわざとらしく整える素振りをしてから国王に向き直り跪く。


「国王様、この勝負は見ての通り私の勝ちです ! ということはこの裁判も私の勝訴ということでよろしいでしょうか ? 」


(良くねえよ ! あんたが勝ったのは卑劣な不意打ちによる殴り合いだよ ! )


 ベルの思考はこの謁見の間にいる全ての者が思ったことだ。


 当然国王も。


「いや……それは違うじゃろ……だが……」


 この時、国王の口を歯切れの悪いものとしていたのは、たった今見せたアルナルドの戦果であった。


 剣を装備してはいなくとも、鎧で防御を固めた「勇者」シリをその手段はどうあれ素手で打ちのめしたのだ。


 今は本格的な戦争となってはいなくても、非常時である。


 戦力はいくらあっても足りない。


「……待て。まだ勝負はついていない…… ! それに貴様の『ライトフィスト』とやらにやられたわけでもない…… ! 」


 どうやら数秒間だけ意識を失っていたらしいシリが立ち上がる。


「何を言うか ! もしここが戦場ならばお前は意識を失っている間に首を落とされていた。戦場にやり直しなど存在しない ! 」


 まるで 5 万人の侵略軍を 500 人の軍勢で奇襲し、大将首をあげて侵略軍を撤退させた勇将のごとき勢いで、ただただ他者を頭突きで昏倒させただけの男はえた。


(ここは戦場じゃねえよ ! 暴力を振るうことなど、もってのほかの国王の謁見の間だよ ! )


 どういうわけがアルナルドが優勢のような空気が醸成されていく。




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