第18話 服を脱ぎ捨てた人間と服を着る魔物


「よし……できた…… ! 」


 ぷつり、と最後に止めた縫い糸を切ってベルは自らの作業の成果を焚火に照らして確認する。


 白い麻布製の子どもサイズの半ズボンだ。


穿いてみて」


「ナニコレ !? 」


「スゴイ ! 」


 アルファ達はベルト代りにウエストに通したヒモを結び、半ズボンを穿いたゴブリンとなる。


 髪の毛が生えたからか、ぐっと人間らしい外見になった彼らを全裸のままにしておくのがなんとなく座りが悪いと思った彼女は馬車の中にあった麻布と裁縫道具を利用して簡素な半ズボンを 3 着も縫い上げたのだ。


 真紅の髪に緑色の肌、そして白い半ズボンという地球であればクリスマスを想起させる配色となった魔物たちをベルは満足そうに見やる。


 とはいえサンタクロースの代わりに彼らが煙突から侵入してきたならば、大抵の場合はプレゼントを入れる靴下ではなく死体を入れる遺体袋が必要な事態となりそうではあるが。


「アリガトウ ! ベル ! 」


「どういたしまして…… ! 」


 にっこりと笑うアルファ達につられて、ベルも思わず微笑み、いつもの癖で慌てて口元を手で隠す。


「ドウシタノ ? 」


「なんでもない……」


 小さな牙を誰にも遠慮することなく曝け出すゴブリン達を見て、彼女は軽く首を振ってにこりと微笑む。


 その口元には魔人の証である発達した犬歯が見えたが、そんなことを気にする者はこの場にはいなかった。


 ここにいるのは 3 体のゴブリンと魔人の彼女、そして人間であることを放棄したように身体全体から毛を生やし、顔さえも体毛に覆われた男だけだった。


「……アルナルド様、その体毛を剃らないんですか ? 」


「しばらくはこのままでいい。服を着なくて済むし、逆に服を着るより防御力がありそうだ」


「いや……別に好きにしてくれていいんですけど、万が一この魔の森で冒険者達に出くわしたら猿タイプのモンスターと勘違いされて討伐されませんかね ? 」


「バカ野郎…… ! こんなイケメンのモンスターがいてたまるか ! 」


 アルナルドは外連味けれんみたっぷりに顎に手を添える。


「まあ確かに毛で顔面が覆われてマイナスがゼロになったという点において前よりイケメンになったと言えなくもありませんね」


「なんだと !? 」


 両手をあげていきり立つアルナルドの姿はどうみても猿人そのものであった。


「オヤブン ! ミテミテ ! 」


「カッコイイデショ ! 」


 そんなアルナルドに半ズボンを見せたくて纏わりつくゴブリン達。


「イテテ ! 毛を引っ張るんじゃねえ ! 」


(なんか……人間とモンスターが逆転してない ? )


 そんな光景にベルは誰にも遠慮することなく苦笑した。



────


 走馬灯。



「お姉ちゃん ! 勇者様を探してるの ? 」


 今ほど話しかけた町人にすげなく「知らない」と言われたイヤンは背後から掛けられた幼い声に振り向いた。


 まだ 10 歳にも達していない、くすんだ金髪で少しだけそばかすの目立つ少女だ。


 ワンピースに白いエプロンをかけていることから、どこかのお店の小さな看板娘であろうことが想像できる。


「え、ええ」


「じゃあ案内してあげる ! ついてきて ! 」


 そういって少女は薄汚れた道着のイヤンの手をとる。


 なんとも可愛らしい、少女だから許される行為だ。


「ヒッ !? 」


 だが女武道家はそれがお気に召さなかったようで、小さく悲鳴をあげてその手を払いのける。


「え ? 」


 生まれて初めて他人から受けたあからさまな拒絶に少女からとまどったような声が出た。


「あ……ご、ごめんね。ちょっと手を怪我してて……痛いの」


 イヤンは大げさに振り払った方の手を反対の手でさすり痛がる顔をしてみせる。


「そうなんだ…… ! ごめんなさい ! 」


 ぺこり、と元気よく小さな頭を下げる姿に少しだけ胸を痛めつつ彼女は「大丈夫」と小さく呟いた。


 あれ以来、死んだ妹の小さく冷たい手の感覚を思い出してしまって、彼女は誰かと手をつなぐことができなくなっていた。


 小さな女の子は、特に。


「こっち ! うちの宿に勇者様が泊まってらっしゃるの ! 」


「宿に…… ? 」


 勇者一行は通常各地の教会を拠点として活動すると聞いていた彼女は少しばかり不審に思う。


(勇者をかたる不届き者がその威光を利用して無銭飲食するという話を聞いたことがある。もしそうなら……叩きのめしてやる ! )


