第15話 操り、操られ



「ミテテ…… ! 」


 ゴブリンの小さな緑色の手に握られた薪の先の炎がゆらゆらと形と大きさを変える。


 それは地球で念動能力サイコキネシスを使えると自称する中学校に 1 人か 2 人はいるような能力者が、炎を動かせると主張するレベルを明らかに超えていた。


「これは……『操火』の恩寵おんちょう ? まさか…… ? 」


 ベルは信じられないものを見た、という顔でもともと大きな赤みがかった瞳をさらに丸くする。


「……この木に火をつけることはできるか ? 」


 そう言ってアルナルドは一本の枯れ枝をアルファに手渡す。


 アルファはそれに向かって一生懸命に念じているようだが、まるで変化はない。


 だがベータの持つ火の付いた薪からまるで小鳥のように飛んだ炎の塊がアルファの持つ木にとまり燃え始める。


「ツイタ…… ! 」


「どうやら発火させることはできないようだな。まだ完全な『操火』じゃないのか ? 」


 アルナルドのその言葉に反応したのか、アルファの持つ木の先の炎が何事かを語り掛けるように揺らめいた。


「……オレタチ……マソノコントロール……ヘタダカラ……ダッテ」


 しゅん、と下を向いてアルファが言った。


「……そのフィア・アロナ様っていうのは ? 」


「「「ヒノカミサマ ! 」」」


 ゴブリン達は声を合わせて言った。


 アルナルドとベルは顔を見合わせる。


 彼らが知っている火の女神メラリメラクとはまるで異なる名前であったからだ。


「本当に火の女神なのか ? パチモノじゃないのか ? 悪魔が女神の振りをしているとか……」


 とアルナルドが疑わしそうにアルファの持つ火を睨むと、その薪がパチッとはじけ飛んだ。


「うわあちちちちぃいぃいいい !? 」


 慌ててアルナルドは彼のくすんだ茶色の髪に飛んだ火の粉をはたいて消火する。


「ふぅ、さっきの消えにくい火と違ってすぐ消えたな」


「サッキノ……ワニモヤシタノ……フチンビ…………マソヲネンリョウニシタ……ヒノスキルダカラ……キエナカッタッテ……」


「『不鎮火ふちんび』か不審火ふしんびを卑猥にしたような響きだな……」


 そんな神への敬意をまるで持ち合わせていない小学生男子のようなアルナルドへの威嚇なのか、火は轟、と大きく音を立てた。


「フィア・アロナサマ……オヤブンヲタスケタノニ……カンケイナイ……ジャアクナメガミニ……カンシャシタカラ……オコッテル……」


「火を司るだけあってすぐに怒りに火がついて感情的になるタイプか…… ! それに承認欲求も強そうだ。ろくでもねえ野郎だな……」


 守銭奴しゅせんどどもがあがめる邪神を崇拝したことを棚に上げてアルナルドはしたり顔で呟いた。


「まあ盗賊時代、わざわざ犯行現場に『義賊アルナルド参上 ! 』とか張り紙をして、警備兵の犯人特定の手間を省いていたアルナルド様が他人の承認欲求について、とやかく言える筋合いはないと思いますがね」


 ベルが昔を懐かしみながらも皮肉交じりに言う。


「バカ野郎 ! あれは悪徳な商人や汚職まみれの役人の屋敷を襲った正義の盗賊であると証明するためだ ! 現にあの時は『アルナルドに盗みに入られる悪人の方が悪い ! 』という世論が出来上がって誰も警備兵の捜査に協力しなかったじゃねえか ! 」


 アルナルドが片目をすがめて、魔物も逃げ出すような凄まじい凶相でわめいた。


「確かに悪人以外の家に盗みに入った時は見事なくらい何の証拠も残してませんでしたしね……。それはともかく魔物が『操火』を行使するなんて、どういうことなんですかね ? 」


 ベルはまるで遊ぶように声をあげながら炎の形を変えているゴブリン達を見やる。


「魔族どもも奴らの神の恩寵によってスキルを行使してくるんだ。その支配下にある魔物が使えるようになっても不思議じゃねえだろ。案外フィア・アロナってのも魔族の神なのかもしれんぞ」


 そんなアルナルドの言葉を聞いたからなのか、焚火の炎は轟轟ごうごうと音を立てて燃え上がった。



────



 トントン……トン……トントントン。


 薄い扉が特定のリズムを刻むと、少したって静かに内側から開いた。


 その隙間からイヤンはするりと入り込むと、崩れるように膝をついた。


 致命傷は避けていたとはいえ、逃亡戦をくぐり抜けた身体はすでに限界だった。


 そんな彼女を見降ろしていたのは、 30 代半ばほどの柔らかな容貌の女性である。


 明るい茶色の髪に、とび色の瞳。


 ぶっくらとした頬が相対する者の心までも和らげそうだ。


 だがそんな優しい微笑みの似合いそうな女の顔は固かった。


 対照的にイヤンは安心しきったような笑顔で女を見上げる。


 まるで窮地の中、家族にでも会えたように。


「……マートルねえさん、久しぶり……。しばらく匿って…… ! 」


 ここはアルナルドが各国に持つ隠れ家の一つ。


 盗賊時代は……というと過去のことに聞こえるが勇者となった現在も悪事を働く際や勇者として任務を遂行する時、このような場所を利用していた。


 この国の隠れ家の場所を知っているのはアルナルドの盗賊団と、裏稼業を手伝わされていたイヤンと、彼女の愚痴を聞いていたジュリエッタだけである。


 そしてここを任されているマートルは夫がアルナルドの盗賊団に所属していたが、彼が賭場でのつまらない揉め事で殺されたため、未亡人である彼女の面倒を見るためにアルナルドが隠れ家の管理人として雇ったのだ。


 そしてイヤンのことを年の離れた妹のように可愛がってもいた。


「……よく顔を出せたもんだね ! 」


「……え ? 」


 見たことも無いようなマートルの怒りに、イヤンは今日初めてひるんだ。


「あんた ! アルナルド様の追放を阻止しなかったばかりか……賛同までしたそうじゃないか !? 」


 マートルは顔を赤鬼のようにして怒鳴る。


「それは……アルナルドは酷い奴だし……マートル姐さんだってあいつのことが嫌いだったんじゃ……」


「確かにアルナルド様の愚痴を言ったことはあるけど…… ! 私が女手一つで子どもを育てて……嫁にまで出せたのはあの人のおかげなんだよ ? 私の……娘の……恩人をあんたは…… ! 」


 イヤンは無言で俯いて唇を噛んだ。


(……そうだ。マートル姐さんがアルナルドを嫌うなんてありえない…… ! どうして私は…… ? )


──アルナルドはみんなに嫌われているの。だからあなたも従う必要はないわ。


「それに……あんただって親の仇を討てたのは……アルナルド様のおかげじゃないか ! あんたのためにあの人がどれだけ手を尽くしたか……忘れたのかい !? 」


──仇を討てたのはあなたの実力よ。あの男はちょっと場を整えたに過ぎない。誰にでもできることよ。だから恩に着る必要はないのよ。


「その恩義に報いるために永遠の忠義を誓ったのは……嘘だったの !? 」


──あなたのご両親が望むのは盗賊みたいな男への隷属じゃない。世界一の武道家になれば天国のご両親も喜ぶわ。だからあの男の卑劣な命令に従うことはないのよ。


 耳から聞こえる怒鳴り声と、頭の中で響き甘く優しい声の狭間で、イヤンは耐えきれずに頭を抱えたまま意識を失った。


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