46. 手を挙げるテロリスト、読み当てるSET LIST.
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46. 手を挙げるテロリスト、読み当てるSET LIST.
ケイジたちの馬車が飛ぶが如く王宮を目指している頃、宮廷試験会場では、モルダウたちが軍の機関室の前で一人の男を追い込んでいた。
「午前中の最も準備に追われるはずの時間に、一人でこんな所に入ったのが間違いだったな」
通信魔法の痕跡から、二人の男に別々に目をつけていたが、いよいよ同時に動こうとした出ばなを押さえたのだった。
国軍用の施設とは言え、試験期間中は兵士、試験官、試験委員会がバックヤードに入り乱れるので、いくらセキュリティが強化されていても侵入騒動は防ぎきれない。
特殊捜査官の二人は、逆にそこを狙っていた。
「お前は確か、委員会から出向している試験監督官だったはずだな…?
仲間のもう一人との合流地点がここか」
モルダウは男に、壁へ向かって手を付かせる。
この国には火薬より先に火炎の魔法があったため、火薬の炸裂で弾丸を飛ばすような武器はほとんどない。
その代わりに魔法石に込めた魔法の威力で鉛玉を飛ばす器具があり、特に大きい物は「魔砲」と呼ばれていた。
それの懐サイズのものを、モルダウは相手の背に突きつけている。
専門の魔法師でなくとも、相手の身体を貫ける代物だった。
「…へっ、この国じゃ通信機は二人で使う規則だっていうからよぉ」
「そんな規則は無い。
それは侵入者を炙り出すためによく使われる虚偽だ」
「!? …チッ、あのメスガキめ…!」
この男は昨日フロウに出くわした
「委員会からの出向者ってことは、元を辿れば民間のスポンサー企業がすぐわかるわ。
トラックで運ばれる肉牛のように観念することね」
モルダウが筒を突きつけたまま、ブルタバが横から男の腕を背中に回させ、軍仕様ロープで拘束する。
繊維に魔法が織り込まれ、その状態で魔法や魔法器具を使えないようになっているものだ。
「ハッ、はっきり言って今俺を捕まえたくらいじゃ何の意味も無いぜ…。
この宮廷試験に関しては、かなりの人数がとっくに入り込んで工作を終えてんだよ!」
縛られている割に2CEANには余裕がある。
「そんなことができるならお前より先にとっくに捕まえている。
逆に検知記録を出し抜ける者がそれほどいると言うなら、お前は仲間に消されているだろうよ」
モルダウとブルタバのコンビが本気で捜査する限り、それは大げさでもハッタリでもない。
―しかし、今回はそうは行かなかった。
「…大人数による“連鎖魔法”さ。
いくつもの小さな術式が多数の手で設置されて、それが連鎖することで一つの大魔法が生成される。
その準備がもう終わってるって言ってるんだぜぇ…!」
「でたらめで撹乱を狙っても無駄だ。
大人数の術者が悪意を持って魔法を設置すれば、それがどんなに微細だろうと我々の警戒網にかかる。
無論、会場入り口の一般検査でも必ず破壊や騒乱の意志を弾く術を通ることになっている。」
「―それは全員が実際にテロリストだったら、の話だろ?…クク」
「…!? まさか―
「複数人の術式が全部繋がって一つになる魔法は、全容が見えにくい。
一つ一つの魔法がどんな意味を持つかは、パッと見て各自じゃわからねえからなぁ」
小学生が校庭で一人ひとり色画用紙を持ち、屋上から写真を撮ると一つの絵や文章になるという記念撮影が、ケイジの前世にはあった。
それがもし非常に卑猥な絵や文だったとしても、写真ができるまで撮影されている本人たちにはわからないだろう。
「だからその中のほとんどの奴は、テロの片棒を担いでいるとは知らずにここへ術式を持ち込んじまってるんだろうぜ。
おっと、自白の魔法も無駄だ、俺だって全容なんざ知らないからな」
「――それはうちの相棒が“診”て決める。
術者本人が理解していない魔法でも、魔素の残渣からお前が想像できないレベルで解析できるからな。」
高圧的な姿勢を崩さないままだが、モルダウの内心は少し揺らいでいる。
手の合図でブルタバが前に一歩出て、捕縛者の後ろで組まれた掌を乱暴に掴み上げると、自分の眼鏡を少しずらした。
「これは――たしかに設置型の魔法陣の痕跡ね…。
おそらくこの魔法自体の内容は“阻害”…壁を作って、人も魔法も通さなくする結界のようなモノだわ。
それにしても連鎖する数が尋常じゃない…発動するなら一個小隊の軍事魔法並みよ。
多分会場をまるごと包み込める規模ってとこかしら」
かなりショッキングな内容を淡々と読み取る。
これは術者の心が乱れると解析の精度が落ちることに対する、修練の結果だ。
「試験会場を封鎖する…いや、会場の全員まとめて巨大な監獄にしようというのか…?」
「それにこの魔法陣は、魔法陣というより召喚陣とか、錬金術の錬成陣のように内側に作用する力を持っているわね。
この国の術じゃないものも混じってるし、…解除はかなり厄介よ」
モルダウは珍しく当惑する。
「(そんな魔法をどうやって無意識に大勢の人間に持ち込ませたんだ…?
