第27話 三匹の子オーク




 一行が深い森を抜けて、まず目に入ったのは舟をこいでいびきを立てている大きな茶色い毛の塊だった。


「……呑気なものね」


 焚火の近くに置かれた椅子代りの岩に腰かけた毛むくじゃらのままのアルナルドは、錬金鍋で煮込んでいるものの見張りをしている内に眠ってしまったようだ。


「オヤブン ! 」


 彼の姿を見て、アルファ達は生還した実感がわいてきたのか河原の石をじゃりじゃりと踏み散らしながら駆けだす。


「うおっ !? ……なんだお前らか……ビックリさせやがる…… ! 」


 気持ちの良い午睡ごすいを邪魔された挙句、それがゴブリンによるものであるという一般人にとっては最悪の午後の始まりも、彼にとっては既に日常になりつつあった。


「ん ? なんだオークの子どもを捕まえてきたのか。なら夜は肉料理だな ! 」


「ダ、ダメ ! 」


「コノコタチ……タベチャダメ ! 」


 アルファ達は慌てて子オークを守るように両手を広げて、立ちはだかる。


 その母親を当初はアルナルドのための「女」と「肉」として連れて行こうなどというダークファンタジー並みの狂気の沙汰としか思えない考えを持っていたことを棚に上げて。


「なんだと…… ? じゃあ何で捕まえてきたんだ ? まさか……飼う気か !? 」


「ソウ ! 」


「ダメだ ! 森に捨ててこい ! 」


「ナンデ !? 」


「イイデショ ! 」


「チャントセワスルカラ ! 」


 アルナルドのにべもない対応にゴブリン達は一生懸命に抵抗する。


 そんなアルファ達にベルが助け船を出した。


「まあまあ、いいじゃないですか。アルファ達もオークを飼うことで色々と学べるでしょうし」


 飼う生き物が成長すれば猟友会でも対処できない恐ろしい魔物に成長するオークの子であること以外は、どこのご家庭でもありそうなやり取りだ。


「バカ野郎 ! オークから学べることなんざ、女騎士を手籠てごめにする方法くらいなもんだ ! 」


 そんな転移者が広めた俗説を語るアルナルドに、種族の誇りを守ろうとでもしたのか突然小さな三匹が彼に向かって突進する。


「ぷぎゃ ! 」


「ぐおっ !? いてて ! 脚を噛むんじゃねえ ! 」


 三匹はアルナルドの脚に小さな両手両足でしがみ付いて小さな牙を突き立てた。


「この野郎 ! 」


 ポカ !


 ポカ !


 ポカ !


 アルナルドの右拳が炸裂した。


 そして泣き声が響く。


「うわーん ! 」


「こわい ! 」


 両目に手を当てて、まるで幼子のようにオーク達は泣いた。


「シャベッタ !? 」


 またしても自分達のことは棚に上げて、今日一日で棚は満杯になっているであろうアルファ達は言葉を喋り出した魔物に驚く。


「……また『ライトフィスト』の効能が発動したみたいですね。あなた達、何が怖いの ? 」


 ベルは優しく小さなオーク達に問う。


「かいぶつ ! 」


「ばけもの ! 」


 そう言ってオーク達は小さな指でアルナルドをさす。


「バカ野郎 ! 誰が化け物だ ! 」


 少なくとも人間には見えない、長い毛で全身を覆われた男はいきり立つ。


「さっきこの子達を襲ってたのが、黒くて長い毛を纏った猿みたいなモンスターだったんですよ。色は違いますけど、ちょうど今のアルナルド様みたいな……」


 ベルは改めてアルナルドを見ると、恐ろしいほどにそのシルエットは先ほどの怪物と似ていた。


「こわいー ! 」


 火の付いたように泣き続けるオーク達。


「ええい ! やかましい ! この毛がなけりゃいいんだろ ! 」


 そう言い放つとアルナルドは気合を入れて全身に力を込める。


「うおおおおおおおおおお ! 」


 パン、と何かが破裂する音がした。


 彼の全身の毛根が弾けた音だ。


 ここが潔癖症な人間の部屋であれば、おそらくその部屋の主は発狂するであろうと思われるほど、爆発的に周囲に毛が吹き飛び、全裸の男が現れた。


「ふう……これでいいんだろ !? 」


 小さなオーク達はそんなアルナルドを驚いた顔で見つめて、やがて笑い出した。


「けがなくなった ! 」


「おもしろいー ! 」


「もういっかいやってー ! 」


「バカ野郎 ! 何回もこんなことができるか ! 」


 毛の恩恵を失い、おもむろにパンツを穿くアルナルド。


「……『魔人』の私が言うのもなんですが、あなたは本当に人間ですか ? 」


 呆れたようにベルが言った。


「当たり前だ ! これくらい光の勇者ならば容易いことだ ! 」


「光の勇者なら髪の毛も吹き飛んで頭が光輝いて、私に笑顔という光を授けてくれれば良かったのに……どういうわけか髪の毛と眉毛は無事なんですね」


「なんだと !? 」


 そんな不毛な議論をしているしている二人を子オーク達はけらけらと笑いながら眺めていた。


「全く……ベル、お前は忠誠心の欠片もねえ野郎だな。まあいい、それよりもこいつらだ。とりあえず『ライトフィスト』の効能を検証するために、しばらく飼ってみるか……。アルファ、ベータ、デルタ ! こいつらの面倒をちゃんとみるんだぞ ! 」


「イイノ !? 」


「ヨカッタ ! 」


 合わせて六体の小さな魔物達はたちまちに河原を走り回って、遊び出す。


「……私に忠誠心がないって言いますがね」


 ベルはじっとりとアルナルドをめつけた。


「アルナルド様だって忠誠心をもってないでしょう ? 昔、盗賊のイロハを教えてくれた盗賊団を首になった途端に警備隊に密告して、その盗賊団は壊滅したじゃないですか」


「やかましい ! あんな二流の盗賊団は潰れてよかったんだ ! 」


「あのおかしらもさぞ驚いたでしょうね。まさかお宝を捨てて私を救うようなお人好しが密告なんて卑劣な真似をしたんですから……」


「賢いと言え ! ライバルの盗賊は一人でも少ない方が良いんだ ! 」


 いつもの言い争いが始まった。


「ねえ、あのふたり、なかわるいの ? 」


 オークの一体が足を止めて心配そうに二人を見やる。


「ソンナコトナイ」


「スゴクナカイイ」


「タブン……」


 そんな魔物達から心配されているとも知らないベルは、今日も主に対して不敬な態度を取る。


 それは彼女の出自からして、いたかたないことかもしれなかった。


 アルナルドに救われた後、本当に彼が信頼に値するのかどうかを測るためだったのか、無意識だったのか、彼女はいわゆる「試し行為」をするようになった。


 わがままを言ったり、怒らせるようなことを言ったり。


 それによって本当に彼が怒って捨てられると考えられるほど、当時の彼女は大人ではなかった。


 幼女であったのだから。


 そしてその時の名残なごりが、今でも彼女に時折そんな態度を取らせてしまうのだ。


 相手が親のように無限大の愛情を自分に対して持っているという無根拠な自信によって。




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