24. 敗北者の浸る、背徳感の疑惑
◇◇◇
24. 敗北者の浸る、背徳感の疑惑
「はぁ!? 私が…負け…だと…!?」
ひっくり返ったベッドは、有能な付き人が2分で引き起こした。
その2分間は、その主たるお嬢様は付き人に担がれてベッドに戻るまで床に伏していた。
「…そんなわけない、宮廷付きの上級魔法師にだって引けを取らないこの私が…!」
完膚なきまでの負けだった。
何より、訓練時の指導者や目上の親族を除けば、人生初の敗北だった。
「ポルトス、バカを言ってないで、第1回戦のコートまで案内なさい!」
「ハ、お嬢様…コートまで、でございますね」
試験会場の特設医務室を後にして、試合場に向かう。
脊柱の下敷きになったとは言え、大した外傷もなく、歩くことに支障はなかった。
通路をカツカツと歩く道すがら、フロウは段々と状況を把握し始めた。
既に日は傾き、大半のコートでは試合が終わり、人がはけている。
第6ブロックのコートに着いたとき、完全に理解する。
すでに出場者も観客もいなかったが、コート脇に山のようにハズレの賭け札が散乱していた。
全てフロウの名前が記されたものだった。
コート内は試合ごとに掃除されるが、その外は全試合終了後にまとめて行われる。
他試合のハズレ札も混じっていたが、圧倒的にフロウ VS KG戦のものが多かった。
フロウはその場で膝をつき、そのまま札山の上に倒れこむ。
「お嬢様…」
すぐに起こそうとする付き人の手を突っ伏したまま振り払う少女の口には、捨てられてたハズレ札が咥えられていた。
そのまま強引に5~6枚の札を口に詰め込んで、無理やり咀嚼する。
ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ
ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ、ガシュ
ポルトスは無言でその様を見守る。
まったくその表情から感情が読み取れないあたりが、逆に彼の付き人歴の長さを思わせる。
モシャ、モシャ、モシャ、モシャ
ゴクリ
植物質とは言え硬い札を飲み込んで、フロウは伏したまま動かない。
付き人も動かない。
「――何もかもわかったわ…」
「お嬢様…」
「これはつまり――間違いなくイカ…オロロロロロロロロォヴェエ!!」
四つん這いで、今しがた飲み込んだハズレ札と、その他あれこれを吐き出した。
「お嬢様!」
背中をさすられながら、嘔吐少女は確信し、拳を握る。
「これはつまり――
ノーカン! ノーカン! ノーカン! ノーカン! ノーk…ゴホッゴホッホッホ…!!」
「お嬢様…!!」
見かねた付き人は主人の肩を支えて上体を起こす。
「ゴホッ…つまりノーカンよ…。この試合は無効。なにせ――」
付き人の肩を制し、フロウは一人で立ち上がる。
その目には、試合中にもなかった鮮やかな光が宿っていた。
「明確なイカサマが行われたんだもの…!!」
◇
フロウとケイジの試合直後、勿論審査委員から判定に物言いが入った。
ケイジの勝利方法が、審判の誰にも理解できなかったからだ。
気がつけばフロウ側の柱が倒れ、本人は下敷きになって気を失っていた。
しかし柱にも細工をされた痕跡は見当たらず、審査委員の監視魔法にも、外部からの干渉や事前に仕掛けられたような術は感知されなかった。
物言い審議の間どよめいていた観客席は、再度K.Gの勝利が告げられた際、怒号と共に史上最高枚数のハズレ札が宙を舞った。
ケイジにとっては、勝利を祝うファンファーレと花吹雪のようだった。
その時は担架の上で気絶していたフロウにも、今、その光景がありありと浮かぶ。
「イカサマ…絶対イカサマに違いないわ…ッ!!」
帰路の馬車の中で、フロウは膝を拳で叩く。
この膝は付き人のものだ。
広い馬車なので、座席中央のテーブルを叩くには立ち上がらなければならなかったからだ。
「“見破られない限りイカサマはイカサマではない”とかいう盗人猛々しい常套句があるけど、犯人やトリックが判明していなくても犯罪が犯罪であるように、所詮イカサマはイカサマ…!
