第9話 逃亡



「オイシイ…… ! 」


「スゴイ…… ! 」


 平べったい大きな石が、その四隅の下に脚となる石を組んでテーブルのように焚火の上に設置されていた。


 下から火で熱せられた板状の石の上で薄くスライスされた鹿の肉がジュウジュウと音を立てて焼けていく。


 それにベルがリュックから取り出した塩をふりかけ、二本の木の枝を箸代りにつかって勇者と従者と手下のゴブリンどもは大自然の中で焼肉と洒落込んでいた。


「……普段はどんなものを食べているの ? 」


 ベルが肉を焼きつつ、食べつつ、ゴブリン達に聞く。


「……クサッタドウブツノニク」


「モンスターノシガイ……」


「アレマズイ……ヤイタニク……オイシイ ! 」


 ゴブリン達は笑った。


(モンスターが笑う……か。初めて見た)


「おい ! それ焦げてるぞ ! 」


「あ、すみません…… ! 」


 アルナルドが指摘すると肉を焼いて皆に取り分けていたベルは焦げた肉を焚火へと放る。



「モッタイナイ…… ! 」


「ソレ……タベラレナイノ ? 」


「焼け焦げた食材は火の神様の取り分なの。だからこうして火に捧げるのよ」


 恐らくは信仰と焼け焦げたものは身体に良くないという生活の知恵が混ざり合った人間の風習。


「ヒノカミサマ……」


「ホカニモ……カミサマ……イルノ ? 」


「そうよ。風の神様もいるし、大地の神様もいる。でも一番は光の女神ギムドフリア様。ギムドフリア様が他の神々を生み出したと言われているわ。そしてアルナルド様はその光の女神様から恩寵を授けられた勇者だと自称・・しているの」


「……俺を自分で勇者と思い込んでいる哀しい人みたいに言うんじゃねえ ! 」


 くわっと目を見開いてすさまじい眼力でベルを威嚇するアルナルド。


「はいはい……。それにしても……焼けてチリチリになった髪の毛がいつの間にか元通りになってますし……キラーベアとの格闘で負った細かい傷も治ってますし……あなたの恒常性維持機能はどうなってるんですか ? 」


「ククク……これもきっとギムドフリア様の恩寵に違いない。神とは言え、女であるから俺のようなイケメンを特別に守護してくださっておるのだ ! 」


 目つきの悪い、どうひいき目に見ても山賊の頭にしか見えない男は顎に手を当てて凶悪に笑ってみせる。


「オヤブン……カッコイイ…… ! 」


「オヤブン……ヒカリノチカラ……モッテル ! 」


「オヤブンニ……ナグラレテカラ……セカイ……ヨクミエル ! 」


 ベルはモンスターの称賛にご満悦のアルナルドを呆れたように見つめる。


 そしてこの奇妙な事態を少しでも理解しようとゴブリン達に問い始めた。


「ねえ、あなた達って元から喋ることができたの ? 」


「チガウ……オヤブンニナグラレテカラ……」


「ソレマデ……セカイハ……ジブンヨリツヨイモノ……ヨワイモノ……タベラレルモノ……タベラレナイモノ……クライシカナカッタ」


「デモ……イマハチガウ……コトバガ……アタマニナガレコンデキテ……ナマエノカズダケ……セカイニハ……モノガアルッテ……ワカル」


 拙い喋り方で自らに起こった変化を懸命に話すゴブリン。


 そんなモンスターを見て、ベルはふと彼女が読み込んだ詩集の一節を思い出した。


「言葉は光……か。『ライトフィスト』は特定のモンスターを喋ることができるようにして従えるスキルかもしれませんね」


「やはりテイマー系スキルの上位互換のようだな」


 この時、このスキルの真価を感じていたのはベルでも使い手のアルナルドでもなく、3 匹のゴブリン達であった。



────



「一体どうなってるんだ !? 」


 王城に近い宿屋の一室でニールが混乱した様子で吐き出した。


「……落ち着け」


 勇者シリが冷静な声で言うが、それは逆効果だった。


「落ち着いてられるか !? ベネディクタが殺されて……イヤンが犯人だなんて……信じられるかよ ! 」


「……教会関連の犯罪は教会が優先的に捜査して……独自に処罰することが法で認められている。その教会が彼女を犯人だと言うのだから……どうしようもない……」


 あの時、国王の護衛に走った三人はちょうど謁見の間にいた司祭と聖騎士団にも事態を説明すると、彼らは警備兵を差し置いて貴賓室へと向かい、その場でベネディクタを殺害するイヤンの姿を目撃したというのだ。


「だいたいベネディクタの死体にも会わせてもらえねえし ! イヤンは逃亡して賞金を懸けられてるが冤罪じゃねえのか !? だいたいイヤンがベネディクタを殺す理由がない ! 」


「それはそうだが……司祭様が嘘をついているとでも言うのか ? 」


 言い争う男どもを気だるげに眺めてから、ジュリエッタは窓の外を見やる。


 まだ雨の降りしきる暗がりの路地に分かりやすくこの部屋を監視している者達がいた。


(逃亡中のイヤンが私達を頼って接触してくると思っているんでしょうね……。けど……)


「……イヤンを探してくるわ。散歩がてらね」


 そう言い残してジュリエッタは部屋を出て行く。


「待て ! 俺も行く !! 」


 ニールもそれに続いた。


(……多分だけどイヤンはあそこに向かう。少しでも監視をそことは逆方向に引き付けられれば……それがせめてもの餞別になるわ)

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