51. 蘇るいにしえのドラゴン、とりあえずキビシめでオワコン
◇◇◇
51. 蘇るいにしえのドラゴン、とりあえずキビシめでオワコン
「なんだあれは…!?」
「あれ…ド…ドラゴンじゃないか…!?」
「あんなものがいきなり出てくるか!観測師、観測師を呼べ…!」
「う…敵国の侵略だ!国軍は何をしているんだ!?」
「白死竜…!? あれは…黒天白死竜じゃないのか…!? そんなもの、今の軍事力で対処できるわけが―」
にわかに上空にドラゴンが現れた宮廷では、前代未聞の動揺が走る。
広い東宮の塔を全て覆うかのような大きさの竜。
この国におけるドラゴンは、その性質に関わらず国を作った神という認識になっている。
その中でも黒天白死竜は、“国土の全ての不要な命を消し去った神”とされている。
「ウソ…だろ…? あんなのどうしろって言うんだ…!?」
「オイ、なぜカッサネール将軍は何の指示も出さないのだ!?」
「あれに何かできる部隊がいるか…!?
逃げる以外の指示を出すなら、そんな隊は即辞職するぜ!」
召喚の魔法陣が何重にもその巨体に絡んでおり、頭部と手足はまだ陣から出てきていなかったが、この国の人間たちがこの竜を見間違うことは無い。
正確に言えば、建国の伝説以来出現したことが無い竜だが、その姿の特徴は子供でも知っていた。
「頭部の召喚まで完了してしまえば王宮ごと消し炭になるぞ…!」
「宮廷内の全魔法師を呼べい!」
「それが…ほとんどが宮廷魔法師試験の会場に出払っておりまして…!」
「近衛兵にありったけの火矢と魔砲具を持ってこさせよ…!」
本来、召喚途中のモンスターには、基本的に物理攻撃は通じない。
召喚術を止めるには送還術式のみが有効な手段だ。
そして12人の術者が相当の時間と力を費やして組み上げた術に、今すぐ対抗できる術者は用意できていなかった。
とはいえ、圧倒的な火力や水力で吹き飛ばしてしまえば、術式ごと破壊できる可能性はある。
対象の規模から察するにかなり望み薄だが、廷内の人間たちとしてはやってみる他はない。
「ってぇぇぇぇ!!」
火薬文化における大砲のような魔砲と、油袋を携えた火矢が一斉に放たれる。
ゴウンゴウンと、宮廷一帯に地響きが走る。
しかし、遥かな上空の相手に届く矢も弾も多数あったが、すべてその黒い鋼のような皮膚に跳ね返された。
圧倒的に威力が足りない。
「魔法師は試験会場から戻って来れないのか!? 転移の魔法を使える者がいるだろう!?」
「ダメです…会場に魔法と人間を通さないような細工が張り巡らされているらしく、そう大人数では…!」
「魔法師がいても…あんなもの…どうにかするには―
大自然の天変地異の力でも無いと…!」
近衛兵たちは絶望的な戦況に、神にも祈るような気分だった。
その神の一角が、今まさに敵として顕現しつつあるというのは、出来すぎた皮肉だった。
◇
カクカインという名の逆臣は、クーデターと言うよりは自分が隣国へ亡命するための手土産として王宮を吹き飛ばそうとしていた。
王族貴族諸侯の取り分を減らして、市民へあてがおうという王政に納得ができなかったからだ。
「―試験会場のパニックによって国中の魔法師たちの“悪”感情を大量に集め!
試験会場内を暴れ回る召喚獣たちを生贄とし!
そして膨大な魔力を持つ処女を人柱とする…!
これで伝説のドラゴンの召喚術式の完成だ―」
術式は秘匿されているし、この条件の準備には膨大な労力と仕掛けが必要だった。
この逆臣はそれだけ長い時間と私財をこのために費やしていた。
「いやぁ、三つめは偶然の賜物なんだがね。
本来はうちの第3皇女を使おうと思っていたんだが、あの小娘の方がモノが良かったんでねぇ」
「えっ…? モノって、え、体…が? え、フロウにそういうことしたの…!?」
「し…してないわ!! お前なんでそういう発想になるの…?」
「悪い大臣って基本的にみんなロリコンだろうが!!」
「はぁ!? 偏見だ、ロッ…ロリコンじゃないわ!ヨドミナイトの娘とか、15歳なんてBBAだろうが!!」
「確かに…15歳はBBAだが― ロリコンは見つかったようだぜ」
ケイジは時間を稼ぐ。
それは無駄なのかもしれない。
ライムが恐ろしく速い手刀で召喚術者を倒して回る。
しかし逆臣の言ったとおり、術者がたとえ死のうともこの召喚されたドラゴンが消えることはない。
カクカインを残し、陣を作っていた12人は一応気絶させた。
「このまま頭まで完全に召喚されてしまえば、途轍もない被害が出るでしょう…。
そして、その最初の犠牲者が― 人柱となる彼女です。」
「フロウだな…!」
「そうなる前に、極大結界で、黒天白死竜をまるごと閉じ込めます。
“封印”、と言っても構いません。」
竜人種として生み育てられたライムには、禁忌とされたドラゴンの召喚術について知識があった。
「“悪”属性の魔法のエネルギーである“悪”感情が、今この騒動に面している王宮と城下の人間から大量に噴出しています。
相手の言によればおそらく試験会場でも同じ様になっているでしょう。
ケイジさんには、バトルでやってきたようにその力を収束してもらいたいんです。」
馬車の中で聞いた“悪”属性の魔法とケイジの特性の話は、未だ魔法を理解していないケイジには難しかった。
が、自分のラップで人々の感情の力が集められるということだけはわかった。
「悪いラッパーの出番ってわけだな?
いいぜ、そこの悪党たちごとぶちアゲてやらあ!!
―でも俺、結界がどうこうとか言うのは全くわからんけど…?」
「その集まったエネエルギーを私の体に流し込めるよう、実はこの数日の夜の間にケイジさんの体と“魔精同調”をしていました…。
ケイジさんの夜中の記憶を多少犠牲にしたかもしれません。
それは私の体に流れる、竜の血によるものです。
勝手に申し訳ありません、まだ事情を話せなかったもので…。」
「んッ…? ん、…うん、そうなの…?」
人と人との間で魔力を受け渡しするという技術は、少し特殊な術式だった。
特に相手が竜人族で魔法属性も違うとなると、やや手のかかる儀式“魔精同調”が必要だった。
知らないうちに宿で熟睡していたり、記憶が曖昧だったりしたのはそのためだった。
ライムが同じベッド上に裸でいたり、目や髪が赤くなっていたような光景は、夢ではなかった。
「えっ…それって具体的にどういう行為を…? (まさか―)」
「それは竜人族のヒミツです」
ライムは少し紅潮しながら唇の前に人差し指を立てた。
―その時、階段上のカクカインよりさらに頭上から甲高い声が降ってくる。
「―う… うん…? …? ちょ、ちょっと何よこれ!?
っここは… 何よアンタたち、何やってるの!?
ドコよここ! なんで吊るされてるのよ!?
なんでこんな服着てるの!? 下々の空気が移るじゃない!」
中央の柱に吊るされ、眠らされていたフロウが目を覚ました。
吊るされながらも威勢がよく、意識もはっきりしている。
それは、儀式が最終段階に入ったことを意味していた。
◇◇◇
(第52話に続く)
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