第5章 BEAT

47. HOLY SHIT, つながるテロ視野、SORRY BIT, くたばる瀬戸際

47. HOLY SHIT, つながるテロ視野、SORRY BIT, くたばる瀬戸際



「オイ、あっち…なんで召喚獣が檻の外に出てるんだ!?」


「なにバカ言ってんだよ…あれ、ホントだ」


「あぶねーな、マンティコアじゃん、早く檻に戻せよな」


「オイ! こっちもなんか脱走してるぞ!」


「おおおい!! 向こうでミノタウロスが檻から出ちまったんだ!こっち来るぞ!」


「試験監督何やってんだよ!ちょ、ヤベエんじゃねえのこれ…!?」


観衆が徐々に異常事態であることを察知し始め、にわかにザワつき始める。

それはすぐにパニックへと変わった。



宮廷試験第3会場の第1~8コートでは、この日も朝からモンスターの召喚術と使役術の試験が行われていた。


召喚術士は魔法師の一分類ではあるが、技術体系としてはかなり専門的で、本試験からは他の魔法師採用枠とは異なる試験内容となっている。

研究・実用目的共に利用価値が高く、術師の地位も高くなるので人気がある。


おのずと試験には、本戦であっても未熟な術者が多く集まってくる。

そのため召喚できても、使役や送還ができないということは多々あった。


しかし試験は、コートの檻(実際には魔法陣を敷いたボクシングリングのような設備)の中で、


召喚 → 

一定時間使役 → 

一定時間制止 → 

送還


という手順を行う。


檻は結界のような拘束力のあるもので、巨大な召喚獣や飛べるものでも逃げることはできないし、万一の際に対応する試験監督の術士が2人付いている。



先日のコカトリスの際は、試験後に送還失敗した召喚獣の保管場所での事故だったが、本会場で脱走事故が、それも連続して起こるなどということは前代未聞だった。



「おかしい、送還の術式が弾かれるぞ…!?」


「受験者の組んだ陣が何かの干渉を受けているみたいだ!

 別の陣を新たに組み直すしか…」


「そんなのどんだけ時間かかるんだよ!?

 檻の術式も機能してないし、次々と出てきてるぞ…!!」


「絶対に会場から出すな!! 衛兵は一般客を逃がせ!」



試験監督はいずれも卓越した術士だが、通常の手順が通じず動揺が走る。



召喚した当人の術式も、檻の魔法陣も同時に効かないなどという事態などまず想定されていない。


明らかに捻じ曲げられている・・・・・・・・・



事故ではなく、何者かの故意によるものだ、と監督員たちは確信する。



召喚術士は大抵、一般的な攻撃魔法を得意としていない。

格闘能力は個人によるが、召喚獣と戦えるほどの者は少数だ。


被害を防ぐには、結界系の魔法でひとまず閉じ込めるしかない。



「隣の会場の魔法師と衛兵に伝令!増援を頼め!」


「監督長、防壁を全部閉めましょう!」


「ダメだ、それでは一般客が逃げられなくなる!

 それより監督官を集めて、連鎖魔法で会場全体に結界を張るんだ!」


それは戦時に防御として用いるような大魔法だ。

試験監督官はほとんどが宮廷魔法師(召喚術士)であり、その経験がある者も多い。



「…!? 

 その規模の魔法となると相応の時間が…今手を離せる人員も少ないですし…

 えっ、な、…まさか監督長、ご自身の命を…!?」


「こんな事態を想定できなかった私の責任だ…!

 もしこれが一般や場外にまで被害が出ようものなら、私の命では支払いきれん。

 やるしかないのだ、判ってくれ…!!」


「監督長…!!

 くっ…承知いたしました!


