第26話 包囲圧迫面殺陣


過去。



「……それではこれから面接試験を始めます」


 イヤンから見て正面のテーブルの向こうに座るベルが冷たさすら感じるような抑揚のない声で告げた。


 その右隣りには、どこか狼を思わせる凶悪な面構えのアルナルド。


 そして彼女を囲む右手のテーブルから見つめるのは聖女ベネディクタと剣士シリ。


 左手には魔法使いのジュリエッタと戦士ニール。


 イヤンは寡兵かへいの軍勢が大軍に包囲殲滅陣ほういせんめつじんかれた時のような絶望をこの包囲圧迫面殺陣ほういあっぱくめんせつじんに感じた。


 すでに先ほど勇者ハデル一行の武道家チャンによってくじかれかけた意志を再び奮い起こし、彼女は下腹の丹田に力を込める。


「ククク……俺達は今までこの面接によって 100 人を超える志望者を落してきた ! 果たして貴様に突破することができるかな !? 」


 魔族ですら逃げ出すのではないか、と思えるほどの凄まじい凶相がイヤンを睨みつける。


「……私には命に代えても果たさなければならないことがあります。それを成し遂げるために……必ず突破してみせます ! 」


 イヤンは、もはや人事部の方に問題があるのではないかと疑われるほどの低い採用率を何故か得意げにうたうアルナルドを睨み返す。


「ほう、いい度胸だ ! ベル ! やれ ! 」


「はい……それではまずお名前と当パーティーに所属を希望する動機をお聞かせください」


 まるで攻撃命令でも発するかのような勢いのアルナルドに従って、ベルが質問を開始する。


「私は武道家のイヤン・ハンと申します。生まれ故郷の村を『双竜』に食い滅ぼされた復讐を果たすために勇者様のパーティーに加わりたいと考えています ! 」


 椅子から立ち上がり、右拳を左手で包み込む武道家の礼を行いながら、イヤンは先ほどハデル達に答えたように言う。


 あの時はその答えに対して蹴りが飛んで来たが、今回はまた別のものが飛んできた。


「イヤンさんですね……。その志望動機は別に当パーティーじゃなくても果たせますよね ? 別の勇者パーティーでも」


「え ? いや……その……確かにそうですけど……」


「もしかしてどこでもいいから勇者パーティーに加わりたくて、うちのパーティーがちょうど武道家の枠が空いていた、なんて安易な考えで来たんじゃないですか ? 」


 結局のところ、ベルの言う通り彼女にとって勇者パーティーは復讐のために加入する、ある意味利用するためのものであった。


 そしてそれにアルナルドのパーティーでなければならない理由はどこにもない。


 じっと彼女を見つめるベルにどう返答しようかと逡巡して、イヤンは黙ってしまう。


そんな彼女の心中を知ってか、知らずか、ベルは何やら手元の紙にさらさらと書いている。


(な、何を書いてるの !? 今ので減点された !? なんとかいい返事を……)


「まあ待て。復讐のために勇者を利用しようなんて、なかなかいい根性をしてるじゃないか」


 思ってもみない援軍は彼女の右手から現れた。


「イヤンと言ったな。貴様、夜は眠れているか ? 」


 剣士シリが鋭い眼光で問う。


 自分の目の下に大きなクマでもできているのかと思ったが、逆に寝不足気味な顔をしているのは彼の方だ。


 他のメンバーが彼の質問の意図を図りかねてかねている中、イヤンはなんとなくシリの聞きたいことに思い至る。


「……三日に一度は夜中に飛び起きてしまいます。……村が襲われた時の夢を見て……。それから……人の手を握れなくなりました。死んだ妹の冷たい手を思い出してしまって……」


