第13話 デスロール
大岩を簡単に噛み砕くような凄まじい
「うおおおおぉぉぉぉぉおおおおお !! こんな高級装飾品の素材ごときに食われてたまるか !! 」
ワニ型モンスターであるメガダイルの革で作成された鞄や財布、ベルトなどは貴族が好んで高額で取引される。
もちろんそんなことはそのせいで冒険者に狩られるメガダイルには何の自慢にもならないどころか迷惑でしかないのだが。
「……散々メガダイルの革で作らせた高級品を賄賂として貢いできた報いが返ってきたんじゃないですかね ? 」
上顎から乱雑に生えた杭のような大きな牙の二本を両手でつかみ、巨大な舌の不安定な足場で踏ん張り、どうにか食われまいとするアルナルドに、ベルは冷静に言った。
「バカ野郎 !! それは高級品を求める人間全体の
そんな壮大なことを言葉も解さぬ巨大な爬虫類に訴えてみたところで、状況は好転するはずもないが、回転はした。
「ぐあっ !? なんだ !? 」
獲物の肉を噛みちぎるために巨大なワニがその巨体を回転させたのだ。
いわゆるデスロールと呼ばれるそれは、獲物に食いついた時にはこれ以上なく有効なのだが、現在のメガダイルの状況は肉を噛み切れないから獲物を飲み込めないのではない。
獲物のアルナルドがワニの口内において信じられない馬鹿力で踏ん張ってメガダイルの咬合力と拮抗しているためであり、回転した所でそれほど状況が好転するわけもないのだが巨大なワニは本能に従ってその行動をとらざるを得ないのだ。
メガダイルの回転とともにその口内で側転するように回転するアルナルド。
「うおっ !? お前ら ! 早くなんとかしやがれえぇぇぇええ !! 目が回るうううぅぅぅううううう !! 」
「オヤブン !! 」
「ド、ドウスレバ…… !? マタ……イシナゲル…… ? 」
「……ヒダ…… ! 」
「エ…… ? 」
「ヒヲクチノナカデモヤセバ……オヤブンヲタベルドコロジャナクナッテ……クチヲアケルカモ…… ! 」
「ソレダ…… ! 」
「ベータ……カレハヲ…… ! デルタ……マキヲ…… ! 」
そうアルファが指示を出して、ゴブリン達は動きだす。
「ベル…… ! タネビチョウダイ ! 」
「え、ええこれよ」
ベルはそんなゴブリン達に戸惑いながらも、燃えた木の小さな
────
力の抜けた大きな身体が放物線を描いて、着地した。
ちょうどこちらへと剣を抜いて向かってくる男女の剣士の前に。
男の方が慌てた様子で戦士を介抱しようとするが、女は構わずこちらに突進してくる。
すぐに男の方も戦士が助からないと悟って、向かってくるだろう。
その前に女の方をなんとかできればいいのだが。
私は再び「神経強化」を発動させる。
武道家が他の攻撃職よりも優れている点があるとすれば、低燃費であることだろうか。
目の前の女剣士は
「幻想剣 ! 」
夕陽を反射して赤く輝く細身の剣身。
それなりの速度で突き出されたそれが増えた。
「……っ !? 」
目くらましだ。
落ち着いて女の手元を見て、そこから伸びている剣だけを躱して……。
ザクッ !
「なっ…… !? 」
「はっ ! どうした !? 全部幻影だと思った !? 」
畳みかけるように女は袈裟切りに剣を振りおろす。
それは回転しながら距離をとった私の背を断りもなく
「ぐ……」
「神経強化」の代償だ。
耐えがたい激痛が突かれた脇から全身を雷のように駆け巡る。
私は「神経強化」を捨てて、「変形」を発動させ止めどなく左脇から流れる赤い血を止めた。
この女、大口を叩くだけのことはある。
幻影の剣身、それを一本とはいえ実体化させるなんて……。
解像度の下がった世界で、女は片頬を上げ、その隣に憤った男が並んだ。
この戦いで「神経強化」はもう発動できない。
すればその瞬間に痛みで気絶するだろう。
それに常に「変形」を発動して止血しておかねば、失血死する。
つまり私が場に出せるカードが一枚だけになったということだ。
隠し持った暗器も聖騎士団に使ったせいでもうない。
私は軽く頭を振る。
それにともなって、王城から逃げる際にトレードマークであった二つのお団子頭を解き、後ろで一つに縛った黒い髪が馬の尾のように揺れた。
ここからは自前の体術に頼らなければならない。
「
男の剣士が剣を振るうと
トン、と私は脚を狙ったそれを少しだけ跳んでやりすごすと道着と髪が空気の余波に煽られたが、影響はそれだけだ。
「馬鹿 ! そんな大技使うんじゃないよ ! 逆に
「うるせえ ! よくも……チープンとデニルを…… ! 」
どうやら男の方は仲間をやられて相当頭に血が上っているようだ。
「うおおおおおお !! 」
「チッ !! 」
正面から向かってくる男の剣士、対して女剣士は冷静に私の後ろをとって挟撃するためにほんの少し曲がった道筋を走る。
ここだ !
「死ねええぇぇええ !! 」
女の言うことも聞かずに振るった力任せの横薙ぎの剣の上を逆さになった黒い頭が通り抜けていく。
宙返りをしている私の頭だ。
地面、回り込もうとしている女、赤黒い空、そして路地が順番に瞳に映って着地した私はすぐさま背中合わせで立っている男に向かってスキルを発動する。
しゅるり。
黒い蛇が男の首に巻き付いた。
私の髪だ。
「グ……ッ !? 」
そして髪に作用させた「変形」を捨てると、私は巻き付いた髪の両端を握って「剛力」を発動させる。
「コープ !! 」
初めて女剣士から女の子らしい悲鳴が聞こえて、ゴキリという重い音が重なった。
巻き付かせた髪をすぐにほどくと、崩れ落ちる頼りない背中を女に向かって突き飛ばす。
女は避けることもなく、男の死体を抱きとめた。
「
私は止血に使っていた「変形」を捨てて、手に「変形」と「剛力」を発動させて男の金属製の鎧に包まれた背中を撃つ。
振動を深く深く、男を抱きとめて密着している女の心臓に届くように。
「うぅっ…… ! 」
心臓は外的な衝撃を受けると痙攣して動かなくなるそうだ。
赤黒い夕焼けの中、抱き合った男と女の死体はゆっくりと崩れ落ちる。
「ガハッ !? 」
そして、その女の影から撃ちこまれたレイピアを私は躱すことができなかった。
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