53. ライム、その血の運命(さだめ)―フロウ、重いお別れ―ケイジ、想い囚われ

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53. ライム、その血の運命(さだめ)―フロウ、重いお別れ―ケイジ、想い囚われ



ライムの卒業した“魔法士官学校”とフロウの卒業した“魔法師養成学校”は、実際には同じ一つの国立魔法学校だ。


文系理系のように将来の志望によって課程が異なっているだけで、入学も卒業も同じであり、ただ在校生たちの矜持で呼び方を違えていた。


ざっくり言えば「魔法士官」が文官志望で、「魔法師」が武官志望のようなものであり、優劣を付けられる区別ではないが、勇名を馳せるのは圧倒的に国防の武力として活躍する「魔法師」の方だった。



6年間の課程をわずか1年半で卒業した天才児のフロウにも、当時越えられない壁があった。


3年も前に書かれた論文だというのに、最新鋭の自分の理論の上をいく。

3年も前の最高得点記録だというのに、自分を以ってして未だに破れない。


4年生にして生徒会役員を務める、ライムライト・ジョーズニー・カッサネールその人の名が、学術面においては常にフロウの先にそびえていた。


勿論、直接同学年で競ったわけではないので単純比較はできないが、それでもフロウはライムの名前を意識していた。



ただし、実技方面においては何一つとしてその名を聞くことは無かった。

生まれ持った“予知”の魔法と、植えつけられた“結界”の魔法の負担のせいで、ライムは普通の魔法を上手く使えなかったからだ。


一方フロウは実技において、学年を問わず右に出る者はなく、ライムの実力についても知ってしまっていた。

一年半を経て全ての課程をクリアしてしまったフロウには、もうこの学校に何の未練もなく、彼女への意識は一時の思春期の憧れのようなものとして忘れ去ることにした。



だから、試験会場でライムライトの名前を聞いたとき、彼女の矛先は負けた相手のケイジよりむしろライムに向いた。

賭場で会った際には全く気付かなかった。(ライムの装いがまるで大貴族らしくなく、そもそも貴族の訪れる場所ではなかったからだ。)



それでも、学生時代にそれと意識していなかった感情に火がついた。


ケイジといちゃいちゃいちゃいちゃしている様子に苛立って仕方が無かった。


おまけにあの夜、二人のベッドシーンのようなものを見てしまったせいで、感情の乱流が抑えられなくなり、弱冠15歳の思春期真っ最中のフロウは、“火精崩傾”を引き起こした。



兄や姉の多いフロウにとって、それは年上の包容力に甘えたいというような感情ではなく――。






さっきライムが「私の命を結界にする」と言っていたのは、「生命エネルギーを消費する技」とか「寿命を減らす技」とか「下手をすれば死ぬかもしれない技」とかいう意味ではなかった。



文字通り、「命と人生がまるごと結界に変わる」ということだった。



「…。人身御供みたいに、命と引き換えに盾になるってことか…?」



「ケイジさん、私は死ぬわけではありませんよ。私自身が結界そのものとなって、この国をずっと守るということです」


フロウは元々このことをケイジに話すつもりは無かった。

が、きちんと話しておくべきだと思い直す。



「あなたという人間がこの世からいなくなるじゃないの…!

 この世に生きていた証が何も無くなって、家族や友人からも忘れ去られて…そんなの死ぬよりずっと死んでる…!!」


だんだん事情を理解してきたケイジよりも、フロウが著しく憤慨する。



「太古より大厄災を鎮めてきた“悪”の魔法は、王族に伝わる秘術中の秘術。

 決して他に漏れることが許されないので、使った人間の痕跡をこの世に残さないようにするのです。


 父母たちはそういう前提で末娘として私を作りました。」



100年単位くらいで大厄災に使われてきたはずの大魔法なのに、記録がほとんど現存しないというのはそういう理由だった。

厄災の度に使命を持って生まれた者が命を以ってその術を使い、そしてその存在ごと消えてきた。


人身御供と違うところがまさにそこだった。

英雄と称えられることも、感謝されることも、悲しまれることさえも無い。



「そんなの、まるで兵器…人間じゃないじゃないの!


 アタシだってねえ、そりゃ生まれたときからスパルタ教育で将来国防の要になるよう厳しく育てられたわ。

 軍隊の駒の一つとして命を懸ける訓練もしてきた。

 でも、そうやって鍛え上げられた魔法師たちを一度たりとも兵器だと思ったことは無いわ!


 上流階級の人間は下々の者たちを見下してもいいけど、人として扱われない人間なんていちゃいけないのよ!!」



フロウはいずれ軍を率いる人間として、性格の割には人権に関してまともな倫理観を持っていた。

そして自分の認める相手だからこそ、許すことができなかった。



「だから私は、人間ではないんですよ」



「そっ…バカ言わないでよ…!!

