43. 盛大なフリのSOS、正解さぐりも決を打てず

◇◇◇

43. 盛大なフリのSOS、正解さぐりも決を打てず



この世界にはスラングを書いたTシャツというものも、パーカーというものも無い。


薄手の肌着と、フード付きのローブを上手く着こなせば、なんとかラッパーっぽくなるんじゃないだろうか、とケイジは脳内でコーディネート案を巡らせていた。


ただ、派手な金ピカのネックレスには心当たりがあった。

先日、忍者少女と出合ったあのファンシーショップ。


そこには確かに“ブリンブリン”が売られていた。


ブリンブリンは、ラッパーが好むやたら大きくて派手な金ピカのネックレスで、派手という以外に特に意味は無い。

無いが、悪そうなラッパーになるためには必須のアイテムだ。


ケイジは何を差し置いてもこれを手に入れるべきだと確信していた。



(――明日朝一で、あの店に行こう…)


今夜はライムも実家に戻っていて、圧倒的に自由だ。

ライムがいる夜はなぜか必ずいつ寝たか記憶が曖昧になるし、朝も寝坊する。


その分スッキリしているというせいで、あまり問題視していなかったが、この夜は妙に眠れなかった。

悪いラッパーっぽいアイテムを買いに行くために興奮しているのだろうか、とケイジは毛布を頭から被った。




ライムが宿にやってきたのは、眠れないまま朝になった頃だった。



「実はケイジさんにお客人がいらっしゃっています。明け方私のお屋敷を訪ねていらして」


「それじゃ俺のお客じゃないんじゃない…?知り合いとかいないし」



「邪魔をいたす、K.G…」



ライムに案内されて部屋に現れたのは、フロウの従者でポルトスと呼ばれていた中年だった。


否、白髪頭に口ひげのせいで年を取って見えるが、実はまだ青年と言える年齢だ。

ただ、横にフロウはおらず、付き人風の格好でもなく、軍服のような潜伏兵のような姿だった。



「昨晩―当家のフロウお嬢様が…誘拐された」


「…えっ? え、誘拐…?」



非常に唐突な話だった。


もちろん、名家のお嬢様で政治関係の家柄の子供だから、そういうこともあるのかもしれない。

ただ、その話をケイジにわざわざしに来たのが実に唐突だった。



ポルトスは、アラミスと並んでフロウの従者の中でも3本の指に入る、腕利きだった。


つまりそれは、ヨドミナイト家の総力が一晩かけて、フロウを奪還できていないということを意味していた。



「犯人はお嬢様を人質として、ヨドミナイトの息のかかった国軍を宮廷試験会場から撤退させろと要求してきた。

 試験関係者の中に何人もスパイ工作員がいたようだ。


 ――つまり奴らは試験会場で騒動を起こすつもりだ」



これはモルダウからも示唆されていたことだった。


この従者たちは、昨日から一日でかなりの情報を掴んでいた。

ただし企みの内容自体がわからないため、混乱やパニック、経済的・政治的影響を恐れ、現時点で中止にするというわけにも行かない。



「フロウさんの安否はわかっているのですか?」


いまいち状況を呑み込めないケイジの代わりに、ライムが事情を尋ねる。



「王宮内に連れ去られ監禁されているということまでは判明しているが、当然手は出せない」


「王宮内、ですか…?まさかそれでは―」


「宮廷の国臣にも内通者がいる…クーデター級の企てに発展するかもしれぬ」



実際、過去には他国の手引きで大臣レベルの人間がクーデターを起こしたことは何度かある。

王家の血筋は続いているものの、民主制であり宰相や大臣らが実権を握ることのほうが多かった。


そしてそれはライムからも聞いていたとおり、宮廷魔法師試験という一大イベントに乗じて起こされた。



「宮廷試験関係だとすると、俺には何か要求が?

 …試合で八百長しろとか? 公に賭博やってるし…」


ケイジにしては妙に察しが良かった。

というのも特にそれ以外にできそうなことが無いからだ。


実際、ここまでの活躍でケイジの試合ではかなりの金額が動いている。


が――


「いや、そんなことはしなくてよい」



「…? じゃあ、何を…?

