54. 墜ちる黒竜、落ちる聖堂 SOILED BLUE, BOIL RAINBOW. 

◇◇◇

54. 墜ちる黒竜、落ちる聖堂 SOILED BLUE, BOIL RAINBOW. 



「馬鹿でかいカミナリが竜に落ちたぞ…!? こんなに晴れてるのに…?」


「おい見ろ、天候が…見る見る雷雲が湧いてくる…!」

「なんだあれは…まさか魔法なのか…!?」

「バカを言え、天候改変魔法なんて神話に出てくるような術だぞ!」


「うわっ、竜が落ちてくる…塔に落ちるぞ!! 退避!退避だーッ!!」



火矢も飛槍も魔砲弾も、あらゆる攻撃を竜に弾き返されて打つ手を無くしていた宮廷軍は、文字通り青天の霹靂を目の当たりにし、大混乱に陥った。


精鋭揃いの宮廷軍とは言え、さすがに相手が伝説の竜とあっては近づくわけにもいかず、第3東宮の外側の回廊ギリギリから遠隔攻撃を続けていたが、塔より巨大なドラゴンが墜落し三重塔が崩落すれば、人員に被害が出る距離だった。


もはや包囲陣も何もあったものではなく、全員が庭園の外側を向いて一目散に逃げ出した。

陣後方の兵でも事態は一目瞭然で、立ち止まる者は一人もいない。


そんな中、颯爽と逆走する騎馬があったが、死に物狂いで逃げる兵たちは誰も気に止めなかった。






「説教ラップ」。


MCバトルでも年齢や経験値に差があるとき、格上の者のラップが相手をディスるよりも、諌め叱り付けることを主眼とした内容となることがしばしばある。


圧倒的なメッセージ力とそれを生み出す情念が、相手にも観客にも深い感銘を与える。

その激しさが、怒りではなく相手への深い思いやりでできているからだ。



それが、ケイジの放った16小節のバースの本質だった。



説教ラップは多くの場合、特徴として「押韻ライムが少ない(ほとんど無い)」。


押韻ライムはあくまで技術であり、時としてフザけ心や自己欺瞞となって“説教”の真剣さを弱めるからだ。

父親から真剣に叱られているとき、途中にオヤジギャグが入っては意識が削がれてしまう。


押韻ライムに頼らず相手の心を打ち抜くこと 」が説教ラップの魅力となる。



そして今回のケイジの場合は、すなわち「ライムの・・・・力に・・頼らない・・・・」ということ。


ライムの結界魔法は絶対に使わせない、という確固たる意志の表れだ。



そして最後に一つだけ入れ込んだ「馬鹿者」と「BACK, COME ON!」はライムだけのための押韻ライム

その他の相手や状況では使えない、ここだけの遊び心。


真剣に叱っていた父親が、最後にしょげてしまった子供を元気付けるために一言だけ添える、やさしい機知に富んだジョークだ。



元37歳、妻子なしだった後藤啓治にしては、上等の「親父のカミナリ」だった。




一方で、黒天白死竜ドラゴンは本体そのものが、試験会場や宮中、そしてその怖ろしい姿を目にした城下の人々の恐怖や不安、敵対心や絶望といった“悪”感情を吸収して、内在エネルギーにしていた。


それはケイジの特性とは少し違って、一般の魔法使いが大気や自然から体内へ魔素を集めるように「吸い込んでいる」というのが正確な表現であり、一頭全体がエネルギーを溜め込んだタンク状態だった。



ケイジの呪文詠唱ラップは、そのドラゴンの力を丸ごと自分の物にして、落雷と天候改変を生み出した。


これも正確に言えば、天から稲妻が走ったわけではなく、ドラゴンの体内から空へ突き抜けたものだ。

召喚魔法の術式は本来、召喚が終わるまでは外からの魔法の力を受け付けないが、内側の力が炸裂してしまっては防ぎようが無かった。


黒天白死竜はその表皮や牙、爪などに金属を多く含んでるため、雷雲を嫌い晴天でしか活動しない。

空を覆うような黒翼がはっきりと見える白昼に死をもたらす、というのがその名の由来だった。


顕現まであと一歩というところで、絶命してしまっていた。




「うおおおおおぉぉぉぉぉ逃げろぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」


頭部を空中の魔法陣に突っ込んだまま、それ以下の部位が焼かれて直下に落ちてくる。


かなり上空とはいえ、空中聖堂まではその巨体が乗りかかるだろう。

屋根も壁も外して骨格だけの神殿状態になった聖堂は間違いなく潰れる。



空が飛べるわけでないケイジたちは、外の兵同様に脱兎の如く逃げ出す。

何が起こってどうなったかを確認するのはひとまず後にすべきだと全員が即決した。


ライムが吊られていたフロウを下ろしたが、体力が無く走れないため背負って走り出した。



「そんな…伝説の竜が…!

