第29話 そうりゅう



「……話が違うだろ ! 」


 男は憤りを隠そうともせずに吐き捨てた。


『まあそう言うな。何事も 100 % というわけにはいかん。それに不測の事態に対応できるようにしておくのが一流ってもんだ。俺もちゃんと万が一に備えた情報収集をしていたから、こうしてお前に警告を送れてる。あとはお前が対処できるかどうかだ』


「対処できるかだと…… ? 当たり前だ ! こいつらが負けるわけがないからな。そういう問題じゃねえんだよ。……せっかく長期休暇の順番が回ってきて、こいつらに羽を伸ばさせてやってるのに……」


『……悪いな。やつらとは話をつけてたはずなんだが、一枚岩じゃない組織なんていくらでもあるさ。俺達だっていまだに七賢者派なんてのがいるくらいだしな』


「けっ ! 今世界がこんな状況になってる元凶がわかってんのかよ ! 」


『世の中には信じられないくらいのアホがいるもんさ。それが一割ならまだいい。それほど影響はないからな。だがそれが三割になるともうダメだ。残りのマトモな七割が割れて争った時、その片割れは勝つために三割のアホどもを取り込んでしまう。そして過半数を超えたアホどもの集団ができあがっちまうのさ。……ともかく気をつけろよ。無事に帰ってきたら一杯おごるからよ』


 そう言いのこすと、通信は一方的に切られた。


「……一杯じゃ、とても足りねえよ。まったく……うわっ !? 」


 ざらりとした冷たいものが頬を撫でる感触。


 驚いて横を向くとそこには上目遣いで心配そうに男を見上げる大きな金色の瞳。


「まったく、アイに慰められるようじゃ俺もまだまだだな」


 男は彼の上半身ほどもある大きな頭を両手を使って覆いかぶさるようにして撫でてやる。


「くるるぅ……」


 大きな瞳が細くなり、気持ち良さげな声が漏れた。


 その頭の先には長い首があり、それは青い鱗に覆われた巨体へとつながっている。


 さらに向こうには赤い鱗のヒースが巨大な身体を丸めて気持ち良さそうに眠っていた。


「マイクさん、さっきの通信は何だったんすか ? 」


 白い羽毛に覆われた猛禽類を思わせる生物を肩に乗せた少年が戻ってくるなり、男に問う。


「……大したことじゃない。…………羊狩りが電気ザル狩りになるだけだ」


「そんな……なら撤退しましょう。それは俺達の役目じゃないっすよ ! 」


「いや……迎え撃つ ! 」


「え ? 」


「考えてみりゃ、こっちは相手がいつ到着するかもわかってる。準備万端で臨めるわけだ。この機会に痛い目に遭わせておけば、当分俺達の邪魔をしようって気にもならないはずだ」


「でも……」


 少年は不安げに傍らの青い竜を見やる。


「ぐるる ! 」


 その視線に力強い唸りが返ってきた。


「アイも大丈夫だって言ってるだろ ! 俺達も準備するぞ ! 」


 そう宣言すると、マイクは傍らに投げ出していた黒い棒を手に取り、なにやらいじり始めた。



────


「……くどいようだけど最後にもう一度確認しておくわ。最優先に狙うのは『双竜』と呼ばれる魔族よ。そいつは『そう竜』とも『操竜』とも呼ばれてるわ」


 聖女ラファエラが村に続く森の小道でパーティーに向き直って言った。


「わかってますよ。そいつをやれば竜どももコントロールを失って無力化する可能性が高いって話でしょ ? 」


 ピンク色の長い髪の青年、魔法使いのオルンが肩をすくめてみせた。


「『槍竜』と呼ばれるのは槍術そうじゅつけていて、その槍の穂先ほさきは目で捉えられないほど速いという話が由来だ。……誰も躱した者がいないらしいが……フン、望むところだ ! 私がその最初の者となってやる ! 」


「……チャンさんなら出来ますよ。何せ私の神速の突きを三回に一回は躱せるんですから」


「何を言ってる ? 三回に二回は躱せるぞ ! 」


 気合を入れる武道家のチャンに剣士イライアスが軽い感じで言う。


「まあまあ、イライアスの突きも俺にはまるで見えないし、それを避けるチャンもすげえんだからいいじゃないか。まあ、チャンは身体を拘束されるのだけは要注意だな。避けること自体ができなくなったらさすがのお前も攻撃を食らっちまうのがよくわかったろ ? 」


 戦士マシューがいつもの柔らかな調子で二人を仲裁する。


「フン……昨日のあれは油断しただけだ ! 今日『双竜』を討伐して俺の武術が大陸一であることを証明する ! 」


「ああ ! その意気だ ! まずは『双竜』の使役する二匹のでかい蜥蜴をぶっ殺すぞ ! 」


 オルンが気勢を上げて握りしめた右拳を天に向かって突き上げた。


「……」


「……」


「……」


「なんで一緒にやってくれねえんだよ !? 俺がすべったみたいになるだろ !? 」


 いきり立つオルン。


 笑う三人。


 この勇者パーティーの四人のメンバーはそれぞれプライドが高く、性格も違っていたが、ただ一つ己の道を極めんとする目標は同じで、不思議と馬が合った。


 強者は尊重する一方で、弱者に対しては優しくないどころか傲慢な態度ではあったが、そんなところも一致していた。


 聖女はそんな彼らをにんまりと、勇者ハデルは無感動な瞳で見つめる。


(ようやく……ここまで来た……。ハデルを見つけた時に私の運命は変わったの ! それから最高の駒を集めて……。魔族を討伐した者は引退後に一代限りの貴族となれる。そうなれば……なんだって手に入れることができるのよ…… ! )


 ラファエラは寝不足気味の肌をぶるぶると震わせて下品な笑いを堪えてなんとか上品な笑いを浮かべると、改めて号令をかける。


「さあ ! 目的の村はもうすぐよ ! 光の女神ギムドフリア様の威光を魔族に知らしめてやりましょう ! 」


 おう、と気合の入った声に混じって、森の奥から炸裂音が聞こえた。


 そして彼女の顔の上半分は消し飛び、下半分は笑顔のまま。


 間欠泉のように赤い血が断面から上に向かって吹きあがり、彼女は倒れた。


「バ、バカな ! 一体どこから !? 」


「落ち着け ! ハデル様 ! 『雷壁』を ! 」


 オルンが勇者に雷によってパーティー全体を防御するスキルを要請するが、ハデルは動かない。


「ハデル様 !? 」


「え…… ? ここ……どこ ? ひっ !? 」


 ハデルは欠損した聖女の遺体に気づき、後ずさる。


 それは見た目通りの幼い少年の反応であった。


「ハデル様…… ? 」


 轟、と空気が震え、森の左手から炎のブレスが、右手から氷のブレスが、障壁となる森の木など物ともせず、彼らに吹きかけられた。



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