一般客ですら所持品検査があるし、チラシなんかの配布物は禁止されている…。
それに威力だって、無意識の術師が集まるだけで、どうやってそんな威力を…?
意識的な“情念”が働かなければ、いくら大量でもそんな規模の魔法になるわけが…)」
どう考えても不自然な条件の過積載だった。
―しかし、この国の誇る優秀な捜査官となるべき彼女にとって、解けない謎というものは謎ではなく、ただの誤解か、不要物だ。
「はっ…!? ある、あるぞ――それを可能にするものが…!!」
「…まさかそんなモノ、―モルダウ、あなた疲れてるのよ…」
イキる2SEANをほったらかしで、ブルタバは相棒の肩を抱く。
都合の良すぎるそんな魔法術式が可能ならば、国防の根底が変わってしまう。
モルダウは確信から来る動揺と疑念、そして怒りで打ち震えた。
「大勢の人間がそれと知らずに情念を込めて用意し、荷物検査もパスして外部から持ち込むことができ、そして悪意と共に会場に置いていくアイテム…」
「…ちょっとまさか、冗談言わないで…!?」
ブルタバにも真相が見えてくる。
その前提で分析すれば、全く違う結果が出てしまうだろう事に焦っている。
「公認賭博の
「…!?」
「…!なーるほど…ッハ」
実際、何が連鎖魔法の媒体となっているかは、2SEAN自身も知らないことだった。
“主導している者”からは、自白させる魔法を警戒して、ここに至る手順しか知らされていなかった。
宮廷試験に関する公認賭博は、管轄が試験委員会ではないため、会場内では賭けることも換金することもできない。
賭け札は民間で作られるが、アタリ札はキチンと国によって法的拘束力を持つ。
希望の念を持って個人が買い求めて持ち寄り、落胆と悪意を込めて会場に捨てていく。
事前に細工をした賭け札を賭場で配ることは全く難しくない。
増して委員会への民間スポンサーなら、賭場からの制作受注もありえるだろう。
「…ッ!
本人が無意識なんじゃ、全体の術が発動するまでほとんど検知されるほどの魔素も魔力も発しないわけだわ…なんてことなの!?」
例えるなら、知らないうちに爆弾つきの飲み物を買って野球場で一斉に放置されたようなものだ。
それも、起動命令があるまで通電することさえ無く、不審物感知されない。
相応の時間と手順をかけて、周到に用意されたテロ攻撃だった。
「すぐに応援を集めて、会場内のゴミ箱や散らばった賭け札を回収しなくちゃ――」
考えがまとまらないモルダウより一瞬先に、ブルタバが警備本部へ連絡に走ろうとした、そのとき―
――ジリリリリリリリリリリリリリリリ…!!
<召喚術試験のモンスターを一時保管していた檻が何者かに破壊され、モンスターが場内に流出した!
衛兵、警備各位、対処に向かわれたし!>
緊急事態のみに使われる、けたたましいほどの場内警報とアナウンスが鳴り響いた。
◇◇◇
(第47話へ続く)
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