 これだけ用意した宮廷破壊計画が…水の泡…だと…!!」


カクカイン卿は聖堂の壇上でへたり込み、その場を動けなかった。

私財、私兵、あらゆる労力をかけて準備してきた今回のテロは、最大の戦略だった黒天白死竜が倒された今、何の成果も無く終わる。


たとえ動けたとしても、動くつもりはなかった。

カッサネール家やヨドミナイト家の者に犯行がバレているのだから、罪を逃れることも亡命することもできず斬首になるだろうことは見えていた。


「終わりだ…フゥーハッハハッハハッハハハハアハハハハ…!!」



そこへケイジが事件首謀者を死なせないよう助けに来る、というようなことは勿論なかった。

魔法陣の壇上に転がった12人の召喚術士も同様、助けられないし助ける気もない。


悪いラッパーは悪い奴に好かれても、悪い奴を助けられはしない。



天井の梁が崩れ始める。


雷雲が雨雲を呼び、宮廷どころか周囲の町全てを包むように雨が降り出した。


「うっ…ううっ」


ライムに負ぶわれたフロウは、複雑な心境なので意識が朦朧としているフリをしていた。


実はフロウは落雷の瞬間、極限の尿意に負けて下半身を濡らしてしまっていた。

それが冷たくなっていたが、負ぶうライムの背中は温かかった。


同じように、ライムも背中でその命の温かさと重さを感じていた。



「危ないッ行くな!」


2階から1階へ降りる螺旋階段を目の前にして、突然野太い声がケイジたちを引き止める。

次の瞬間、崩れ落ちた瓦礫が凄まじい音を立てて階段を塞いだ。


「大丈夫かライム、止められなかったらヤバかった…。

 今の声… あっ、お前は―!」


「ヘッ、CON-GO兄弟のゴウだ…また会っちまったな」


ケイジが振り向くと、そこにはこの階段を守備していて数話前に1行で倒されたWACKS構成員、CON-GO兄弟が瓦礫を支えて立っていた。

彼が寸前で支えなければ、ケイジは瓦礫の下敷きになっていた。



「別に助けたわけじゃねえぜ、まだここには用事がある。

 …ああ、この傷か? 今じゃねえよ、バトルで禁呪を使った報いだ。

 別に悔いは無い、どうせもう長くない身だったからな」


「…。そうなん」


「兄貴は先に逃げた。

 あいつは直接組織に恨みがあるからな…死んでも生きなきゃならないのさ。


 逆に俺は今日ここで死ぬつもりでいた。勝とうと負けようとな。

 国家転覆計画を知っていて加担したんだ、当然の始末だ。


 多分俺の人生は半年前に恋人の仇を討ったとき、もう終わっていたんだろう」


「…あのぅ」


「おっと、喋り過ぎちまった…。

 話すのは得意じゃないんだが、どうしてだろうな、―最後に戦ったお前たちに聞いてほしくなったのかもな。

 俺にもまだ女々しい部分が残ってたってのかよ、笑えるぜ。


 ―いや、最期に笑えて良かった、か…」


「…えぇと」


「さあ、早く行け!反対側の小階段ももう崩れているだろうが、バルコニーから外へ出れば何か道があるかもしれん…」


「…じゃあ」


「バカ野郎、俺に構うな!さっさと行け!!

 お前には…守るものがあるんだろうが…」


「…うん」



ケイジたちは、よくわからないがとりあえずそそくさと逃げた。




大きく開いたバルコニー口から出てみると、外は完全に雷雨になっていた。

眼下には庭園を逃げ惑う兵士たちが見える。


2階とは言え、飛び降りて無事な高さではない。

骨折くらいで助かったとしても、そこからさらに走って逃げなければ同じ運命だった。


「…ダメか、避難用具みたいなものも無いし…!」

「祭祀用の施設ですし、そもそも崩れるなんて全く想定していませんから…」


「なあ、ライムなら飛び降りることができるんじゃないのか? お前だけでもひとまず―」

「ケイジさん、」


ライムはほんの一瞬だけムッとした表情になって、すぐに微笑に戻る。


「そんなことができるとお思いですか?」


「…悪かった」


弟子だし実質年下なので、子ども扱いはしてもいいが、見くびるようなことはすべきではない。

ケイジは素直に失言を詫びた。



「癪だけど…今度こそ祈るしかないか、―神様に、さ」



ケイジは目を細めて、雷雨と瓦礫が舞う空を見上げた。




その視界一面を、一瞬にして雪原のような白が覆う。



純白の羽。





「待たせたなぁ兄ちゃん、ええい!?」





「…ムジカ!?」



宮廷専属魔法騎馬“シルフィード”に跨ったムジカが空中を駆け上がってきた。





◇◇◇

(第55話に続く)

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