第11話 水遊びと捕り物
「……魔の森にこんなデカい河が流れているとはな」
アルナルドは対岸まで数十メートルはあろうかという水の流れを目を細めて眺めていた。
魔の森に追放された二日目の午前、それほど歩くこともなく水場を見つけられたのは幸運なことであった。
「考えて見れば、この森に動物やモンスターが数多く生息してるんですから、こんな大きな水場があって当然かもしれませんね」
ベルがいつもの無表情で言った。
「ツメタイ…… ! 」
「オイシイ…… ! 」
ゴブリン達はあまりその景色に感慨がわかないようで、ゴツゴツした石が敷き詰められた河原に四つん這いとなり、顔だけを河につけて、美味そうに水を飲んでいる。
「おい ! お前ら ! 親分が飲む前に水を飲むとは何事だ !? 」
「ヒィ !? 」
「スミマセン ! 」
昨今、日本の体育会系ですら、
慌てて顔を上げるゴブリン達を尻目に思う存分、先ほどのゴブリンと同じような野生を思わせる体勢で、彼は水を飲む。
ベルもその隣で両手で水を
「アルナルド様……盗賊の
「何を言ってやがる !? 盗賊の
ぐわっと顔を上げた水も滴る目つきの悪い男は、水滴をまき散らしながらベルに反論する。
はいはい、と受け流しつつ、ベルはゴブリン達に顔を向ける。
「アルファ、ベータ、デルタ、飲んでいいよ」
「ウン…… ! 」
ゴブリン達は昨晩もらったばかりの名前を呼ばれて、どこか嬉しそうに返事をして再び水に顔をつけたり、ベルの真似をして手で水を掬って飲んでみたり。
「さて……せっかくだから水浴びでもするか ! 拘留されてた間は風呂にも入らせてもらえなかったしな ! 」
そう宣言すると、アルナルドは上下の肌着を脱ぎ捨て、河に飛び込む。
「ふう…… ! さっぱりするぜ ! 」
そしてゴシゴシと水中で身体をこすり、洗い出すというスーパー銭湯であれば確実にマナー違反であろう行為に
「……大丈夫ですか ? 」
しばらくアルナルドから目を背けていたベルが心配そうに声をかけた。
「これだけ見晴らしが良ければ、
「そうじゃなくて……アルナルド様の垢まみれの水を飲んだ魚や下流の生き物が大量死でもしないかと思って……」
「人を汚染物質みたいに言うんじゃねえ !! 」
そう怒鳴って、アルナルドは河の水を両腕で飛ばすがベルは軽いバックステップでそれを難なく
「ウワッ !? 」
「ツメタイ !? 」
その代わりに水しぶきに被弾したのはゴブリン達だ。
「お前らも入ってきて身体を洗え ! 体臭がキツイと潜入時に見つかる可能性が高まるからな ! 」
「ハ、ハイ…… ! 」
「オレタチ……クサイ…… ? 」
ゴブリン達はクンクンと自分の身体を嗅ぎながら、恐る恐る水に脚を入れる。
「まったく、こんな森の中でどこに潜入するって言うんですか ? それにそういう言い方で身体を洗わせるのはやめた方がいいですよ。イヤンさんにも『汗臭いから身体を洗え ! 』って言って一週間、口をきいてもらえなかったことがあったじゃないですか」
「うるせえ ! あいつが打たれ弱いだけだ ! 武道家のくせに ! 」
「……武道家の物理的な打たれ強さと精神的な打たれ強さはまた別物だとは思いますがね」
アルナルドが自らのデリカシーのなさを相手のメンタルのせいにしている間に、ゴブリン達は自らの身体を洗い、次第に水にも慣れてくる。
バシャバシャという水音がどんどん強くなり、しまいに水の掛け合いへと発展していく。
「ツメタイ ! ヤッタナ ! 」
「オカエシ ! 」
「お前ら ! まだまだだ ! 勇者の水掛けをみせてやる ! 」
「ウワア !? 」
「サスガオヤブン…… ! 」
「マケナイ…… ! 」
そこにアルナルドも参戦して、水しぶきが派手に舞う。
「……アルナルド様が得意なのは『水掛け』じゃなくて『水掛け論』に持ち込んで、全てをうやむやにすることでしょうに……」
ベルが呟くと、即座に目つきの悪い勇者が反応する。
「……何か言ったか ? 」
「いえ、別に……」
ごまかすように視線を下流に向けたベルの瞳に、一日ぶりに文明的なものが映った。
「アルナルド様…… ! 下流に馬車が流れ着いてます ! 」
それは大きな客車を思わせるしっかりとした金持ちが旅行用に使う馬車だった。
「なんだと…… !? よし ! お前ら ! 初仕事だ ! あの馬車の荷物を略奪するぞ ! 」
そう宣言して、雄叫びをあげながら全裸で河原を走り出す勇者。
「マ、マッテクダサイ…… ! 」
「オレタチ……トウゾク…… ? 」
慌ててゴブリン達もアルナルドの後を追う。
「……全裸のお
ベルは溜息をついて、彼らの後をゆっくりと歩き出した。
────
雨上がりの夕暮れ、赤黒い路地に長く伸びた影を揺らして走る者がいた。
そして左右の石造りの家や壁の合間の小路から、不意にその人物の行く手を遮るように立ち塞がる者達がいた。
「お急ぎのところ、すいやせん。……ちょっとお顔を拝見してもよろしいでしょうか ? 」
トマスの口は穏やかに、そして右手は抜いたレイピアを突き付ける不穏さでもって問う。
「お、おい ! 相手に剣を突き付けて人違いだったら……」
「その時は謝ればいいだけよ」
トマスの後ろの若い男は焦るが気の強そうな若い女は、しれっと言い放つ。
「……断れば問答無用で襲ってきそうだな。何だってんだ…… ? 」
ボロ布を身体に巻いて顔の見えない不審人物から返ってきたのは、低い男の声だった。
「やっぱり人違いじゃないか !? イヤンってのは女なんだろ ? 」
「……いいから顔を見せてくだせえ」
もったいぶった手つきでフードのようにかぶった古布を外した中身は、黒髪で角ばった輪郭の若い男だった。
「……愛人に会いに行くのを見られたくないから、こんな
男は岩のような顔で苦笑いする。
「ほら、違ったじゃないか !? 」
「……失礼しやした。ちょっと賞金首を追っていたもんでしてね」
そう言って
「なっ !? 」
トマスの後ろにいた若い男が驚愕の声をあげるが、それは不意打ちを受けた方も同じだ。
「うぉっ !? 何しやがる !? 」
大げさに後ろに飛び
「いやあ、
トマスは身体に巻いた布が外れた男に向かい
襲われた男はそれに
「……私に賞金が掛けられたのは濡れ衣。それを証明するために私は逃げなければならない。だからどいて……」
それは女の声だった。
「え !? 」
「恐らく武道家が『肉体の女神』様から賜った
トマスが、
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