 会場でのテロを止めろとか?」


昨日、国軍捜査官と協力関係にはなったものの、警察でも特殊工作員でもないケイジに何かできるだろうか。

爆発物や不審人物を発見することくらいならできるかもしれない。



「いや、別に何もしなくてよい」


「…はあ?」



相手の意図が全く汲み取れない。

先に少し話を聞いていたはずのライムにもピンと来ていなかった。


「…でも国軍が出動できないのでしょう?

 一人でも会場内に味方がいた方が…」


「左様、だから当家の私兵と覆面捜査の可能な者だけが動いている」


話が堂々巡りになってきている。



「…。だったら結局何のために、こんな朝から俺に会いに…?」


「よいか、これだけは言っておくぞ…K.G」


ポルトスはやたらタメを作って勿体つける。

長身痩躯のため、偉そうに見下ろすような姿勢だったが、少し姿勢を正した。




「絶対にお嬢様を助けに行ったりするんじゃないぞ…! 絶対だぞ!!」




「ええええ…?」



想像の斜め上をいく言葉だった。

一瞬ケイジの思考が止まる。


この従者たちの邪魔になるとか、二次被害を防ぐためとかで手出しするなということだろうか。

ならば別にそもそもこの話をしに来なければよかったのではなかろうか。


好きでもない異性に、告白しても無いのにフラれたような、不透明な話だ。



「…まあ、王宮ってもきっとすげえ広いんだろうし、行っても一般人がそう入れないんだろうし…」


「第3東宮の回廊の、日中は一般開放された三重塔に囚われていると思われるが、絶対に行くでないぞ!」


「そ、そうなんだ…まあ、あんたらの邪魔になっても悪いしね…」


「身内の者が行けばお嬢様に危害が加えられるかもしれぬ。

 一般人で試験参加者でお嬢様の顔見知りで、大貴族家の後ろ盾も使えるというお前でも、絶対に行くなよ」


「わかった、わかったよ…」




「絶対にだぞ!」



くどいほどに強調した挙句、ライムに向き直って頭を下げる。


「ご案内のほど、誠にありがとうございました、カッサネール殿。では私はこれで」


そのまま白髪の従者は踵を返して部屋を出て行ってしまった。




―つまり、K.Gにお嬢様を助けてほしいのだろう。




そもそもケイジは無関係の一般人だし、主人の高飛車さを考えれば、「頼む」と言うわけにはいかなかったようだ。

その意味では、主人の性格をよく踏まえた、忠誠心の高い従者と言えた。


「なあ、覚えてる? あのおっさん、初めて賭場で会った時さあ、

 俺たちに触れたからってショール捨ててくフロウに、全く躊躇せず新しいのを出してたんだぜ」


「そうでしたねぇ」


「そんな奴が俺に頼みに来た…自分の主人が負けた相手に、だ」 



正確には「頼み」はしなかったが、それでもあの従者には苦汁の決断だっただろう。



「なんとなくわかる… 

 多分あいつには― フロウには友達がいないのさ。


 ――だからマイメンの俺が助けに行く」



「ケイジさん…」



一度いいバトルを交わしたMC同士はもう仲間マイメンだ。


WACKSが相手の時は感じなかった感覚が、フロウやBENNY天狗たちの時にはあった。

ならば、助けに行くのに何の問題もない。



「…でも試合はどうするんですか?

 今日は第6コートの準決勝…不戦敗になればトーナメントには戻れませんよ。

 なんでしたら先に我が家の私兵団を使って―」


「心残りがあるままでのバトルってのは最低だよ。勝っても負けてもね。

 それは後々も引っ張ってどんどん自滅していく。」


メンタルスポーツは一般的にどれもそうだ。


ただ、悪そうなラッパーは悪そうなことは大体やっても、仲間を見捨てることだけは決してない。



「マイメンを見捨てるような奴のバースなんかじゃ、ステージに上がれても観客はアゲられないぜ」



「―やっぱり、こんな場面でもあなたはそうおっしゃるのですね。

 すぐに馬車を用意します、お待ちを!」


二人は同時に立ち上がった。

まだいつもの食堂で朝食を食べていなかったが、もうそのつもりは無かった。



「それと― 馬車の中でお話しせねばならないことがあります…!」



部屋の出口で振り返ったライムの表情は、少し思いつめたかのようだった。




◇◇◇

(第44話へ続く)

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