45. 馬車に揺られて、話フカせて(K.G REMIX)
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45. 馬車に揺られて、話フカせて(K.G REMIX)
「えええーと…やっぱり俺がなんかやらかして、それが大事故になるってこと?」
「いいえ、そうではなくて、大事件をケイジさんが解決するということだと思います」
早馬と言うものは乗馬状態に限って言うのであり、馬車でそれを為すということはまず無い。
そのためには、相応の剛脚名馬と、どんな滅茶苦茶な車内の振動にも耐えられる乗客が必要となる。
それを朝一の伝令で可能にするのがライムだった。
そのライムの難しい「大事な話」が、彼女の本気かつ本心だとはケイジにも伝わるが、それだけにやはり意味は伝わらない。
「なんで…俺が…?
別に特殊レンジャー隊員でも名医でも名探偵でもスーパースパイでもないよ?」
「スーパースパイ…? って何ですか?」
「何でもない。ほら、俺ってただの悪そうなラッパー(になりたい人)じゃん?
事件は起こせても解決できるとは思えないんだけど…」
「悪そうな… そう、それが鍵なんだとようやく気付きました。」
ライムの言葉のトーンが低くなったことに、ケイジも少し身構える。
発車の時に手渡された朝食のパンは、まだ口へと持ち上げるタイミングが無い。
「これまであまりに荒唐無稽で、訊けずにいましたが―
…ケイジさんの魔法属性は、“光”ではなく“雷”ですね…?」
「(属性…? 好きな音楽ジャンルとかアーティストのことか…?)
確かに
「やっぱり…そうでしたか」
ケイジの言う「雷」は、前世で有名だったHIP HOPユニットの名前だ。
好きだった音楽や漫画といった文化は遠い記憶にあった。
「古代魔法ですからね…そして“雷”の属性は元を正せば…伝説の“悪”の魔法に属する禁忌の術。
私も詳しく調べるまで知りませんでした。
これは本来、人間には扱いきれないとされた大きすぎる魔法…」
「(“悪”…!? そりゃそうだろう、悪いラッパーの礎を築いたみたいなトコあるから…。
大きすぎるMCだよな、俺みたいな駆け出し雑魚からすると)」
魔法とHIP HOPの話が錯綜したまま、ライムの話は続く。
「そしてケイジさんの大きな力がどこからくるのか、これがずっとわかりませんでした…。
なにしろ精霊などから魔素を集める“
―と思っていましたが、そうではなく、…
つまり相手の――いえ、世界の“悪”の感情を吸い取って丸ごと返してしまう…というのが、“悪”属性の魔法の仕組み、なのですよね?
だから相手の悪感情が大きいほど、それが全部自分に降りかかる。そのうえ―」
「ちょっとなに言ってるかわからない」
ライムはオタク特有の早口解説になっていた。
ケイジには、転生時にサボり女神から適当に与えられたスキル「ダジャレをすぐ思いつく」と「どんなに悪口を言われてもいい意味に解釈できる」というものがある。(第29話参照)
他のファンタジー世界ならばハズレもハズレの糞スキルなのだが、ことMCバトルには重要な能力だった。
この場合、後者のスキルが大きく関係している。
大きな呪文の力で相手を倒そうとするほど、相手に強い「悪」感情(ラップで言うDIS)を向けることになる。
それを自分に取り込み、自分の力(更なるDIS)にして返すということを、後者のスキルが可能にしている。
「悪」感情とは、敵対心だけでなく恐怖や悲しみなど「マイナスの感情」全てを含んでおり、たとえば水の魔法が周囲の大気から水の魔素を吸収するように、“悪”の魔法は相手や周囲からその悪感情を吸収する。
つまり“悪”の魔法、そしてそれを流祖とする“雷”の魔法は、他所からエネルギーを集めて相手にぶつけるのではなく、相手のエネルギーをその場で爆発させているようなものだ。
そして通常4節から成る呪文詠唱のうち、ケイジのラップは全ての文字が相手へのディスと自分の誇張でできているため、魔素を魔力化し、魔法化する効率が極めて高い。
だからとにかく発動が早いし、先攻でも強い。
―という仕組みを、ケイジが理解することは一生無いだろう。
「この力を持ち、使える人は私の知る限りケイジさんただ一人です。
今から思えば、だからこそ私はケイジさんを見つけることができたのでしょう。」
「えっ…あっ…うん、そうなのかぁーそうだなぁー」
ケイジは本当に何も知らない。
「災害時や大事故には必ず悪感情が多く発生します。
古くから百年に一度と言われるような厄災を救ってきたのが、その“悪”の魔法だったはずなのです!」
強い口調と共に、ライムは顔を伏せる。
スカートの裾を掴む拳は、少し震えていた。
ライムは、事件中心地となりそうな試験会場ではなく、フロウを助けに王宮へ向かうとケイジが言った時点で、どうしようもない運命に対する一つの覚悟を決めていた。
「…。ん…まあ(よくわからないけど)――」
ケイジはおもむろに手を伸ばすと、もう一時間以上ライムの膝に乗せたままだった籠から、パンを掴み出してかじった。
「HIP HOPは、世界を救うってことだろ!」
「ケイジさん…!」
パンには粗切りのベーコンとチーズとしなびた野菜と、あとよくわからないが歯ごたえのいいものが挟んであった。
思ったより歯ごたえが良過ぎて噛み切れずに、オタオタするケイジにライムは―
「この国を、どうか助けてください…!」
触れるのもためらわれる様な美しい金髪が縦に舞う。
ライムは椅子を降りて、足場に膝と肘と掌を付いた。
この国の懇願の姿勢であり、日本で言う土下座だ。
そして額も付けようとした瞬間――
その額ごと、ライムの頭をケイジの両腕が覆う。
「ふえっ…あ、あの、ケイジさん!?」
体勢でいえば、アメフトのライン(壁役)選手が最初のトスをする時にボールを掴んでいるような姿勢だった。
アマレスで下を向いた選手の首を上からホールドするような姿勢といった方がいいかもしれない。
「なあ、俺も身の上話していいか? そういや初めてなんだけどさぁ」
耳よりも背中から振動で声が伝わる。
ケイジの両腕の袖に、ライムが震えているのが伝わる。
「俺、多分別の世界から生まれ変わってきたんだ。」
「…そうなのかも知れないと…思っておりました」
ライムは声まで震えている。
本心からの言に違いなかった。
「信じられないかもしれないけど、俺さ、ライムに―」
「HEY YO! まもなく王宮殿入り口だぜッ、ええい?」
急に幌の外から御者が叫んだ。
馬車全体が大きく揺れる。
ケイジは向かい側の椅子に顔面を打ちつけ、ライムはケイジの股間に顔面を打ちつけた。
◇◇◇
(第46話に続く)
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