23. LOCK 背負う神童、SHOCK 手取る引導
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23. LOCK 背負う神童、SHOCK 手取る引導
フロウ・カマーズニイェル・ヨドミナイトは、友達が少なかった。
下僕のような同年代は沢山いたが、対等な友達というものをこれまで持ったことがなかった。
それは本人の問題と言うより、周囲を巡る家庭環境に起因する。
通常、魔法師の家系に生まれた子女が5~6歳から通う魔法学校初等院は、日常の読み書き算盤に加え、魔法師養成学校に通うための準備訓練を行う教育機関だ。
しかしフロウはその初等院には通わず、自宅での独学だった。
幼くして高すぎる魔法能力が、他の一般生徒の教育に悪影響を与えると判断されていたためである。
そのためフロウは、幼少期において同年代の人間を知らずに育つ。
とは言え、名家たるヨドミナイト家の血縁者の多くが魔法界のエリートとして、政財界はおろか様々な教育機関にも関わっており、その嫡子たるフロウの存在は、同年代の少年少女にも知れ渡っていた。
当然、敵対意識を持つ同年代もいる。
「家柄が何だよ、どうせ温室育ちのクソガキだろ」
「どうせ権力で守られてるだけの能無しよ」
「勘違いしてるんだろうなぁ、自分自身の力と家の力をさぁ」
「いいよなぁー、たまたま良い家柄に生まれただけで、バカでもザコでもクズでも出世できて」
本当の一般庶民は、彼女に憧れるか存在を意識しないかのどちらかだ。
反感を持つのは、多少のプライドを持ちながらも家の格では彼女に劣る、半端な名家の子息たちだった。
そんな彼ら彼女らがしのぎを削る公式の魔法競技会には、フロウは出場しなかった。
圧倒的な力で、日々精進している少年少女の夢を粉砕することは国益にならないからだ。
子供心に、その真理をフロウは理解していた。
しかし、彼女への対抗心が高じた他の名家の子息から、競技会に招待されることは少なくなかった。
中世風に言えば、子供同士ではあっても決闘のようなものだった。
そういう時、フロウは必ず招待に応じ、決まって1ターンで挑戦者を下してきた。
圧殺、という言葉が相応しいくらいの蹂躙であり、同じ相手が挑んでくることは二度となかった。
敗者は隷従を余儀なくされ、反発するような身の程知らずの家は取り潰した。
――家名をいずれ背負う自分に挑もうなどという痴者には、金輪際歯向かう気が起きない程度に教育する。
それが実父から唯一教わった正義であり、フロウにとっての真だった。
10歳の頃から家の仕事、主に魔法関連の研究開発に協力するようになり、規定年齢に達した12歳の時、魔法師養成学校に入学する。
通常は15歳で卒業となるカリキュラムを13歳にして飛び級卒業し、以来は研究者として、また実践者として数多の賞や勲を欲しいままにした。
“一角竜の歴代最少人数での討伐”
“湾岸警備人員の魔装改良による強化および効率化”
“アンデッド生成地における常駐駆逐魔法の侵食軽減”
…
功績を挙げればキリが無い。
最高の家柄にして最高の才能。
これを脅かすものはこの世において考えられなかった。
「あなたは他の人間とは生物としての格が違う。世界を先に進めるための選ばれた人間なのだと自覚し、当家の誇りを持って他を従え、圧倒的な高みに君臨しなさい。上に立ち続けることが当家の血族たる証。
万が一、いえ億が一にも、他者に先を許すようなことがあれば、あなたは一族の尊厳を失います。しかと心得なさい。いいですね」
母親は、すなわち「負ければ勘当だ」と、幼い娘に祈りと戒めを言い聞かせていた。
そして15歳。
ようやく宮廷魔法師試験の受験年齢に達する。
宮廷魔法師資格など、ともすればヨドミナイト家の威光と本人の功績でいつでも得られただろう。
