52. 定められし運命、アガれ猛き寸劇、語られし使命、さらば低姿勢 

◇◇◇

52. 定められし運命、アガれ猛き寸劇、語られし使命、さらば低姿勢  



「あっ…な、アンタは…!なんでここに

 ―ハッまさか、アンタが仕返しでアタシに…いやらしいことを…!」


「どう見ても悪そうなあの大臣ぽいやつの仕業だろうが!

 そして仕返しは負けた方がやることだろうが!!」


柱に吊られたまま、フロウは目ざとくケイジの姿を見つける。



「うっ、うるさいわね、下々の民と上流階級とでは違うのよ」


「マジかよ上流階級最低だな…

 ―そうだ上だよ! おい、上を見ろお!」


「はあ?上に立つ者が上を見てどうするの」


「とっ捕まって吊るされてる分際で偉そうに…!」


嫌そうに頭上に目をやったフロウは、眼前に広がったとてつもない光景からすぐ事態の重大さを悟った。

へらず口が思わず止まってしまう。



「…!?!?!?!? っちょ…ぇぇぇぇええええええ!?!?」


「フロウさん!彼らはその伝説の大竜への人柱に、フロウさんを使う気なんです!」


「下ろしなさい!下ろしなさいよ!あんなのテロどころか国家転覆でしょうが!

 てか人柱なんてアタシじゃ勿体無いでしょ!どっかその辺の貴族の処女でも使いなさいよ!!

 あっ、いや、アタシしょ、処女じゃないですけどぉ~」


「フゥハハ、小娘が!泣き喚け!絶望しろ!

 人柱は本人の無念な思いが強いほど効果を発揮するからなぁ!」


儀式終盤にフロウの意識が戻るようにされていたのはそのためだった。

最初から眠らせないでおくと、段々落ち着いてしまうかもしれないし、下着に白装束の姿で縛られているとは言え、何かしら魔法手段を取られるかもしれない。



「おおーいフロウ!なんかライムが結界だかでドラゴン止めるらしいから!それまで吊られといて!」


「バッカじゃないの!? ドラゴンとアタシ、どっちが優先だと思ってんのよ!」


「おまえあの大怪獣より大事件なつもり!?」


「そうよ!早く下ろしなさいよ!クッ…!」


フロウはよく見ると下半身をもじもじしていた。

長時間眠らされていたせいで、目覚めた途端に膀胱が限界だった。



「フゥハーハ、結界など無駄だ無駄だァ!!

 カッサネール家は確かに代々竜の血を宿す一族だが、今回の召喚は竜としての規模が違うのだ!

