第28話 ジュリエッタの絵本
「さて ! 晩飯にするか ! 」
いつの間に夕陽も落ちて、当然電灯などない、ややリアル路線なファンタジー世界に存在するこの酒場は薄闇に覆われていた。
「ミラ ! そっちのロウソクを灯しておくれ ! 外のも ! 」
厨房の方から女将の大声が響いた。
「はーい ! ねえジュリエッタお姉ちゃん ! あれやってよ ! 」
ミラがジュリエッタの真紅のローブの端を掴んで、上目遣いで見上げた。
「あら ? また見たいの ? 」
「うん ! だって凄く綺麗なんだもん ! 」
「ひひひ……いいよ ! 」
真紅の髪のジュリエッタは嬉しそうに細い人差し指を立てた。
するとその指先に小さな炎が生まれて、辺りを柔らかに明るくする。
やがて風もないのに炎は揺らめき、徐々に形をとっていく。
「蝶…… ? 」
初めてこの光景を見るイヤンの惚けたような声を合図に、真っ赤な蝶は羽ばたき、ふわりふわりと舞う。
鱗粉の代わりに火の粉を散らしながら。
そして酒場の太い柱に備え付けられた燭台のロウソクの先に止まると、そこに火が灯る。
薄闇を蝶が舞っていく度、暖かな炎によって酒場が明るくなっていく。
それはどこか幻想的ですらあった。
最後の一本を灯して役目を終えた蝶は再び揺らめいて形を崩し、そのままロウソクの炎となった。
(すごい…… ! どれだけ「操火」のスキルを同時に発動させればあんなことができるの ? 彼女に比べたら……私なんて……ううん落ち込んじゃダメ ! せっかく勇者様のパーティーに加われたんだから。これから経験をつめば私だって……)
無邪気に拍手をする幼女とは違って、イヤンは少しばかり自信を喪失する。
「ねえ、また絵本読んで ! 」
再びミラはジュリエッタに纏わりつく。
「ひひっ、昨日は火の精霊メラちゃんがモンスターを生きたまま火あぶりにしまくる話だったから、今日は私とメラちゃんの出会いのお話をしてあげよう ! 」
(どんな内容の絵本よ !? 教育に悪すぎるでしょ ! )
そんなイヤンの心の声を当然気にするでもなく、ジュリエッタは懐から厚紙を綴じたお手製の絵本を取り出す。
隣の椅子に座るミラに絵を見せながら文を読んでいく姿はまるで仲のよい姉妹のよう。
「……私にもあんなに強い『恩寵』があればなぁ……」
二人の仲睦まじい姿に、かつて無力で妹を守れなかったことと、今現在も双竜に一矢報いることができるかどうかもわからない非力さが思わず声となって出てしまう。
「『恩寵』を持っていない魔人の私が言うのもなんですが、そんなに良いことばかりでもありませんよ」
いつの間にかイヤンの後ろを取っていたベルが小さく呟いた。
「え ? でも……」
「あなたもジュリエッタのお話を聞いてください。あなたも面接の途中で気づいていたでしょう ? アルナルド様が求めるのはパーティーメンバーとうまくやっていける『武道家』だってことに」
じっと魔人特有の赤みがかった瞳で見つめられたイヤンは、無言で頷き、耳を傾ける。
「……火の精霊のメラちゃんはとっても寂しがり屋なの ! だから友達を探して旅をしているんだけども、メラちゃんに近づくと火傷しちゃうから、みんな怖がって逃げちゃうの ! 」
「……メラちゃん可哀そう……」
ミラの眉毛がハの字になる。
「でもね、そんなメラちゃんに初めてお友達ができるの ! そのお友達は真っ赤な髪の女の子 ! 」
パラリとめくられたページには、人型の炎と女の子が手をつないでいる拙い絵。
「女の子は火傷しないの…… ? 」
「ひひ、そうよ ! 女の子はとっても強い力を火の女神様から授かっていたから、メラちゃんと触れ合ってもへっちゃらなの ! 」
「よかった ! これでメラちゃんも寂しくないね ! 」
「けれども、それは良いことだけじゃなかったの」
「え ? なんで ? 」
「メラちゃんと常に一緒にいる女の子の周りでは火事が良く起こった。時に人も火傷を負った。そして段々とその女の子と関係のない火事までその子のせいにされるようになっていった」
「……」
「メラちゃんが寂しさを感じなくなる代わりにその女の子は一人ぼっちになっていくの。友達や家族も離れて行ってね」
ミラは無言で張り付いたような笑顔のジュリエッタを見上げた。
ページには笑う炎の人型と、涙を流す女の子。
「そんな女の子とメラちゃんを救いに来たのが、光の女神様よ ! 光の女神様がメラちゃんのお家を用意してくださったの ! メラちゃんが人を火傷させたり、人間の家を燃やしたりしないようにね ! 」
ページにはランタンの中で揺らめく炎が笑っていた。
「……じゃあ女の子もまた家族とお友達と仲良くなったの ? 」
「それはまだなの ! でもね、女の子はランタンに入ったメラちゃんと一緒に冒険の旅に出るの ! 新しくできた仲間と一緒にね ! 」
最後のページにはランタンを持って笑う女の子と、その周りに勇者、剣士、戦士、聖女
「良かった ! じゃあその女の子はもう寂しくないんだね ! 」
「ひひひ ! そうよ ! 」
真紅の髪を炎のように揺らして、嬉しそうに笑うジュリエッタ。
ミラがほっとしたように胸を撫で下ろした。
「……今の話って……」
「そう、ジュリエッタのことです。……ニールさんだって似たようなものです。シリはあなたと同じで復讐のため勇者パーティーに所属しているようなものですし、
「……
イヤンは深く息を吐いて、ベルを力強く見つめ返した。
「辞退はしない。私も同じだから…… ! 」
「そうですか……。それではこれからよろしくお願いします。私はベルです」
「ええ、よろしくね」
二人は静かに握手を交わす。
「ねえ、見て ! イヤンの絵も描いてあげたの ! 」
そう言ってジュリエッタが差し出したさきほどの絵本の最終ぺージ、全員集合の絵の端っこに武道家と思しき全身を火に包まれた女の子の絵が加えられていた。
「だからなんで私の絵だけ火だるまになってるのよ !? 本当は私のことを燃やしたいと思ってんの !? 」
「ひひひ、サービスだよ ! 」
服屋で店員が「何をお探しですか ? 」と満面の笑みで声をかけてくるくらいのありがた迷惑なサービスを受けたイヤンは、叫んだ。
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