そもそも、このあたしが負けるわけはないんだから、それがイカサマだという証拠だわ!!」
“証拠”というものはフロウにとって自分の主観を意味する。
「たとえ
フッ…K.Gとか言ったかしら、ドブネズミの蚤の糞の滓め…
もうお前が安心して眠れる夜は来ないわ!!」
フロウは探偵物語が好きで、探偵ごっこは今でも趣味だった。
「ごっこ」と呼ばれるのを嫌い、今でも探偵そのものを名乗って憚らない。
それを反映したと言うわけでもないが、フロウの付き人が抱える諜報舞台は密偵として実に優秀であり、主人が意図しないことも万が一に備えて事前に調べてあることが多かった。
特に、不敗の主人が敗北を喫したとあれば、試合直後から大部隊を投入して事実確認に当たっていた。
「ハッ!? ―そうか、ドーピング…? 間違いないわ…なんか“最高にドープだぜ”とか言っていたし…」
「対戦者K.Gの当日の事前診断には異常反応はなく、試合中も特に監視術網にかかった特殊事象もございませんでした」
「なにか法外な薬物で規定外の効果を得ているに違いないわ…!」
「それも実現困難ですが、仮にそうだとするとそれは違反になりません。ルール上制限されていない、未知の手法であります」
「ぐぬぬ…」
無論ケイジにドーピングなどなかったが、仮に禁止されていない薬物を用いていたところで不正にはならない。
―薬でないならば、他者・他力の介在だ。
フロウは試合直前の様子を思い出す。
ほとんど相手に意識を払っていなかったが、コート周辺の様子は記憶している。
「ケイジさん、やっぱり逃げてください!――」
セコンド位置に、明らかに仲間と思われる人間がいたのを思い出す。
外からの野次はおろかアドバイスさえ精神を乱しかねない魔法戦闘では、セコンドなど置くだけ悪影響がある。
それでもわざわざセコンド席の人間が声を掛けるならば、それは―
「ハッ!? ―そうか、あの小娘が、麻雀で言えばおヒキ…共犯者ね!?」
「いえ、コート外から魔法等による干渉は審査委員の監視魔法でも感知されませんでした…。そもそもあの試合では、お嬢様自身が効果範囲を絞る結界を使われていましたから、部外者の干渉があればお嬢様が見過ごすとは思えません。」
「そっ…それはまあ、…そうね…。でもこんな得体の知れない女、違法器具や国外の邪法を使えば網の目をすり抜けて…」
「実は―お嬢様に万一のことがあってはと、我々の方で事前に対戦相手を調べていたのですが、あの娘がK.Gと行動を共にしているのはここ数日からのことだそうで…」
「ホラ見なさい、それよ!イカサマを行うために雇ったサマ師よ!ウラを!ウラを当たりなさいすぐに!」
「既に娘の正体は割れており― カッサネール家のご令嬢に間違いありません」
「…!? …カ、カッサネール家…ですって…!?」
常識のある国民ならば知らない者はいないだろう。
国政にも有力な地位を誇るフロウの家でも、さすがに本物の大貴族はおいそれと相手にできるものではなかった。
「K.Gは貴族推薦を受けて予選を免除されていたようですから、手配はおそらく彼女によるものでしょう」
付き人が投影石水晶を取り出すと、立体映像のようにライムの胸像が映し出される。
「うっ…」
映像でも優雅にたなびく美しい金髪、大きく強い光を放つ碧い瞳、高貴さを隠せない目鼻立ち。
皇族にも面会経験のあるフロウでも、一瞬ひるんでしまう。
視線が、別にどうとは言うこともなく、自然と下へ落ちる。
「これで…17歳…?」
少し止まった後さらにどんどん落ちていって、胸像を離れ、自身の胸元で止まる。
再度胸像に視線を戻したところで、フロウは理不尽な怒りを覚えた。
「万死に値するわ」
あらゆる敵意を鼻で笑って吹き飛ばしてきたフロウは、おそらく初めて殺意を抱いた。
間違いなく初めてのことだった。
「それに彼らはこの数日、カッサネール邸ではなく、わざわざ領内の一般宿屋を拠点にしているようです」
「宿屋…?まさか…」
フロウの瞳孔は最大限に開ききる。
「ダブル(二人部屋)です」
「…。…結婚もしていない若い男女が二人同衾…だと…!?
不潔! 不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔ッッおああああああああぁぁぁぁぁぁああああぅおっお!!」
両手で肩をさすりながら、フロウはしゃがみ込む。
この国では15ないし16歳で成人の儀を挙げる場合が多く、17歳なら異性交遊があっても咎められる社会ではなかったが、身分のある大人に囲まれて育ったフロウは古風な考えだった。
しかしその分耳年増で、人一倍男女の恋愛関係に憧れていた。
魔法学書にまぎれさせて恋愛物語も読み漁った。
家柄からして許婚の話もあったからこそ、少女らしく中二らしく(15だが)、物語に聞くような背徳的な自由恋愛を熱望していた。
「おのれ…ライムライト・ジョーズニー・カッサネール…」
フロウは負けた。
魔法戦で負け、家柄で負け、美少女度で負け、リア充度でも負けた。
実際には魔法戦はライム自身に負けたわけではないが、貴族推薦枠の件からすると、K.Gがライムの用意した男であることは明白だった。
「―いいや、負けてない…!あたしは負けてない!
なにせ勝負自体が
試合はとっくに終わっていた。
結果的に言えば、再審議も再試合もなかった。
「絶対に何かある…! 絶対に…白日の下に晒してくれるわ…!!」
そしてフロウはケイジのストーカーになった。
◇◇◇
(第25話に続く)
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