 今さら娘一人の結界術ごときで止められはせんわ、フゥーハッハッハ!」


カクカインはまるで問題にしていない顔で、少し下りてきていた正面階段を再度上る。



「あんなこと言ってるぞライム!今のうちにあいつも殴り倒しといた方がいいんじゃ―」


「いえ、彼は召喚主としてドラゴンの使役方法を用意しているはずですから、歯止め役に残しておかなくては…。

 歯止めを失えば、この一帯だけでなくこの国全てを滅ぼすでしょう。

 さすがにそれでは彼にも不利益なはずです。


 ――それに大丈夫、私の結界で竜は止まります。」



この状況でなくとも、ここまで断言しきるライムと言うのは珍しかった。



それを言えるだけの人生を、ライムは歩んできていた。



「私の背中に刺青があるの、宿の部屋で見えちゃいましたか?」


背中の刺青―。

それは確かに宿で風呂に入った際に、ライムのフルヌードよりケイジの心に残った映像だった。


「―あ、うん、ゴメン…!でもあれはさぁー」


風呂でも着替えでも前を全然隠さなかった割に、背中を見たのは風呂での一回だけだった。

それはライムが唯一、ケイジにあまり見られたくない部位だったからだ。


言い訳するケイジを差し置いて、ライムは後ろを向き、服を肩から下ろして背中を見せた。


「…ッ!」


「これが、私が生まれたときに背負った結界魔法陣の刻印です。

 この力をいつか来る国防の危機で使うために、家の方針で私という竜人が作られたんです。


 “予知”の能力は生来のものですが、“結界”の力は生後に取り付けられることが元々決まっていました。」


人間兵器として生まれた強化人間や、頭脳をいじられた超能力ベビーというようなフィクション作品は、ケイジの前世の記憶にも残っていた。


やはり見せたくは無いようで、ライムはすぐに服を戻した。



「ですが、小さい頃に負った刻印の上の傷のせいで、“国中から力を集めて自分の力にする”という機能が無くなってしまい、もう一人では使えません。

 家から託された使命が果たせない、ということです。


 そうなってしまった私に、もう父母が興味を持つことはありませんでした。」


ケイジは「今夜は両親がいない」と言っていたライムの屋敷で、メイドや執事以外に誰も見かけなかったことを思い出す。

「4女」と言っていたことも思い出す。

それから背中の魔法陣の傷が、刃物で抉ったようだったことも。


ドラゴンがいるような世界の大貴族の超名家ともなれば、そういうこともあるのだろう。


凡人のケイジから掛ける言葉は見つからない。




「だから、私の無くした力――“人々の力をそのまま自分の力にできる”能力を持つケイジさんと出会えたのは、本当に運命なんです。


 私は今日、ケイジさんと共にこの大厄災を防ぐために生まれてきたんだなぁって」




そう言い切るライムの表情は迷いが無く、この世界へ来てからケイジが見た一番の笑顔だった。



「あー、…オレがあのなんたら大臣を相手にHIP HOPかませばいいのかと思ってんだが―違ったわ。

 

 なあ、この世界に来て沢山の奴とMCバトルやったけどさあ、

 一番近くで、一番オレのラップ聴いてくれてるのはライムだよな。


 満員の観客はいないけど――ライム、今からお前にオレのとっておきバイブスをくれてやるぜ!!」



ケイジはいつものフレミングの法則のような構えをとった。


もうドラゴンは、頭部を残して他の全ての部位が召喚され終えている。

先ほどまでは聞こえていなかった竜の拍動が、ドクンドクンとビートを刻み、聖堂中に反響し始めた。



一方、尿意に悶え「早くしろ!」と思いながら傍観していたフロウは、一つの真実に気付く。


「“力を集める”能力と…カッサネールの竜人刻印で――結界…!?

 まさか…“人神結界”をやる気!?」


若くして天才の名をほしいままにしているフロウには、ライムの準備したもの術式の正体、そしてライムの思いが瞬時にわかった。



「そんなのやめなさいッッ…!!」



フロウの急な一喝に、今にもバースを始めようとしていたケイジがタイミングを外す。

出足をくじかれると呪文詠唱ラップ全体がグダグダになってしまう。


「…おま、何言ってんだよ! 今“よしやるぞ!!”ってムードになってただろうが!

 呼吸整えなおしだよ~もぉー」



「わかってないの!? “人神結界”を使うってことがどういうことか…」


「わかってるよ、なんか命を削ってでっかい結界を作るー、みたいな危険な技だっつうんだろ?」


「わかってないじゃないの!

 命が削れるだとか、寿命が縮むだとか、生命エネルギーを燃やすとか、そんな術じゃない、


 死ぬわよ…!」



「ライムが“オレと二人でならできる”って言ってるんだ、死ぬようなモンなわけないだろ。

 なぁ、そうだろライム?


 大体なぁ、ラッパーは常に命懸けでHIP HOPやってんだよ!

 下手すりゃ死ぬかもしれない、なんて今さらだぜ!!」


隣のライムは応えてくれない。



「そうじゃないわ…


 その子だけが・・・・・・死ぬ・・の…!



 命を落とすだけじゃない、その子が…


 ライムライト・ジョーズニー・カッサネールがこの世に残した痕跡、功績、個人情報、関わってきた人たちの記憶の中の彼女の姿まで、



 人としての存在が全部初めから・・・・・・無かったことになるの・・・・・・・・・・ッ…!!」







「…。」








「…。





 ……。






 …つまり―







 …どういうことだってばよ…?」





ただでさえ結界についての理解で酷使されていたケイジのメモリが、ここでフリーズした。



◇◇◇

第53話へ続く

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