 それより私の束縛を解きなさい!あんなドラゴン、火力で吹き飛ばしてやるわ!」


皮肉を言ったつもりではなかったのだが、フロウを余計にイラつかせてしまう。

ライムの決意は揺るがせられそうにない。


「今のあなたは“火精崩傾”で魔力をほとんどコントロールできないはずです」


「むしろ制限なしの最大出力で撃てるって事でしょ?」


「それもおそらく無理です。

 人柱として、召喚術にあなたの膨大な魔力がすでに組み込まれてしまっていますから。


 …フロウさん、あなたは選ばれた人間です。これからもその力で多くの人を救うはずです。

 こんなところで人柱として死にゆく運命はあなたには無い」


「――そ…ッッ」


勿論フロウもそのつもりだが、それ以上にライムの年上としての、そして為政者の家系としての諭すようなオーラに言い返せなくなってしまう。



「私が作られたのは今日この日のため…私が人生で一番多くの人々を救えるのが、今なんです。

 たった18年弱ですけど、その間に何度も覚悟をしてきました。


 私が苦しむわけでも辛いわけでもなく国を助けられるのなら、名声だの見返りだのが無くてもそれが一番なんですよ」



「…。(18年も生きてきて、消えるのが苦しくも辛くも無いなんてこと、あるかよ…!)」


しかしそんな人生を送ってきていないケイジが、わかったような言葉で彼女を説得しようとするのは筋が違う。

彼女の人生を全否定する覚悟が無ければ、挟む口など無い。



「そしてケイジさん、あなたは選ばれた人の中の選ばれたヒトなんです。

 今日この時、私にその特別な力を貸してくださるために遥か遠くからこの世界へやってきた…


 その後あなたはこの世界に残り、天から与えられた力で、国を守る英雄となるでしょう。

 お会いしてほんの数日ですが、私はそれを確信しています」



それは彼女の予知の魔法“天啓文プリレコード”によるものだけではなく、ここまでのほんの数日を共に過ごした心からの感想だった。




「選ばれた人の特別な力のおかげで、私は生まれ持った使命を全うできるんです。」




フロウに続いて、ケイジも表情を濁らせる。

この世界の仕組みについて感覚的に不慣れなことを悔しく思った。



「―夢はどうするんだよ…親の反対を振り切って家出てまで“楽士”になりたいって言ってたじゃないかよ!」


「“学士”には…なりたかったのですが、それはこの災害から救われる他の若い方々にお任せすることにします」


「ダメよ!…あなたほどの才能はそう現れるものじゃない、国家的損失だわ!

 アタシに生きろって言うのなら、あなたも生きなさいよ…!!」


フロウがここまで同年代の他人を評価することは、これまでなかった。

それだけこの状況に納得がいかない。


身一つで自分の音楽を貫こうとする彼女の姿に初対面で感動させられたケイジにおいては尚更だ。

音楽を志す若者がまた一人、負けてしまう。


「なぁライム、本当に―」



「ケイジさん――約束したじゃないですか、“何があろうとフロウさんを助ける”って」



「―…ッ!!」


そのやり口は汚い、と反論しようとしてケイジは絶句する。

フロウを助けたいと思っているのは今も真だった。




「だから、お願いします、ケイジさん。


 神に選ばれたケイジさんにしかできない特別なことなんです…!」




ライムはまたニコリと微笑んだ。

今度はケイジがこれまで見た中で最低の笑顔だった。



フロウには挟める口が無くなった。

ズンズン、ズンズンと黒天白死竜の脈動が、次第に早く大きくビートを刻む。



「ふ…」


そしてそれがケイジの鼓動の高鳴りとシンクロしたとき―。



「ふざけんなよ、さっきから!

 特別特別ってなんだよ、お前が言ってるのは告別だよ


 俺を…俺のHIP HOPをなんだと思ってるんだ…!?」



ケイジの我慢が爆発した。




「俺のHIP HOPは魔法みたいに都合のいい代物じゃないし


 他人のための道具でもない 国を救うとかとんでもない


 俺のために俺が作って俺が練習して血反吐はいて 


 周りにバカにされながら俺が叩きつけてきた俺の魂だ!




 “特別”とか“選ばれた”からとか、神様のおかげみたいに言うな!


 俺の音楽は俺のもの 俺以外、神様だって手を出させない


 能力なんて付属品じゃなく、俺のWRAPそのものを聴けよ NAH MEAN!?


 運命なんて結果論だろうが 自分で変えたらそれがまた運命




 決まってたとか決められたとか余所に任せるな 決めるのはお前だ


 天が定めた命とか言うんならオレがその天を変えてやる


 音楽に国家は救えなくても、人の心は救えるぜ俺でも


 俺のWRAPを一番見てきたお前が一番の俺のファンだから




 いなくなったら誰が代わるんだ? 初めての勇気で助けた少女


 俺の初WRAPも忘れさせる気か? 言ったろ、誰にも手は出させない


 もう親に逆らったし怖いもん無しだろ “使命”なんざ地震雷火事親父より下


 父親代わりに言うぜ“馬鹿者” 母親代わりに言うぜ“BACK, COME ON!”!!!!」






元37歳、後藤啓治a.k.aケイジは、音楽の道を諦めた自殺志願の少女に特大の“親父のカミナリ”を落とした。






その16節から成る特大の“雷”の魔法呪文は、文字通り巨大な晴天の霹靂となって―




頭上のドラゴンを貫いた。





◇◇◇

(第54話に続く)

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