第4話 追放者が背負うモノ
「アルナルド殿、少しよろしいかな ? 」
追放される勇者に肥えた身体を揺らしながら近づいてきたのは、宰相だった。
彼は手を振って警備兵を遠ざける。
「……貴様…… ! 昨日の判決はどういうことだ !? 今まで貴様に大金を献上してきたのはこういう時のためだろうが…… ! 」
もともと良くない目つきをさらに悪くして、アルナルドは宰相に詰め寄る。
「……声が大きい…… ! それにあれは仕方ない、というよりも追放刑で済ませるだけでも努力したんだぞ…… ! 」
「なんだと…… ? 」
「……貴殿を今回の裁判で死刑に……それが無理なら少なくとも終身刑に、という強い要請があったのだ。国王様には『厳しい判決を求められている』とだけお伝えしたがな……」
「バカな…… ! いくらなんでも刑が重すぎるだろ !? それにそんな陳情を国王様が聞き入れるはず……」
「気づいたかな ? そうだ。国王様とて聞き入れざるを得ない相手からの要請だったのだ」
「そんな……何故だ…… ? いや、しかしそうなら昨日ベネディクタが俺に即死魔法を撃とうとしたのも納得できる……」
「とにかくしばらく身を隠すのだ。魔の森までは奴らの手も届かんだろう。……貴殿の財産はしっかりとワシが有効利用しておくから安心しておけ」
そう言って宰相はどこから入手したのか、アルナルドの家の鍵を彼に見せびらかす。
「な…… !? 俺が無事帰還したら覚えておけよ…… ! 魔王を討伐して帰国すればさすがに誰も英雄に手だしはできないはずだ。そして俺はシモーネ姫と結ばれて王となり、貴様を更迭する…… ! そしてその後は王として権勢を振るい、国民から絞りとった税によって
国民が聞いていれば即座にアルナルドを国王の座につけないための署名活動やデモ行進で国が一つになれそうなほど下劣な宣言をアルナルドは力強く吐いた。
「ふはは…… ! その意気だ ! 新しい勇者のシリや貴殿のパーティーメンバーではダメだ。あやつらの本質は誇り高い戦士。格上の強者にも正面から挑み、力が及ばねば正々堂々と死ぬであろうよ。武人としてはそれで良いのかもしれんが、軍人としては最低だ。奴らは戦うために生きておる。それではダメだ。貴殿のように生きるために戦わねばな。それが人間の強さだ…… ! 」
顎にまでついた肉を振るわせて宰相は笑った。
そんなご機嫌な宰相に彼の私兵の一人が近づき、何事かを耳打ちする。
「……そうか。アルナルド、この国の教会の長である司祭が聖騎士団を率いて城に向かっているようだ」
「なんだと !? 目的は……」
「言うまでもなかろう。念のために刑の執行の時間を早めておいて良かったわ」
宰相は手で従者に合図を送ると、一人の若者が大きな
「……餞別だ。中には葡萄酒と干し肉、魚の干物が入っておる。これで寂しさを慰めるがよい」
「ふん、家に隠してある金貨と引き換えにするには随分と安いもんだな」
「おや ? そうは思わんがな。何せ貴殿が帰還するまであの従者の世話もみてやるんだからな」
「……もうあいつに手助けは必要ないさ。充分一人で生きていける。……見送りにも来てやがらねえしな……」
そう呟いてアルナルドは恨めしそうに中庭を見渡した。
この時、二人の悪党は微妙に「読み」を外していた。
宰相が離れていくと、入れ替わりに近づいてくる男がいる。
アルナルドをこんな状況に追い込んだ告発者だ。
「……何しに来やがった」
「大した事じゃない。餞別をくれてやろうと思ってな」
そう言うとシリは両腕に抱えていた大きな革袋を芝生の上に置いた。
「貴様の大好きな
底面が 50 × 50 センチでそれに高さ 100 センチほどの木枠がコの字のように三方を塞ぎ、開いているいる面の反対の木枠の外側にはリュックのように背負うためのヒモが二本結わえ付けられているだけの簡素な