 イヤンは拳を軽く握ると揺れるお下げ頭を追って歩き出した。


「お姉ちゃんは勇者様にどんなご用があるの ? 」


「勇者様のパーティーに加えてもらおうと思ってるの……。たとえ荷物運びポーターでもいいから……」


「そうなんだ ! じゃあちょうど良かった ! 勇者様のパーティー、武道家がいないんだもの ! 」


「いない…… ? 」


 奇妙な話だった。


 勇者パーティーには教会によって枠が定められている。


 戦士・剣士・魔法使い・武道家それぞれ一名。


 それに教会から派遣された「聖女」。


 その貴重な枠を空けておく理由がない。


 ますますイヤンの疑念は深まっていく。


「その勇者様ってどんな人 ? 」


「アルナルド様っていう盗賊の親玉みたいな人 ! 」


 にっこりと笑う少女の答えにイヤンは落胆する。


(ハズレか……。きっと偽勇者だ)


 そんな彼女達が角を曲がって大通りに出た時、輝かんばかりのオーラを放つ一団がいた。


 それは太陽の光を反射してキラキラと輝く金色の髪で森のように深い碧眼を持つ少年を中心にしたパーティー。


 そのメンバーも一目みただけで高レベルであることがわかる。


「あの人は…… !? 」


「……今この街にいるもう一人の勇者の……確かハデル様だけど……」


 少女は、どこか奥歯に物が挟まったように言う。


「そう……ならあの勇者様に仲間に加えてもらえるようにお願いしてみるわ。ありがとね ! 」


 イヤンは軽く少女の頭を撫でると、アデル一行に向かって歩き出す。


「ちょ、ちょっとお姉ちゃん ! やめた方が…… ! 」


 そんな少女の心配そうな声を背に受けてもイヤンは止まらない。


 道着をはたいて、旅による土埃を少しばかり落とすと、颯爽と勇者と思しき少年の前に進み出た。


「勇者ハデル様 ! 私は『武道家』のイヤン・ハンと申します ! どうか勇者様の一行に加えてください ! 荷物運びポーターでもなんでも構いません ! 」


 右拳を左手で包み込む武道家の礼。


 そんな突如現れた田舎娘を勇者は無感動な瞳で、他のメンバーはどこか嘲るような瞳で、彼女をみつめた。


「……イヤンね。どうして勇者様のパーティーに加わりたいの ? 」


 白いローブを纏っている教会から派遣された「聖女」だ。


 彼女は背後から勇者の両肩に両手を置いて、品定めするように少々油の浮いた顔でイヤンを見る。


「はい ! 私は 5 年前、『双竜』に故郷の村を食い尽くされました。その仇を討ちたいのです。そのために勇者様と同行したいのです ! 魔族と戦い続けていれば、いつか『双竜』とも巡り合えるでしょうから」


 おそらく頭の中でこの場面を何度も練習したのであろう。


 はきはきと淀みなくイヤンは答えた。


「そう……奇遇ね。ちょうど私達は現在この国の村を荒らしてる『双竜』が次に出現する可能性が一番高い村に行くところなの」


「ほ、本当ですか !? それなら是非私を連れて行ってください !! 」


 追い求めて来た者がこの国に現れていると聞いてイヤンの心拍数は一気に跳ね上がる。


 そんな彼女の心中を知ってか知らずか、聖女はゆっくりと勇者の耳に顔を近づけ、彼にだけ聞こえるようにこそこそと何事かを呟く。


 地球であれば「船場吉兆の女将のささやきかよ !! 」という古い事例を持ち出したツッコミが繰り出されることが間違いない場面だ。


 やがて聖女の顔が元の位置に戻り、勇者が口を開く。


「武道家イヤンよ。……復讐などという暗い思いにとらわれた者に勇者パーティーに加わる資格はない。我らの勝利をギムドフリア様に祈り、待つが良い」


 そう言って勇者一行は再び進み始めた。


「え ? いやそんな……待ってください ! 仲間に加えてくださらないなら……勝手についていきます ! 」


 そう言って追いすがろうとしたイヤンの武道家にしては細い顎が、砕けた。



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