第8話 親分は弱みを見せない


「ベル ! とりあえず水分補給に食っておけ ! 水場を探すのは明日だ ! 」


 そう言ってアルナルドは真っ赤な果実を二つ、キラーベアを解体中の彼女の脇に置く。


「ありがとうございます。鹿の方はもう解体し終わったので、後は火をお願いしますね」


 手を止めた彼女は小さく口を開けて果物にかぶりつく。


 酸味と水分がたっぷりで、しばらく水を飲んでいない彼女の身体に染み入っていく。


「……わかってるよ。ちゃんと火おこしに必要なものも採取してきた。クソ ! 『操火』の恩寵を持ってる奴の便利さがみるぜ」


 アルナルドは大げさに頭を振りながら、手下のゴブリン達を従えて少し離れた場所で屈みこむ。


 いつの間にか周囲は薄闇に覆われ始めていた。


「オヤブン……クラクナッテキタ……」


「……コワイ……」


 小さな子どものように身を寄せあう 3 匹のゴブリン。


「バカ野郎 ! てめえらそれでも魔物の端くれか ! 」


 まるで魔物達の親玉のようなことを叫ぶ人間の勇者アルナルド。


「スミマセン…… ! 」


「今から言う通りにお前らの爪でこの木に穴を開けろ ! これくらいの大きさで……そうだ ! それから三角の切れ込みを入れるんだ」


 アルナルドがナイフで板状に加工した枯れ木に小さな丸穴が小さな爪で空けられ、さらにその丸に三角の切れ込みが加えられる。


 丸の下に台形がついたベタな鍵穴のような形だ。


 そしてその丸穴に大きさピッタリの直径の枝の先端を入れて錐揉みをするようにそれを両手で挟んで回転させると削れた木の粉が摩擦熱で火を帯び、それが三角の切れ込みに押しやられていくと、板の下に敷いておいた枯れ葉に触れて、枯れ葉も火を帯びる。


 外周に火を纏った穴が徐々に大きくなっていく。


 それを集めておいた細い枯草に落して優しく両手で包む。


「よし ! これに息を吹き込むんだ ! 優しくだぞ ! 」


「ハイ…… ! 」


 ゴブリンの 1 匹がおっかなびっくり枯れ草の塊に息を吹き込むと、徐々に白い煙が上がっていく。


 そして、夕暮れの森に火がともった。


「ウワッ !? 」


「ヒダ…… ! 」


「スゴイ…… ! 」


「よし ! それをここに入れろ ! 」


 あらかじめ細い枯れ枝を集めて置いたところにゴブリンが大事そうに抱えたそれを入れると、火はさらに大きくなる。


「ヨルナノニアカルイ…… ! 」


「アッタカイ ! 」


 何が嬉しいのか、焚火の周りを飛びまわるゴブリン達。


「そうだ ! 火に感謝しろ ! 今からこれで肉も焼くんだからな ! 」


「ハイ…… ! 」


 アルナルドの言葉をどう受け取ったのか、ゴブリン達は焚火に向かって土下座し始める。


 その様は魔の森で行われる邪神を崇める邪教集団の邪悪な儀式のようであった。


「……何をやってるんですかね……」


 ようやくキラーベアの解体を終えたベルが呆れたように呟く。


 そして彼女はふと擦り切れるほど読んだ詩集のある一編を思い出した。


 それは光の女神ギムドフリアが人間に光を授けた後、さらに火を与える場面をモチーフとしたものだ。


(……アルナルド様がゴブリンに火を授けた ? 光の女神みたいに……まさか……)


 ベルは女神とは程遠い、盗賊のかしらのような目つきの悪い男を改めて見やる。


 パチィ !!


 焚火にくべた薪が爆ぜた。


 そして飛んだ大きな火の粉の雨がアルナルドに降りかかり、彼のくすんだ茶色の髪に着火して燃え上がる。


 それは神のごとき振舞いの傲慢な人間に対する火の神からの応答だったのかもしれない。


「うわあちぃいいい !! 」


 ここが森の奥深くだからか、遠慮なく奇声をあげて転がりまわるアルナルド。


「オヤブン !! 」


「タイヘン…… !! 」


 ゴブリン達はおろおろするものの、どうしていいかわからないようだ。


 やがて頭を地面に散々擦り付けることよって消火に成功した男はむくりと立ち上がった。


「ダ、ダイジョウブデスカ…… ? 」


「いいかお前ら ! 今、俺がわざと見本を見せたように火は便利だが危険なものでもある !! 気を付けるんだぞ !! 」


「ハ、ハイ !! 」


「ワ、ワカリマシタ…… !! 」


(また強がって……。どう見てもデモンストレーションにしては髪に取り返しのつかない不可逆なダメージが入ってるじゃねえか !! )


 まるでマンガにおいて火事の家から逃げ出してきた人間のようなチリチリ頭のアルナルドを見て、心の中で突っ込むベル。


「よし ! 飯にするか ! ベル、肉を持ってきてくれ ! 」



────


 まだ夕方にすらなっていないのに、暗い室内。


 窓の外は黒雲から雨が降り始めた。


 窓の内には黒い人影があった。


 後ろを向いた黒髪、そして修道服が黒いためにそう見えたのかもしれない。


「ベネディクタ…… ! 」


 その修道服の中味である「聖女」の名を呼び、近づこうとしたイヤンは立ち止まる。


 修道服の袖、そこから見える彼女の手から何かが滴っていたからだ。


 そしてそれはこの血を大量にぶちまけた死体が二つもある室内において警戒するべきものであった。


「ベネディクタ……何があったの ? ……負傷したの…… ? 」


 イヤンは再びゆっくりと後ろ姿の修道服に近づいていく。


「その血はあなたの ? 回復魔法は…… ? 」


 どうしてか近づくほどに修道服の輪郭が闇にぼやけていくように見えた。


「……ヒカリのメガミサマ、おこった……。わたし……恩寵なくなった……」


 後ろを向いたままのベネディクタが、まるで初舞台の子役のような棒読みで言った。


(謁見の間でベネディクタの頭から光の輪が出たのは……そういうことだったのね。でも……なんで ? それに……様子がおかしい…… ! )


「……ひかりのめがみさま、ものすごくおこってる。わたしたち……いっぱいころしたから……」


「殺した ? 何を…… ? ひょっとして魔物 ? 」


 いっぱいころした、という言葉から人間が大量に殺してきたであろうモンスターのことを思い浮かべたイヤン。


「ちがう……ゆうしゃ……」


「勇者 ? アルナルドやシリみたいな ? 」


「アルナルド…… ! アルナルド……さいごのゆうしゃ……ひかりのめがみさま……もうちから……ない……あるなるど……しんだら……わたしたち……おしまい……でもいきてても…………」


「なに ? 一体なんなの ? 」


(「最後の勇者 」 ? アルナルド以外にも「勇者」はまだまだいるのに…… ? )


 いつの間にか外は豪雨となっていた。


 ざあざと雨が窓に叩きつけられ、稲光が一瞬室内を照らす。


(…… !? 今のは…… ? )


「き……」


「き ? 」


「き……きき……ききき……キィー ! キキキィィ ! 」


 ベネディクタはしゃがみ込んだ。


 そしてボリボリと首元を片手で掻き、もう一方の手をベロベロと舐め始める。


 血の付いた手を。


 再び稲妻が一瞬だけ光をもたらす。


 その手は黒い毛に覆われていた。


(魔物化…… !? いや……ちがう……ベネディクタは「魔人」なんかじゃなかった……それにこんな魔物……見たことない……むしろ……)


「……猿 ? 」


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