38. 待望の女神降臨、STAY MODE 出ない押韻

◇◇◇

38. 待望の女神降臨、STAY MODE 出ない押韻



「ちょっと待ったあああぁぁぁぁぁぁぁああっつっっそおいいいぇぁあ!!!!」



扉を蹴飛ばして乱入してきたムジカに、尋問役の二人はさすがに驚いた。


「なッ…!? 何者!?」


「ブルタバ、人払いの符は…!?」


「ちゃんと機能してるわよ! でも何の反応も…!」


警戒用の魔法結界を張っていたため、今この場での対侵入者用準備は無かった。

二人だけではなく、当然ケイジも困惑する。


「(えええ…!? えっとあの人は確か…ムジカ…さん?)」



汚いローブを両手で翻すと、やけに露出度が高く妙に宗教的な衣装をまとった、実にけしからぬプロポーションの身体とその顔が露わになる。


相手の正体も手の内もにわかには判断できず、二人は距離を取った。


「何者だ…? 動けばこの男の命はないぞ」


当然ケイジの助太刀だと考えて、モルダウはケイジの首筋に刃を向ける。

もっとも、まだ何も聞き出せていないケイジを殺すはずも無く、これもブラフだった。


しかし、怖じることなく、おもむろに乱入者はゆらりゆらりと歩を進めて、微笑む。



「ほう… ――我が姿を目にしておきながら、名を問うか、民よ」



「脅しではないぞ、止ま――」





「我が名はムジカ ――音楽を統べる女神ぞ」




「…ッッ!?」


両手を広げるとともに、汚いローブが後方へ吹き飛ぶ。

室内が無風であるにも関わらず、美しい銀の髪が湧き上がるようにたなびく。


女神が神の威を放った瞬間だった。




「―この女神の名の下に、汝らが虜にせしその者を解放せよ」




ケイジの知っている浮浪者の姿ではない。

口調も姿勢もまるで別人。


それは見る者全てを平伏させ、崇めさせる神聖な姿だった。





―はずだった。




「…。誰…?」


「この国は女神ではなく神竜様のご加護で繁栄してきたのだが…?」



尋問役の二人は警戒の目を全く緩めない。

むしろ、より厳しくなったといってもよい。



「だから、我、女神ムジカぞ」



「だから、誰…?どこの何…?」


「…? ん、え?…え? 女神ぞ? 我、女神ぞ?」


「…。」


ケイジは、つい先日同じ反応をしたことを思い出す。

思い出して、思い出したことを後悔する。



「―肌の色、髪と目の色、明らかに異国の者だな…

 お前も仲間か?それともコイツの口を塞ぎに来たのか?」


後者なら正面から戸を破っては来るまい、と考えて回答を狭めるモルダウ。



「“仲間”と言うのであればそれは汝の想像するところのヒト種の定義する関係性に相当もしよう――、

 が、もっと言えば後見人―いや、後見女神ぞ」



やけに回りくどい言い方をする。

それが女神の流儀なのかもしれなかった。



「え? いや、よく知らないカレー屋さんだか浮浪者だかの人だけど…」


「おいケイジ!? アホが!」


ケイジは正直に答える。

それは最初からそう言っていた通りだ。



「…。“カレー屋”…? それは何だ」


カレーは本来この国の文化には存在しない。

スパイスの刺激がきつく、市民権を全く得てない上に、そもそも「カレー」という単語が存在しない。



「フフッ―それ見よ。

 うぬらは“カレー”という料理を知るまい。しかし我もケイジも知っておる。

 それこそ我らが仲間という証拠…!!」


どう証拠になるのかも、ケイジとどういう関係性を求めているのかもわからない。

が、ケイジを救い出そうという意志は真であるようだった。



「フッ…ひとつ言えるのは――


 カレーはナンにでも合うし、我は何にでも加護を与えるということぞ。


 さあ、その男を解放せよ…!」




当然、事態は悪い方にしか変わらない。



「捉えろ」


モルダウの発声とほぼ同時にブルタバが動き出していた。

ムジカに攻撃魔法の気配が無いことを見切って、脚力で瞬時に間を詰める。


「くっ…さらば!」


掴まれそうになる瞬間、ムジカはくるりときびすを返して逃げ出した。


ムジカに徒手空拳の格闘技術はない。

捕まってしまえばただの一般人と同等だし、ケイジの身元どころか自分の身元すら保証できるような根拠が無かったので、ここは逃げるべきだった。



逃げるべきだったというか、助けにならないので来ないべきだった。



「(――何しに来たんだろう、あの人…)」


実際にムジカが女神であることは本人にしかわからない。

捕まれば、間違いなく「怪しいケイジ」の「怪しい仲間」として調べられ、より疑いが深まることは間違いない。


そしてブルタバの足は速く、ムジカは遅かった。


ムジカの身体が出口を潜った瞬間、ガシッ!と音がするほどの勢いでブルタバは肩を掴む。



しかしそれはムジカの艶やかな褐色の肩ではなく、真っ白な――




ライムの肩だった。





◇◇◇

(第39話へ続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る