第2話  造反


 そんなシリに思いもよらぬところから援軍が現れた。


 その発声源はっせいげんはベルの隣からだ。


「いつもそうだ ! お前は卑劣な手段を用いて戦う ! 魔族とも……確かに戦果はあげてきた ! だが俺はたとえ魔族相手でも正々堂々と戦いたい ! 」


 重厚な鎧の下にはガッチリとした筋肉の鎧を纏っているであろう青年だった。


「私も……武術を極めるために『勇者』パーティーに参加したのに……やらされるのはスパイみたいな潜入工作や暗殺ばかり……もう嫌……」


 頭に二つのお団子をつけた武道家と思しき少女が吐き出す。


「……それに魔族を倒した時に入手した高価なアイテム、あんたが独り占めしてるよね ? 」


 濃い紫色のローブを纏った女性が気だるげに言う。


「貴様ら…… ! 普段はそんなことを言わなかったくせに…… !! 人が逆境に陥った時に手を差し伸べるでもなく、それに乗じて自分の要求を通そうとするとは……魔族よりも下劣な存在だな…… !!!!!!!! 」


 くわっと血走った目でアルナルドはパーティーメンバーを睨みつけた。


「そもそも貴様らパーティーメンバーは商会で例えるならば店員に過ぎん ! 商会の会長の命令に唯々諾々いいだくだくと従うの筋だ ! だいたい貴様らの装備や旅費なんかは誰が出してると思ってるんだ !? もういい ! 貴様らごとき二流の人材の代わりなどいくらでもいる ! 貴様らは首だ !!!!!!!! 」


 もし現代日本でアルバイト達にこのようなセリフを吐けば、すぐに集団で辞められてシフトが埋まらず店が回らなくなり、結果店自体を潰してしまう無能店長のごときアルナルドの言にメンバー達はいきり立つ。


「追放されるのはお前の方だ ! 俺達はシリをリーダーにして新たに『勇者』パーティーを編成しなおす ! 」


「なんだと…… !? もういい…… ! 語るべき言葉は尽きた……かかって来い…… ! この腰抜け共が…… ! 」


 アルナルドは再び拳を固く握った。


「上等だ ! 」


「……殺す…… 」


「マル焦げになるよ ? 」


(……妙だな)


 ベルは二メートルほど隣の修道服の女性を見やる。


 いつもの彼女ならば、この状況を止めているはずなのに、「聖女」ベネディクタは俯いたまま、何事かをブツブツと呟いていた。


「……そんな……無理です……なぜ……なぜなんですか……奴らに光など……それが……あなたの意志なんですね…………ならば…………人間は……もう……あなたを……必要としない…… ! 」


 急に彼女の声が大きくなった。


 それは呪文だ。


 光の女神の恩寵たる「操光」から生みだされる光魔法は回復がその主たるものであった。


 だが攻撃手段がないわけではない。


 特に対人においては最強の攻撃魔法がある。


「逃げてください…… ! 」


 即死魔法です──とベルが続ける前にアルナルドは動いていた。


「うおおぉぉぉおおおお ! 確かに「かかって来い」とは言ったが、やり過ぎだろ !? 間に合えぇぇぇぇぇえええええ !!!!!!!! 」


 彼が向かったの茫然とベネディクタを見つめるシリの背後だった。


「うぉ !? こっちに来るんじゃない ! 」


「やかましい ! 貴様が盾となれ ! 」


 巻き添えを食うまいと逃げるシリと追うアルナルド。


 そんな二人に構わず、詠唱は終わる。


 そして──何も起こらなかった。


「そんな……どうして……なにを……ああ ! お許しください……私は……人間としてこうするしか……」


 黒く貞淑な長い髪を振り乱し、掻きむしりながら、これ以上ないほど「聖女」は狼狽する。


 そして異変が起こった。


 彼女の頭から光が漏れだし、それは頭の上で輪となる。


 まるで天使の輪のよう。


 美しく、温かく、柔らかに輝いている。


 その輪がガラスのような音を立てて割れた。


 その光景は「聖女」ベネディクタが光の女神ギムドフリアの恩寵を喪失したことを意味していた。


────


「……どうやら勇者アルナルドにだけ問題があるのではなく、勇者パーティー全体に問題があったようですな」


 まだざわつきが収まらない中、でっぷりと肥えた身体を揺らして、わざとらしく溜息を吐きながら、宰相が言う。


 その視線の先には衛兵に拘束されて謁見の間から連行されるベネディクタのうなだれた姿があった。


(ククク……いい流れだ。俺個人に問題があるのではなく、パーティー全体に問題があるとなれば喧嘩両成敗とまではいかなくとも責任は分散されるはず…… ! それに宰相殿にはたっぷりと贈り物をしてきたからな……)


 アルナルドは笑いをこらえきれないのか、顔全体が低周波治療器の刺激を最大出力で受けているかのようにビクビクと震わせた。


(どう表情筋を操作したら、あんなに気持ちの悪い顔ができるんだろう…… ? )


 ベルは相変わらずの無表情でアルナルドを見やる。


「……国王様、ここは一つアルナルド達にはお互いに距離を置いて頭を冷やしてもらうのはどうでしょうか ? 」


 まるで自然消滅を狙うカップルの片割れのようなことを提案する宰相。


「ほう……確かにそうじゃな」


 頷く国王。


「ですので、勇者アルナルドは『魔の森』への転移魔法による追放処分。アルナルド以外のパーティーメンバーシリの新たな勇者パーティーに加わるかどうかを各々に選択させましょう」


「うむ…………。勇者アルナルドを魔の森への追放刑に処す ! 執行は明日じゃ ! 」


 アルナルドの震えが止まった。


(な、なんだと…… !? そんなバカな……魔の森からこの国までどれだけ遠いと思ってやがるんだ……。これだから地図でしか大陸を見たことの無い人間は…… ! いや、そんなことより……これは実質俺の負けじゃねえか ! どういうことだ !? )


 瞬く間にアルナルドの顔は死体のように青くなっていく。


(ひょっとして……ショック死したんじゃ……)


 そんな彼をパーティーの荷物持ちポーターであるベルは無表情で眺めていた。


(いや……そんなことよりも準備だ。明日の……いや明日からの……)


 そう考えてベルは軽い足取りですでに国王や重臣が退出した謁見の間から出て行った。


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