第21話 ブラックなパーティー



「あらあら驚いた……チャンが素手の相手にやられちゃうなんて……」


 油の乗ったキャンパスに太く引かれた黒いアイラインによって大きく見せた瞳をさらに大きく広げて、聖女ラファエラ・ガレッティはまるでお茶会で口に運んだ焼き菓子が思ったよりも不味かったくらいの驚きを披露した。


「バカな…… !? チャンの拳を受けてなんともないだと !? 」


「いや……あの布の服に何か仕込んでるのかもしれんぞ」


 そんなことを口走りながら、戦士と剣士は剣を抜き、魔法使いは杖の先端をニールに向ける。


 それぞれタイプは違うが勇者、というよりもアドバイザー役のラファエラが選んだ見目麗みめうるわしい青年達だ。


「ケッ ! どれだけ固くても燃やしちまえば一緒だ ! 」


 「操火」の赤と「操風」の白が混ざり合ったピンク色の長い髪を振り乱しながら、魔法使いが魔素を杖の先端に集中させて、それを業火へと変換していく。


 そんなパーティーメンバーの様子を勇者は虚ろな目で、その背後の聖女は可愛らしいものを見るようような瞳で眺めていた。


 一触即発の空気の中、カッカッカッと石畳の上を木製の靴底で叩くリズミカルな音が聞こえてきた。


 その音の元は修道服の女だった。


 くるぶしまでをおおう黒いトゥニカ、そしてウィンプルをかぶった頭、イメージ通りの修道服。


 昨今の教会関係者は緊急時に動きやすいように白く裾の短いローブなどを平服の上に着用しているが、まさしくその有用性を感じざるを得ないように彼女は長い厚い修道服の裾をはためかせながら走る、走る。


 その貞淑な外見からは想像もできないような大声をあげて。


「ごるあああぁぁぁあああ !!!!!!!! てめえぇるあああぁぁぁあああ !!!!!!!! 街中でなにしてやがるぅぅうううう !!!!!!!! 」


 凄まじき巻き舌が、まるで渦巻うずまきバネのようにその力を遺憾なく発揮し、そこで今にも始まりそうな戦闘行為をその螺旋状の音の構造に引きずり込んで気勢を削いでいった。


「べ、ベネディクタ……」


「ニール !! もう大丈夫ですからね !! ああ !? 女の子になんて酷いことを !? あなた大丈夫 !? すぐに回復してあげるからもうちょっとだけ我慢しててくださいね ! 」


 息切れしながらも先ほどの大声からは想像もできないほど丁寧に早口でまくし立てたベネディクタは、大きく深呼吸して息を整えてから仁王立ちで睨みつける。


 彼女と同じ「聖女」であるラファエラを。


 薄い眉と眉間の皺、つり上がった天然の大きな瞳。


 般若を思わせるようなその表情は、スラム街出身の彼女にしか出せない凄まじい迫力を宿していた。


「……ラファエラさん、これはどういうことですか ? 弱い者いじめが勇者パーティーのやることですか ! 無力な少女と……怖がりのニールをいじめて何が楽しいんですか ! 」


「あらあら、いじめられたのはこっちも一緒よ ? あなたはそこで倒れている武道家のチャンが見えないのかしら ? 」


 ラファエラはそのパサついて蛇のようにうねるプラチナブロンドの髪を指でいじりながら、軽い調子で返す。


「どういう理由かまではわかりませんが……この武道家もあなた達パーティーの仕業に決まってます ! ニールがこんな強そうな男に勝てるわけないでしょ ! 」


 まるで彼女よりもはるかに大きな男を守護するかのように、ベネディクタはニールの前で大声を上げる。


「うフフ、ベネディクタ、あなたは相変わらずニール達パーティーメンバーの盾となってあげているのね」


「……当然です。弱い者を守るのが光の女神様の教えですから ! ニールだけじゃない。ジュリエッタも……シリも……どこか長閑のどかな村で……誰も彼らを傷つける者がいない場所で静かに暮らすのが一番なんです ! それを……アルナルドが無理やり勇者パーティーなんて分不相応な役を与えたせいで…… ! 」


(ああ……いいわ。やっぱりあなたは最高よ。ベネディクタ。あなたのいびつ庇護ひごの翼の下で孵化することも無く腐っていく卵に免じてここは退いてあげる)