 伝達班! 伝達班!! こちらは総司令部―」



本部席の脇を駆け下り、試合場から監督官が拡声器で伝令を送ろうとした瞬間、背後に大きな威圧感を感じる。

思わず振り向くと―



そこには4mを超える巨体のミノタウロスが、歯を剥いて立っていた。



「うわあああああッッッ!!」



場内の混乱で、全く接近を感じられなかった。


この巨大召喚獣に殺意があったかはわからないが、この監督官は死を覚悟した。

この大きさのミノタウロスを倒すには、宮廷魔法師でも3~4人必要だった。



―しかし、彼の悲鳴がまだ続いているうちに、そのミノタウロスの首が目の前でゴトンと音を立てて床に落ちた。

獣自身、首が胴を離れたことを理解していない目だった。


監督官が全く事情を呑み込めないまま、首の落ちてきた方を見上げると―。




「しょうがないにゃあ、ボクが時間を稼いであげるよお」



いわゆるゴスロリ服に身を包んだ一般客らしい少女が、返り血の付いた掌サイズのナイフを持って、ミノタウロスの首の無い胴体の肩に立っていた。





モルダウたちは現状を確認しようと第3会場へ走る。


ゴミ箱や試合会場に散った賭け札を、術の発動までには回収・処分できないと判断し、警備本部へ通達して自分たちは現状分析へ向かうことにした。



捕えた工作員・2SEANは、捕縛ロープで縛ったまま連行している。

当然、当人は同行を拒んだが、ブルタバの腕力は彼を引きずりながら走っても全く速度が落ちないレベルの代物だった。



「バリアで閉ざした会場内でモンスターを暴れさせるってこと…?

 どうするの、モルダウ?

 連鎖魔法が発動するまでに一般人を逃がして、援軍を呼び入れて、それから―」



「…待てブルタバ、そうじゃない!」


走りながら、モルダウは推理をまとめる。


ここまでで判明した内容に、どうにも腑に落ちない部分があったが、それが段々とハッキリしてきた。


否、判然とする。




「この会場の仕掛けが、お前の診たとおり破壊目的でなく、閉じ・・込める・・・目的・・なら―


 これだけ手の込んだ仕掛けがそれだけの目的だというのなら、



 ここは“オトリ”だ…!」




二人の走る速度が落ちる。



「ただでさえ衛兵や国軍・国中の魔法師が集中しているここに、召喚獣を解き放って、さらに守備陣営を集めさせる。


 その上で会場をそのまま封鎖してしまえば、国防の視線は必ずここに向く。

 多少の犠牲は出ても、召喚獣が暴れるくらいならある程度で鎮圧できるだろう。


 それが最初からの周到な計画ならば、


 本当に狙う場所は――」




「…まさか!?」




「防衛が最も薄くなった状態の、王宮・・だ…!」




冷静を誇る2人の捜査官が、いつになく動悸を大きくし、瞳孔を小さくする。


ただの推測だが、最悪の想定としては十分に動くべき理由にあたる推測だった。


「ヒャッハハハ!! 今さらわかってももう遅いぜ!

 正午にゃあ王宮は廃墟だ、ヒャハッハ…アッ…アッアッアッ―!!」


引きずられている分際の2SEANは尚も粋がるが、二人の走る速度が再度上がる分、頭蓋骨への衝撃が倍増する。



「正午」までという言葉が真ならば、もう間が無い。



王宮をどのように攻撃するつもりなのかはまだ不明だ。

そして引きずっている捕虜もそれは知らない。



「試合会場への宮廷魔法師の大量派遣で警備が薄くなっているとは言え、常駐軍は残っている。

 ただテロリスト集団が襲撃するとかいうレベルではどうにもならないはずだ。



 つまりそれを上回る、“厄災のような何か”が確実に控えているッッ…!!」



走る速度を落とさないまま、第1会場を駆け抜け試験委員会本部のドアを蹴破る。

にわかに室内の全員の視線がモルダウに向けられた。


「今すぐ宮廷魔法師たちを脱出させて王宮に送るんだッッッ――!!」



状況の説明をする時間が惜しまれた。




会場の魔法バリアが発動する。




◇◇◇

(第48話へ続く)

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