16. WACKS 崩れゆく城塞、LUCKS いずれ来る ALL RIGHT.

◇◇◇

16. WACKS 崩れゆく城塞、LUCKS いずれ来る ALL RIGHT.



(元)忍者少女は、細身の女刺客に担がれたまま、街道沿いの林道を高速移動していた。

児童とはいえ人を担いだまま、人類の限界速度で足場の悪い林間を駆け抜けるあたりは、さすがにこの任務を負うWACKSの構成員だった。


「へえ、悲鳴の一つも上げずにお利口じゃないか、お嬢ちゃん」

「やあ、キミの歩法は上半身のブレが大きくてねえ、酔っちゃうよ」


別に気絶させられたわけでもなく、(元)忍者少女は担がれるままになっている。

相手の様子を見るためでもあり、自分の正体が悟られないためでもあった。


「攫う役と残る役が逆だったんじゃないのかな?」


「逆だったらー、最悪私の方があの坊やに人質に取られるかもしれないでしょー?」


WACKSは構成員が人質に取られた場合、切り捨てる以外の選択肢は持たない組織だ。

女刺客のこの発言は、保身のための方便を作戦に主張した結果のものだった。


「じゃあ――ボクの方があのお兄ちゃんよりも安全だと思ったんだ?」


「アハハー?

 うちの上司のねー、“シャム影”って言うんだけどー、

 それを一方的に負かした相手なんて、やばくって手を出せないわよー」


「…だから負けてないんだけどなぁ」


「お嬢ちゃんにはー、まあそんなに危害を加えるつもりは無いわー?」

 

ケイジたちと距離ができて少し安心したのか、女は少し速度を緩める。

それでもインターハイの全国記録くらいのスピードは出ていた。

「そんなに」とは、そこそこは危害を加えるつもりなのか。



「はぁ、組織とはいえ末端には詳細情報は伝わってないみたいだねえ」



(元)忍者少女は残念そうな声を漏らしながら、担がれたまま顔を上げる。

ただ、慣れたものだったので、言うほど落胆してはいなかった。



「ターゲットの少年少女の風貌も―」


「なぁにー?命乞いする気になったー?」



「やぁ、自分の組織の上官の姿も、ね」



瞬間、細身の女の肩から少女の重みが忽然と消える。


比喩ではなく、完全に消える。

細身の女には何が起こったか全く理解できない。



「もう一度訊くけど、“お嬢ちゃん”?

 あのお兄ちゃんより―」


瞬きをするほどの間に、凄まじい威圧感が細身の女を包み込む。

林の中で、女は抗いようが無く膝をつく。



「ボクの方が安全だと思ったんだ?」



林の木々に映っていた女の影が、別の影で覆いつくされた。






結果的に言えば、ケイジが案内された場所に、忍術少女とその拉致人員は終始現れなかった。



ケイジはその場で熱い勢いに任せて3人のバトルを受け、その全員を倒した。

完全に勢いで、よもや自分がこの世界の主人公なのではないかとすら思った。


3人のうち2人は捕縛したが、3人目はその場で服毒死した。


その3人目こそが件の「神田HAL」であり、実際には組織の情報をさして知らなかったが、敵の魔法・呪法による精神操作を危惧しての決断だった。

神田クラスの使い手が命を賭けるほどの意味がこの組織にあったかというと、それは本人にしかわからなかった。


いっそ純粋な武力で攻めてくれば、ただの少年であるケイジに抗う術は無かったが、各員几帳面に一人ずつ魔法戦闘を挑んできた。

それは魔法師としての気概なのかもしれなかった。


魔法戦は精神を削り合う戦い。

魔法師を魔法戦以外で制圧しても意味が無い。



魔法師はそれを知っていた。



ケイジは知らなかった。



「―あの3人目…昨日の自由人(?)より強くなかったか…?

 ヤバいライムがポンポン飛び出してたぜ…」


MCバトルで負けたくらいで死を選ぶ神経はケイジには理解できなかったが、命を賭けていたというその覚悟自体には敬服を覚えた。

ステージで死ねば、ステージの下で生きることに意味は無い。

それを体現している敵に対して、ケイジは何も含むところは無かった。


自分は果たして、命を賭けたバースを放てていただろうか。

自分のフロウは、相手の命を受け止めるだけのキャパシティがあっただろうか。



――あいつらの命を背負って、俺は先に進む…!



あまりよく知らない相手の命は軽かった。

つまり言葉として軽かった。

何人死のうが捕まろうが、他人であるケイジの知ったことではない。



そのまま、ケイジは愚か者に挑まれたバトルを全て下していく。



実質的にケイジは、予選突破に必要な勝ちポイントをこの数日の野戦で稼ぎきっていた。


推薦状とはなんだったのか。






「壊滅…?魔眼蛇王ノ牙バジリスクが壊滅ですと…!?

 それが本当なら…もはや我々は…!」


暗い部屋の蝋燭の火が大きく揺れる。

灯ごと消え入るほどの強い動揺がその場に走った。


「予選に潜入していた兵も全滅です…」

「バカな…。3ヶ月を費やした作戦が… おのれ…!!」


立ったままの人影は、立ち尽くす。

跪いている人影は、やはり顔を上げることは許されていなかった。


「やはりあれは…イ…“インドラの天火”…」

「黙れ!」


直立の人影が珍しく声を荒げる。


「世迷言を述べるな…そんな伝説は子供騙しの昔話に過ぎません…」


「し…しかし…あれではあまりにも―」

「遅きに失した――様ですね」


握った拳は床に向けられたまま、行き場を失っていた。

解決のしようが無いことは当人も察していた。


「まずは、閣下にすぐお取次ぎを――」

「閣下は…本部から召集がかかりました…。今日の結果を追求されれば…もうここには―」

「そんな…一体どうすれば――!」


「私は身を隠します。あなたも身の振りをお考えなさい」

「…それしか…ないのですか…」

「残された我々には他にありません―」


その日以降、暗い部屋に二度と燭台の灯りがともることはなかった。



◇◇◇

(第17話に続く)

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