追放刑に処せられた者はそれに積めるだけ餞別を持っていくことが認められている。
シリが行っているのはその容量を魔の森では全く役に立たない 1 ゴールド硬貨で無駄に埋めさせようとする嫌がらせであり、お金への執着が人一倍のアルナルドへの揶揄であった。
「ほう……ならばありがたく貰って行こう……」
「何 !? 」
てっきり諦めて金を置いて行くアルナルドの無念の顔を見れると思っていたシリは驚いた顔となる。
「……転移陣の準備が終わった ! 追放人は前へ ! 」
十人以上の「魔法使い」が囲む魔法陣が輝き出し、それを合図にアルナルドは二つの大きな袋を抱えて背負子に向かった。
「背負子に積む以外、手や首に袋をかけることも禁じられているぞ ! 」
「わかってるよ ! なんとかつめこめばいいんだろうが ! 」
すでにシモーネ姫の肖像画という全くサバイバルにおいて役に立たないばかりか、もし紛失でもすれば確実に彼女の機嫌を損ねてしまうとてつもない重荷に占拠された背負子。
その肖像画の額縁共の上にまず硬貨の詰まった革袋を置き、さらにその上に保存食と酒の入った布袋をすさまじい集中力でバランス良く積むアルナルド。
結果、背負子の木枠から大きくはみ出した額縁の頭とその上の二つの袋は絶妙なバランスで崩壊を免れていた。
「……よし ! では転移陣から 3 メートル離れているこの場所からスタートだ。背負子から落としたものはその時点で没収する ! 制限時間は 1 分。それを超えても辿り着けていなければ背負子自体を没収する !! いいな !! では……スタート !! 」
アルナルドは背負子に背を向けて屈み、そのヒモに両腕を通した。
「ぐっ……重い…… ! クソ ! 慈愛と光を
女欲、金欲、食欲のつまった欲張りセットを持ち上げるためにアルナルドは必死で光の女神に祈る。
「……祈る相手を間違えてるだろ」
そんな宰相の呟きはかき消された。
アルナルドの従者によって。
「アルナルド様 ! 動いてはダメです ! その積み方では崩れてしまいます ! 」
「ベル ! 貴様、今頃来やがって !! もっと早く来やがれ ! 」
「申し訳ありません。なんだかワクワクして眠れず……朝、起きれなくて……」
「遠足前夜の子どもか !? というか
「とにかく、そのまま動かないでください ! すぐに積み直します ! 」
「わ、わかった ! お前の
── 30 秒経過、という警備兵の声にアルナルドの焦りはピークとなる。
「ま、まだか !? 」
50 秒を経過しても後ろのベルから合図がない。
「……これでよし ! バランスが崩れるので絶対に後ろを見ないでください ! それから荷物の重心を調整したので軽く感じますけれど、それに気を取られずに真っすぐ進んでください ! 全力で走って大丈夫です !! 」
早口でまくし立てるベル。
55 秒経過。
「わ、わかった ! ……軽い ! 立てるぞ ! さすがだベル ! ……今までありがとな ! 元気でな ! 」
そう叫んで走りだしたアルナルドは転移陣に消えていった。
そこに遺されていたのは、大量の肖像画とパンパンにお金の詰まった革の袋、そして口のあいた頭陀袋であった。
「い、今のは……そんな……こんなの認められませんわ……」
ぽかんとした顔で呟くシモーネ姫。
「いえ……これは合法です。数十年前に追放刑に処せられたものが背負子の荷物を全て捨て、そこに恋人を座らせたことも……」
「シリよ。姫様はそういう意味で『認められない』と言っておるのではないぞ」
宰相は面白そうに笑った。
「……それにしてもあの『魔人』の従者、短めの髪に体形の分かりにくい服ばかり着ていたから少年だとばかり思っていたが……女だったとは……」
シリの声にシモーネ姫の顔はさらに引き攣ったものとなった。
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