 愉悦混じりの小さな笑いを吐き出すと、ラファエラは彼女のパーティーに指示を出す。


「みんな、そろそろ行くわよ」


「待ってください ! チャンを放っていくんですか ? 」


 ピンク髪の魔法使いが食ってかかった。


「いいのよ。目的地は知っているから、目が覚めたら追いかけてくるでしょ。それに……人間の戦士の肌を貫けない者がどうして竜の鱗を貫けると思うの ? 今回の任務に関しては『武道家』はいてもいなくても変わらないわ」


 そう言ってどぎつい赤色を塗った唇の両端を上げると、ラファエラと勇者は歩き出し、パーティメンバーも納得がいかないようだが、それに続く。


 後に残ったのは石畳の上で気絶するチャンと卑屈な顔に戻ったニール、甲斐甲斐しく立ち上がれないほどの重傷のイヤンを回復魔法の光で包み込むベネディクタであった。



────


「ねえ……アルナルド様は行かないの…… ? あのハデル様のパーティー……ものすごく怖いの……あのお姉ちゃん大丈夫かな…… ? 」


 宿屋の酒場で年季の入った椅子にふんぞり返り、両脚をテーブルの上に乗せて酒瓶から直接酒を飲んでいる日本のマナー講師様がご覧になられれば、そのご高潔なるご血管がお破裂あそばされんばかりに罵詈雑言をのたまひけられんこと間違いない男に泣きそうな声で少女は言った。


「俺は忙しいんだ ! 」


「……本当に寝る間もないほど働かされている激務の労働者に聞かれたら刺殺されてもおかしくないことをいいますね……。そもそもどこが忙しいんですか ? さっきから空の酒瓶を量産しているだけのアルナルド様の」


 同じテーブルの椅子に座る少年のような格好をしたベルが呆れたように言った。


 最高級シルクを入手困難な紫貝の色素で染めて、その上にきんの糸でこの国に流通する全てのゴールド硬貨を刺繍で描いた恐ろしく趣味の悪い、彼が密かに通うかねの女神ゴルド・ソルドの神殿に集まる拝金教のメンバーからは高評価を得ている服を纏ったアルナルドはすぐさま反論する。


「バカ野郎 ! かしらは手下に任せて待つのが役目だ ! つまり俺は仕事中だ ! 」


 どうみても肝臓以外を働かせているとは思えない男は再び勢いよく酒瓶を傾ける。


「……良いご身分ですね」


「何言ってやがる ! 任せるってのは大変なんだぞ ! 自分で行った方がよっぽど気楽だ ! 繊細な俺はそのストレスを酒でなんとか誤魔化しているんだ ! 」


「勇者パーティーの相手を一人でするよりも、酒を飲みながら待つ方が大変なんて一体どんな物差しで物事をはかってるんですか ? 」


 さて勇者パーティーは大きく分けて 3 つの種類がある。


 魔族を滅ぼすというその崇高な使命を果たすために懸命になるもの。


 魔族などどうでも良く、勇者の特権を享受きょうじゅするもの。


 そして使命感を持ちつつも、その特権も余すことなく利用するもの、である。


  1 つ目のような勇者パーティーはほとんど存在しないし、存在しても危険な任務に積極的に臨んでその高潔な魂を散らしていた。


 さきほどイヤンが声をかけた勇者ハデルのパーティーも、散々その特権をこの街で行使して恐れられていたのだ。


 彼女が蹴り飛ばされた瞬間、宿屋の少女はこの街で勇者パーティーに対抗できる唯一の存在であるもう一人の勇者に助けを求めようと帰る途中の道で、そのパーティメンバーのニールを見つけて泣きついたのだった。


「そもそも無理な話ですよ。ニールさん一人で対処させるなんて」


「物を知らん貴様に教えてやる ! 100 年ほど前にこの世界に転移してきて一代で大商会を築き上げた偉人の言葉を ! 『無理だと言う労働者は嘘つきだ。途中でやめるから無理になってしまうだけだ。途中でやめなければ無理ではなくなる。だから病気になろうが、骨が折れようが、やめさせない。そうすればその労働者はもう無理とは言えなくなる。やりとげたのだから、無理ではなかったのだ』」


「それって確か結局労働者が暴動を起こして血祭りにあげられた挙句、財産を全て持ち逃げされて結局商会も潰れた人の話ですよね。そんな人間の言葉を掲げていたらアルナルド様もいずれ反乱を起こされますよ ? 」


 まるで未来に起こることを予言するかのようなベル。


 なんだと ! とアルナルドが立ち上がると同時に宿屋の扉が開いた。


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