第30話 ハデル達の末路


 オルンは間違いなく天才であり、その才に溺れずに鍛錬を重ねて自らを限界まで鍛え上げたたぐいまれなる者であった。


 左右から同時に撃たれた炎竜と氷竜のブレスに、右手からは火魔法を左手からは風魔法を放ち、数秒間持ちこたえたのだから。


 そのわずかな着弾までの猶予が剣士・戦士・武道家、そして荷物持ちポーターの即死を回避させた。


 ベクトルの違う高エネルギーが、真ん中でその逢瀬おうせを阻む無粋な者を飲み込み、爆発する。


「オルン ! 」


 剣士イライアスはその熱く冷たい爆風が背中の上を通り過ぎた後、即座に起き上がり、彼の命を救った男の名を叫ぶ。


 しかし爆発音でキンキン鳴る耳に返事は返ってこない。


 林道の地面に空いた大穴が、ただただ彼の末路を示していた。


 無口を通り越して、聖女が耳打ちした時以外はまるで話さない幼い勇者に代わってパーティーをまとめていたのがオルンであった。


 そんな彼の死に、イライアスは身体が熱いような冷たいような感覚に陥る。


(クソ ! こんな……奇襲を受けるなんて…… ! どうなってるんだ !? )


 立ち上がり、周囲を見渡すと、巨体を振るわせて森林用の偽装シートを鬱陶しそうに払いのける青い鱗の怪物が見えた。


 四本の太い脚に、長い首、そして背中には蝙蝠のような翼。


 イライアスは瞬時に頭を切り替えて、走り出す。


 彼の左後ろから、少し遅れて戦士マシューが続くのが視界の端に映った。


 ヒュゥゥウウウ、と冬の寒空に吹いて家を揺らす風のような音がする。


 氷竜が先ほどの奇襲用とは違って、最大出力でブレスを放つために空気を大量に吸い込んでいるのだ。


 まだ竜までは数十メートル。


 この距離では戦士には何もできない。


 剣士は斬撃を飛ばせるが、普通の斬撃に比べて威力の減衰したそれは人間相手には有効であっても、竜の鱗を切り刻めるとは思えない。


 遠距離攻撃の可能な勇者と魔法使いがいない今、死を覚悟の上で、近づくしかないのだ。


 それは戦車相手に手榴弾一つで特攻する兵士のような悲壮さがあった。


 ひゅっと短い風切り音の後に氷竜のワニのような顎が大きく、 180 度開いて、青い光線のようなブレスが放たれる。


 その大口に見合った大口径の光は、大地の女神の恩寵を持つ戦士が咄嗟に地面に大剣を叩きつけて隆起させた土の壁を一瞬で凍り付かせて粉砕し、その背後の人間の時間も白く凍結して、崩れ去る。


(マシュー !? )


 イライアスはそれを見ても、止まらない。


 走る、走る。


 ブレスを吐き終えた氷竜は再び空気を吸い込む。


(間に合え ! )


 このまま行けば再度氷竜がブレスを吐く前に剣の届く距離に到達する。


 剣士には様々な剣技スキルがある。


 相手を幻惑したり、斬撃を飛ばしたり。


 だが最終的に行きつくのは切れ味を極限まで高め、全てを切り裂くシンプルなスキルだ。


 それを行使すれば竜の鱗と言えども切ることが出来る。


 イライアスは獣のような咆哮を上げて、剣を抜いた。


 一方、チャンは森林を飛び回っていた。


 翼のない彼ではあるが、大木の幹を「剛力」の発動した脚で蹴ることによって信じられないほど軽やかに、猿のように森林を舞っていた。


 轟、と一瞬前に彼が蹴った木が数十年の生涯を終えて燃えていく。


 炎竜のブレスによって。


 そして彼は空気を吸い込むために長い首を真上に向けて、胸元ががら空きになった炎竜の真ん前に着地する。


「……人間を喰らい続けた化け物め…… ! 人間の強さを知れ ! 」


 竜の唯一の弱点と言われる逆鱗。


 首元のわかりやすいそれに向かって、チャンは己の右拳に「剛力」・「硬化」のスキルを込めて撃ちこんだ。


 空気が震えた。


 竜が鳴いた。


 悲鳴だ。


 チャンの右腕は肘くらいまで炎竜の身体に突き刺さっている。


「あ、ああああ、あああああ !? 」


 チャンが突然、苦悶の声をあげて腕を引き抜いた。


 その腕は、燃えていた。


 そして巨体に穿たれた穴から、溶岩のような炎竜の血がチャンに降り注いだ。



 ターン、と炸裂音がして、イライアスは一瞬で自分が前に進む運動エネルギーが相殺されたことを知る。


 再び動こうとしても身体が前に行かない。


 鎧に空いた穴から、信じられないくらいの勢いで血が流失して地面を赤く染めていく。


「ク……ソ……」


 力なく剣を振って、イライアスは前のめりに倒れた。


 再び炸裂音がして、彼の頭が弾け飛ぶ。


「ふう……。結構距離を詰められたな。最初の奇襲で決められなかったのが想定外だったが、備えをしておいて良かった」


 氷竜の脇に黒く長い棒を構えるマイク。


 地球の者が見れば、「スナイパーライフル」と言うであろうそれにつながれたスリングを肩にかけて保持すると彼は炎竜の元に走り出す。


 すでに冷えた溶岩のような黒い塊によって傷口が塞がれた炎竜は彼が近づくと、すねたような瞳でそっぽを向く。


「ヒース大丈夫か !? コリー ! なんで撃たなかった !? 近づかれた時に敵を排除するのが俺達の役目だろうが ! 」


 すでに黒焦げで木炭のようになったチャンを一瞥して、マイクは少年を一喝する。


「す、すみません ! 動きが早くて……」


「全く……射撃訓練の的と違って生き物は動くんだから当たり前だろうが…… ! もういい、お前は他に生き残りがいないか周囲を見てこい ! 」


「は、はい ! 」


 弾かれたように少年は走り出す。


 やがて彼らの可愛い竜が地面に空けた大穴付近に辿り着くと、黒い L 字型の金属を両手に構えて索敵に移る。


 少し行くと、何かが動くのが見えた。


 勇者だ。


 横たわっている。


 爆発で吹き飛んだようだが、致命傷にはなっていないようだ。


「ひっ !? ま、魔族…… !? た、たすけて…… ! お母さんーー ! 」


 コリーに気づいたハデルは倒れたまま、後ずさる。


「……こんな幼いのに……悪く思うなよ」


 引き金がためらいなく引かれ、勇者はのけぞるように上を向いて、額から血を噴き出した。


「……本当、なんでこいつらは俺達と同じ言葉を喋るんすかね……。気分が悪くて仕方ないっす……」


 コリーはやるせない顔で少しだけ上を向くと、再び周囲を警戒する。


 念のため、もう一人いたはずの人間を、すでに街に逃げ帰った荷物持ちポーターを探すために。


 やがて彼が持ち帰った報告がコリー達を破滅させる運命を知らずに。


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