第10話 名付け親



「……そう言えばあなた達、名前はあるの ? 」


 ロープや植物のツルを木に張り巡らせて、洗濯物を干すように薄く切った肉をそれにかけながら、ベルは聞いた。


「……ナイ」


「『ジブン』モ……ヨクワカラナカッタ……」


「タダ……コウイウトキハ……コウスル……トイウノガ……ナントナクワカッテテ……ソレニシタガッテタダケ……」


 魔の森の中、夜空の星を除けば唯一の光である焚火の周りに座るゴブリン達は小さな声で答えた。


(……恐らく知性じゃなくて本能だけで生きていたんだろう)


 ベルはそう思い、焚火の前の山賊の頭のような、知性はあっても本能だけで生きているような男を見やる。


 彼はベルが一本だけリュックに入れていた宰相差し入れの酒瓶を愛おしそうに抱きしめていた。


「……オヤブン…… ! オレタチ……ナマエホシイ…… ! 」


「オネガイシマス…… ! 」


 ゴブリン達は小さな緑色の腕をアルナルドに伸ばして懇願する。


「そうだな……。名前がないと不便だしな……。『名付け親ゴッドファーザー』になってやるか ! だが……俺がお前達の名付け親になった以上、俺に絶対の忠誠を誓い、裏切りには死をもって報いることになるぞ…… ! 」


 ぎろり、とゴブリン達をめつける、その眼力に彼らはぶるりと震えた。


「ワ……ワカリマシタ…… ! 」


(勇者の言葉とは思えねえ…… ! どこのマフィアだよ !? )


 ベルの心中なども知りもしない男は深く熟慮しているようであったが、実際はすでに酔っぱらって眠りの神の誘いに抗うことをやめていただけだった。


「……そうだな。お前は……アルファ……。お前は……ベータ……。お前は……デルタ……だ」


 もったいぶった挙句、アルナルドは英語で言えば A B C くらいの意味の名を授けた。


「ア……アリガトウゴザイマス…… ! オレ……アルファ…… ! 」


「オレ……ベータ ! アルファ……トモ……デルタ……トモ……チガウ ! 」


「オレ……デルタ ! ……オマエ……アルファ ! オマエ……ベータ ! 」


 3 匹の魔物は焚火の周りでお互いを付けられたばかりの名前で呼び合い、笑い合う。


 その瞳は遭遇した時の濁ったものとは違い、明らかに知性の輝きがあった。


「ネエ……ベル……モ……オヤブンニ……ナマエ……モラッタノ ? 」


「……そうよ」


 ベルはアルファに問われて、当時のことを思い出す。


 それはアルナルドとの出会いであり、彼女が攫われた日のことでもあった。


(……あの時、盗賊だったアルナルド様に攫われてなければ……今頃は……)


 自らの想像で彼女は身を震わせる。


 そして、ふと好奇心が湧いてきた。


「そう言えばアルナルド様、どうして私をベルと名付けたんですか ? 」


 もはや酒によって寝落ち寸前の男は、どうせ適当に付けたんだろう、というベルの推測を思ってもみない答えで粉砕する。


「……そりゃあ……お前……顔だけじゃなくて……声も……ベルがなるみたいに……綺麗だったから……」


 そう言い残して、男は眠りの国へと旅立っていく。


 真っ赤な顔で見送る女を残して。




────



 冒険者ギルドはいつにもまして騒がしかった。


 緊急クエストとして張り出された依頼書のせいで。


「おい…… !? マジかよ !? 」


「勇者パーティーのメンバーが手配されるなんて、何かの間違いじゃないのか !? 」


「勇者アルナルドも追放刑に処されたし……一体どうなってんだ !? 」


「それにしても『生死を問わず』に 3000 万ゴールドか……。生け捕りにしなくていいなら……」


 3000 万ゴールドと言えば、日本円にして 3000 万円もの大金だ。


 その日暮らしの低レベルパーティーから、竜を討伐して名を上げようと意気込む中級パーティーまで、地面に落された角砂糖に群がるアリのように手配書に殺到していた。


「よし ! 探しに行くぞ ! 」


「とりあえず勇者パーティーを見張っておけば……」


「あいつが門下生だった道場は……」


「意外とアルナルドの屋敷に潜んでるんじゃ……」


 それぞれのパーティーがそれぞれの推測に従って動こうとしている中、トマスは彼らをジッと値踏みするように見つめていた。


 そしてまだ経験の浅そうな四人組に近づいていく。


「……兄さん達、あっしと組みやせんか ? 」


 レイピア一本と使いこまれた革と要所には鉄の仕込まれた鎧を装備した評判の良くない小男に話しかけられた若いパーティーはビクリと身構える。


「いや、悪い話じゃありやせんよ。あの勇者アルナルドってのは腕の良い盗賊みたいな思考回路を持ってる。ということはそのメンバーも同じような考え方をするんじゃないかと思いやしてね。つまり数多くの手配された盗賊を捕まえてきたあっしなら、賞金首の行動が読めるってことです」


「捕まえてきた ? 殺してきたの間違いだろ ? 」


 リーダーとおぼしき若い剣士が嫌悪感を隠そうともせずに、言い放つ。


「……一人だとどうしても捕縛するのは手間でしてね。でも兄さん達が協力してくれるなら殺さずに捕縛することも可能だと思いやすよ。あっしは人の実力を見抜くのが特技でしてね。腕の立つ剣士が二人と戦士、それに魔法使いがいる超攻撃的なパーティーなら武道家なんて目じゃありやせんよ」


「……確かに勇者パーティーのメンバーとはいえ、所詮は武道家だ。手はどれだけ鍛えても剣にはならないし、鉄の鎧を貫けるわけでもない。いくら『操身』の恩寵があったところでな……」


 剣士は腕を組んで考え込む。


「そうですよ。あっしでは武道家のイヤンを捕まえるのは難しいけど、居場所は予想できる。兄さん達はイヤンを捕まえることは出来ても居場所がわからない……だから……」


「手を組もうって言うのね。いいけど分け前は 9 : 1 よ。こっちは四人だし、私達に戦わせようって言うんだから当然よね ? 」


 剣よりも気の方が強そうな女剣士が鋭く目を吊り上げて、交渉ですらない驚きの条件を提示する。


「……わかりやした。どうせあっし一人だと 1 ゴールドも手に入らないんだ。 300 万ゴールドも貰えればおんでさあ」


 だがトマスは、例えるなら現場を知らない営業が勝手に決めて後日、問題になることが確定しているような契約条件に反発することもなく、小さく肩をすくめて受け入れるばかりであった。


「おいキーラ ! リーダーの俺を差し置いて勝手に決めるんじゃない ! 」


「いいじゃない ! 一人ずつ 700 万ゴールドも手に入れられれば、あんたの欲しがってたドラゴンスレイヤーだって買えるんだよ ? 」


「……確かにそうだが……二人はどうだ ? 」


 残りの戦士と魔法使いも頷いてキーラへの賛意を示す。


「わかった。手を組もう。俺たちは『いずれ竜を殺す者達』だ」


「ひひ、よろしくお願いしますよ。あっしはトマスです」


 男はニヤリと黄ばんだ歯を見せた。


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