8. 街中 ROOM TALK、足早 MOON WALK.

◇◇◇

8. 街中 ROOM TALK、足早 MOON WALK.



食堂を飛び出す他はなかった。



これから数日(?)滞在することになる宿の食堂。

初日から出入りが気まずくなるわけにはいかない。

小市民とはこういう小市民たる所業がゆえの身分。ケイジは自分の矮小さを悔やむ。


――悪そうなミュージシャンになろう。それしかない。



結局昨晩のことは何も分からないままだった。

宿には自分の足でたどり着いたのだろうか?


この街の地理は知らないから、宿の手配をライム(の使いの人?)がしてくれたのだとすると、案内してもらったのだろうか。泥酔した状態で担ぎ込まれるなどという惨事でなかったことを祈るが、それなら屋敷の客室に寝かされている方が自然だ、とケイジは冷静に推測する。


何がどうして、ライムと二人で街の宿屋で昼過ぎに目覚める事態になったのか。

(ライムが屋敷ではなく宿屋で寝る必要がどこかにあるだろうか…?)



ケイジは最悪の可能性には触れないように意識を他に向ける。




街並みは昨日初めて見たときの印象より、明るくて清潔だった。


一見、中世ヨーロッパのようだと思っていたが、当時は外に撒き散らしていたという糞尿も、ボロをまとった浮浪者や孤児も見あたらない。

福祉や下水設備などが整った裕福な町なのかもしれないが、少なくともケイジの前世の世界とは歴史の異なる世界のようだった。



町の中央の水路が通った広場まで来ると、立派な噴水まであった。

周囲は平地だし、生活に電気が使われている様子も無いので、高度な治水技術の賜物なのだろう。


ここまで来ると、昨日の歓楽街や反対側にライムの屋敷が見えた。


つまりこのあたり一体がカッサネール家とやらの領地ということだった。

面積だけで言えば、王都全体の実に1/5を占めていた。



そしてそれは、ライムに何かあったとき(何かしたとき)にはこの街全てが敵になるということだ。

火薬庫を連れて歩いているということを、ケイジはまだ自覚できていなかった。



「試験の予選を見に行きませんか?ケイジさん!」



結局、説得の末「師匠」呼ばわりだけは勘弁してもらった。


弟子というよりマネージャーのようなポジションで、宮廷試験の間はケイジと行動を共にすることになった。

何を学び取るかはライムの自由というわけだ。


昨日ようやくMCバトル初陣を果たしたばかりのケイジには、到底他人にラップを教える自信など無かったし、魔法士官学校で学科試験主席のライムには、1の魔法を見て10の魔法を読み解く能力があった。



ラップと魔法。相互誤解を深めたまま、二人三脚の紐を結んだ状態だった。



「え、予選ってもう今日やるの…?」


「今日というか、先月から始まっていて、今月末まで続きます。

 受験者は二ヶ月間で、様々に設定された課題を自由に選んで取り組み、期間内に一定の点数を獲得すれば予選通過です。」



宮廷試験を勝ち抜くという目標で、双方の理解は違えど利害が一致しているので、そのための情報集めが当面の目的となる。

予選免除の推薦状があるとは言え、出場者を研究し対策を立てるのは当然のことだ。


「課題を選んで…期間内に…?一度ステージに立ったらそれで終わりじゃなくて?」


「ルール違反以外、減点は原則ありませんので、期間内なら複数の課題に取り組んで点数を合算できます。

 一度の試技じゃそうそう実力は測れませんから。本戦も似たような形式ですよ。」



「(―グッド!一発勝負じゃないなら、俺の場数の少なさもカバーできるぞ…!)

 課題って、決まった曲をやるとか、イベントに何人以上集めるとか、CDの売り上げ額とか、そういうこと?」


「??? ―ええと、一番多いのは対人戦闘ですね。もっとも点数の獲得効率が高いですから」


「(対人戦闘―やはりMCバトルが人気なのか…)本戦でもバトルは多いの?」


「そうですね。本戦では特にトーナメント戦も含まれますので。」


「(好都合だ! ヴァイオリンを弾けとか、オペラを歌えとかいうような全く専門外ジャンルでの戦いだったらどうしようかと思ったぜ…。)」




「まあダンジョンを攻略して特定条件をクリアするという課題なんかもありますけど、他の受験者を見学するにはちょっと―」


「“ダンジョン”!? この世界にも“ダンジョン”があるのか!?」


「えっ…!? あの、あ、はい、もちろん壁外ですが―」


急に肩を掴まれてライムは少しドギマギする。



“MCバトルダンジョン”――。

―それはMCバトルを一大エンターテインメントに昇華した、ラップ界最大にして最高の人気を誇るTV番組。

日々バトルを繰り広げる全MCたちの憧れのステージであり、遥かなる高み。

後藤啓治のラップ技術は、ほとんどこの番組の録画ビデオから得たといっても過言ではない。



「やっぱり“モンスター”とバトルして勝ち抜くの!?」


「は、はい、倒せば試験の点数以外に獲得物もあるので―」


「(賞金か…!)強い“モンスター”ほどたくさんもらえたり!?」


「で、でも本当に強いモンスターほどめったに会えませんから、未知の部分が多くて結構危険で―」


「だ、だよねー(確かに、いきなり“ダンジョン”のステージは早い。もう少しこの世界に慣れてからでなくては…。)」



ケイジはバトル経験の少なさを誤魔化すように自分に言い聞かせる。

ライムの言うモンスターが、有名ラッパーを指すのではないということをケイジが知るのは随分先の話だった。



――しかし確信は得た。


  この世界ではやはりラップに厚い支持があり、宮廷オーディションもMCバトルで勝ち抜くことができる。

  この世界で自分はラッパーとして民衆をアゲていく運命なのだ。



ラップ神はなおもケイジの頭上を飛び続けている。



「よし、予選の様子を見に行こうじゃないか!」


「はいっ!」



昨夜のことは、まあいいか、というテンションになっていた。




…まさかそれがあんなことになろうとは、ケイジも想像していなかった。



◇◇◇

(第9話へ続く)

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