が、やはり他の対抗勢力に「家系の力による裏口」「世襲の悪習」などと揶揄の隙を与えないよう、実力を見せ付けて圧倒的なトップ合格を果たすために、予選から一般枠で参加した。
得点の高いバトルを立て続けにこなし、最速で予選を通過したのは先のとおり。
本戦出場を決めた、合格の有力候補とされる参加者はほとんど何らかの形で面識があり、実力のほどはわかっている。
競い合ったことの無い相手でも、実戦で勝てないと感じる者はいなかった。
「はぁ、単純作業だわ…時間のムダね」
単純作業ほど、ショートカットがなく時間がかかる。
これから数十日かけて行われる試験課程は、あまりにも長く退屈なものに思われた。
公定規則上、仕方の無いことと諦め、形式主義の役所に何枚もの同じ申請書を出すかのような手続きの煩わしさだと考えることにした。
「せめて対人の魔法戦闘試験は、無駄な対戦者が辞退するよう、初戦で私の圧倒的な力をはっきり見てもらおうかしら」
対戦予定者が恐れ戦き辞退すれば、2回戦以降は不戦勝となり、埃っぽい会場に出向く必要もなくなる。
「脅しみたいで少し下品だけど、汚い下々の空気に触れて私の心身の健康に障るよりはよっぽどいいわよね」
試験初日前夜でも、フロウの日常サイクルは全く変更なく、日暮れの夕食後には眠くなっていたが、寝室へ行く前に長身のお世話係に一つだけ指示を出した。
「ポルトス、器具庫からアレを用意しておいて」
「は、アレでございますね」
アレ。
すなわち魔宝具“
宮廷試験とはいえ、対人トーナメントごときに魔宝具を用いるなどというのは、小学生の音楽会にストラディバリウスを持ち出すようなものだった。
実戦に用いるのであれば、攻城戦を単身単日で殲滅できるほどの兵器。
それをまともに扱える者は史上に両手の指ほどもいないが、フロウは赤子のガラガラのように昔から使いこなしていた。
「私って大人気ないかしら?」
「大人気のうございますね」
「…
「無論、左様でございますね」
黒服の付き人は少しだけ目を細めた。
◇
「…私…寝てたの…?」
「半日ほどでございますね」
白く薄いカーテンから、夕暮れに近い西日が差していた。
フロウは、これまた薄い掛け布団の重みで目を覚ます。
黒服の付き人は、暇つぶしに開いていた本から目を離さない。
「そっか…なんだか変な夢を見たわ。試験の1回戦を戦う夢だった…。
別にこの事務作業になんの期待もしてないのに、夢で見るだなんて、まるで私が試験を内心気にしてるみたいじゃない、フフッ可笑しい」
「…。」
黒服の付き人は、尚も本から目を離さない。
「そっか、…ともすると私はこの際、人生で一度くらい負けてみたいのかもね。
常勝者の虚しさというか…君臨する人間としての空虚さって、あるのよ実際。どうしても勝ってしまうことに目的を見失うっていうか。
――敗北を知りたい…っていうか?」
「虚しさ、でございますね」
「…でも、そんなの所詮夢よね。もう夢と現実を混同するほど子供じゃないわ。…フフッ、いえ、私に子供時代なんてなかったかもね…世界がそれを許さなかったもの。
あーあ、いっそ負けてみようかしら。敗北から得ることは何も無いって言うけど、退屈しのぎくらいにはもしかしたらなるかしれないんじゃないかっていう、バカバカしい気分になることも、逆説的にはあっても面白いんじゃないかしら?」
「逆説的、でございますね」
「さあ、詮無き寝言は忘れて、行きましょうかポルトス、試合時間は何時からだっけ?」
「お嬢様は先ほど負けましたよ。完膚なきまでに」
立ち上がろうとしたフロウは、ベッドごとひっくり返った。
◇◇◇
(第24話へ続く)
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