 沈痛な表情でイヤンは答える。


「そうか……」


 シリは中空ちゅうくうをみつめた。


 それはどこか遠くを、けして戻れないいつかを見ているようであった。


 そして彼は呟く。


「……それは魂の悲鳴だ。ゆるしを渇望かつぼうする……な」


「赦し……ですか ? 復讐ではなくて ? 」


「ああ、そうだ。赦しだ。あの時……何も出来なかった自分を赦して欲しくてたまらないのだ。復讐はその手段に過ぎん…… ! 」


 ぎらぎらと光る瞳がイヤンを刺す。


 彼女は寒気のようなものと同時に、既視感を憶えた。


 彼の瞳が、時折鏡に映る自らの瞳によく似ていたからだ。


「アルナルド ! 俺はこいつの加入を支持するぞ ! 」


「へっ、そうかよ ! 」


 アルナルドはそう言うと、ベルに視線で合図を送る。


「……では次の質問です。あなたにできることを……どんな些細なことでもかまいませんので、全て教えてください」


「は、はい、武道家の基本的なスキルは全て使えます。それに同時に二つまで行使可能です ! 」


 スキルの複数同時使用は、それなりにレアであった。


 だが少しばかり自信ありげな彼女の答えは面接官を揺らがせない。


「……わかりました。他には ? 」


「…………大道芸ができます」


 そう言うとイヤンは床に転がる空の酒瓶を手に取り、それを空中と両手の間でくるくると回転させながら交差させる。


 田舎の人気のない武術道場で資金稼ぎのために覚えさせられるそれは真摯な武道家からは侮蔑混じりの視線でもって見られるが、少なくともこの場においては目を輝かせて見ている観客がいた。


「すごいねーメラちゃん」


 ランタンに話しかける真紅の髪の少女だ。


 そしてさらに彼女から歓声が上がる。


 イヤンが両手だけではなく、彼女の髪の毛がまるで触手のように動いてジャグリングに参加し始めたからだ。


 やがて演目を終えたイヤンは、再び椅子に戻る。


「あなたすごいわ ! ねえあなた、火は好き ? 」


 やや興奮気味にジュリエッタがまるで脈絡のない質問を投げかけてきた。


「え ? ええ……私の村は冬が寒くて……そんな夜には家族で暖炉の炎の前で夜遅くまでおしゃべりをしていて……そんな思い出があるから火は好きです」


「そう ! ならいいわ ! アルナルド ! 私もイヤンの参加に賛成よ ! 」


「ああ、そうかい」


 そう言ってアルナルドはちらりとニールの方を見て、すぐにベルに視線を送る。


(ひょっとして……)


 地頭の悪くない彼女はこの面接試験の目的を薄々感じ始めていた。


「それでは次の質問です。あなたは『魔人』に対して嫌悪感や忌避感を持っていますか ? 」


 そう言ってベルはじっとイヤンを見つめた。


(「魔人」って……確か魔族の人間のハーフ。とても美しい容姿で貴族にはこっそり飼っている人もいるって言うわ。なんでそんなことを…… ? もしかすると……)


 イヤンはベルを改めて観察する。


(……人形みたいに綺麗な顔の男の子。白い肌に黒い髪、黒い瞳…… !? 瞳が少し赤みがかってる !? 魔人の特徴 ! )


「いいえ……特にそんなことはありません」


 「魔人」がやがて魔物となり理性を失って人間を襲うというのは広く知られていることで、よく物語の題材にもなった。


 大抵はその恐ろしさをテーマにしたものだが、中にはそれを悲恋として描くものもあった。


 少女のイヤンはどちらかというと後者の方に触れる機会が多かったため、「魔人」に対してそれほどの忌避感はなかったのだ。


 そんな人間はごく少数ではあったが。


「わかりました」


 視線を外したベルは冷静でありながらも、どこかホッとしたようにみえた。


(……この面接試験が 100 人を落してきたっていうのは本当かもしれない。魔族と戦おうっていうのに……パーティーに「魔人」がいるなんて……)


「おいイヤン ! 」


「は、はい ! 」


 思いにふけるイヤンを大きなガラガラ声が呼んだ。


「お前、復讐のためならなんでもやるか ? たとえ人殺しでも ? 」


 ギラリと軽く千人は殺してそうな凶悪な目が彼女を睨む。


「……はい。なんでもやります。……だから私をパーティーに加えてください…… ! 」


 冷たい、それなのにギラギラした暗い瞳でイヤンはアルナルドを睨み返した。


「そうか……。おいベネディクタ ! 俺のパーティーの武道家はこいつにする ! いいな ! 」


「わかったわ。私達以外の勇者パーティーに加わろうとして、また酷い目に遭わされるよりも……ここに加わった方がまだいいわね。教会への手続きはやっておくわ」


 修道服の女が席を立ち、面接試験は終わった。



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