37. 十字に架された尋問、夕日に重ねた真言

◇◇◇

37. 十字に架された尋問、夕日に重ねた真言



「申請書の名前のK.Gというのは、魔法師名だな?本名は?」


「…ケイジ」


モルダウの尋問が始まる。



“ケイジ a.k.a K.G” には嘘偽るところなど無い。

前世の「後藤啓治」という名は本人も覚えていない。



「年齢は?」 


それは外見で大体わかる、あまり意味の無い質問のようだが、答えやすい質問で「答える」ことへの抵抗を減らし、質疑応答のハードルを下げていくための常套手段だ。


「37…いや、多分17か18だと思う」


これは口を突いて出ただけで、やはりケイジに37歳だったという明確な記憶はない。

ただ、モルダウの疑いは強まる。


「(―この国では孤児でも出生年月日が登録される。

  年齢が曖昧なのはこの国での生活年月が短いか、特殊な理由の私生児だけだ―例えば“暗殺家業”とかな…


  しかしそれなら年齢を偽る術を覚えているはず。

  正直に曖昧に答えるのはまず前者だ…)」



ケイジにとって、自分を偽る必要は何もない。

テロリストでも暗殺者でもなく、むしろ宮廷楽士になろうとしているのだから、訊かれたことには全て答えるつもりだ。


だが―



「どこから来た?」


「…。…わからない」


この質問には、いかに怪しまれるとわかっていても、こう答えるしかなかった。

本人も知らないのだから。


「(…ブルタバ?)」


「(心音、発汗、魔素、全て“偽り無し”よ…)」




モルダウとブルタバは、国軍に所属する魔法師でありながら、有事戦力や研究者ではなく機密捜査官だ。


それは二人の魔法特性が、攻撃より圧倒的に「調査」と「分析」に長けていたからだった。

(だから二人の名前は魔法師名ではなく本名だ。)



魔法が発動するときは、その種類を問わず、その場の魔素の流れや個々の魔力の増減が必ず変化する。

五感で知覚できるものとそうでないものがあり、後者も魔法や器具で検知することができる。


もちろん、その変化を隠匿して術を秘密にする方法もあるし、さらにそれを見破る方法も追いかけっこのようにして生まれる。

生活レベルの紛争解決から国防に至るまで、多岐にわたってその技術は応用され、各国では兵力の増強以上に研究合戦が起こっていた。



特にモルダウは捜査で0から1を見つけ出す「調査」に、ブルタバはその見つかった1を10にする「分析」に長けていた。


モルダウが探し当てた犯人候補を、取調べでブルタバが特定する。

それがこのペアを若くして機密捜査官にのし上げたコンビネーションだった。



ケイジの「本籍不明」という最悪の証言は、この連携によって「嘘ではない」と保留になった。



「出場申請書に書かれていない事項が多いが―」


資料をかざしながら、やや親しげに、ただし威圧的に、モルダウが前に出る。


「お前の使う“力”がこの国の常識と大きく違うことは判っている。」


「…。」


それはケイジ本人には判断のつかないことだった。


「(つまりHIP HOPにも地域差があるみたいな話か…?

  そりゃ言語が違うしライムの癖も違うしなあ…)」



馴れ馴れしく近づいてきたと見せて、モルダウは鋭利な刃物を突きつけるようにケイジの目を覗き込む。


「自白させる魔法も持ち合わせているが、逮捕前のお前に使うには勿体無い。が、ここでの証言は記録されるし、それ次第では逮捕できる」


「つまり嘘をついたら結局後々で罪が重くなるってことよ、ボウヤ」


嘘を「ある程度」読み取ることができるブルタバとその相棒にとって、これはハッタリだった。

実際、自白を強要する魔法は、「逮捕後の被疑者」に対して以外は基本的に禁止されている。



ところで現世のFBIのドラマと違って、二人の年齢はおそらくケイジと変わらない。

本来37歳だったケイジとしては、女子大生か新卒OLくらいのブルタバが17~18歳を相手に「ボウヤ」と発するのは少し微笑しかった。


「(――ていうか逮捕じゃないのにベッドに縛り付けるのかよ…ヤバい国だな)」



しかし現在無力のケイジにできることは正直に話すことだけだ。

どう答えるとどんな結果になるか、まるでわからないままに。




「…これは大変そうだが ―嘘つくのはダセえ…。

 俺は大言壮語、うそぶく男だぜ…!」




「ほう…この場に及んで饒舌じゃないか。少し薬が効きすぎたかな?」



ケイジを眠らせるために嗅がせた薬物は、まどろみから目覚めた後、口が軽くなる副作用があった。

勿論それは、その後尋問するために都合のいい代物ゆえに多用されている。



「(――クスリ…?)」



ケイジはその言葉に反応する。



ケイジの前世において、ラッパーとドラッグは切り離せない歴史があった。

後藤啓治が憧れていた往年のラッパーが、何人も禁止薬物で逮捕されていた。


ラッパーでない人間は、およそラッパー全員が禁止薬物使用者だと思っていた。


「どうせドラッグをやって正常じゃないからこそ、ラップなどという下衆の音楽で盛り上がっていられるに違いない」。

皮肉にもそれは是もであり非もであった。



そんな中で、後藤啓治は「ラップはそんな甘いものではない」と、孤独にラッパーを信じていた。




「私生活に耐えられずドラッグの力に頼ったラッパーは確かにいたんだろう…。


 だが、そいつにもきっとかっこいいラップパンチラインの一つや二つはある。


 苦しみもがいて、かっこいいラップを生み出せた瞬間、そいつが頼っていたのは絶対にDRUGの力じゃない、HIP HOPPLUCK(勇気)の力だ…!!」




もしクスリ程度でかっこいいラップが生み出せるなら、そもそも音楽に意味はない。

クスリがあれば音楽が要らなくなってしまう。


そんなに甘いものではない。


クスリに手を出すミュージシャンは、音楽ではなく自分に負けただけだ。



―その思いだけは、今のケイジの中にも残っている。




「クスリなんざ要らない! んな腐りきった誘い…


 いいか、 ――大演奏を為すのは“人の道”ッッ!! 」




この啖呵は絶対に譲れない。

正真正銘、ケイジの心の底からの言い分だ。


状況もわからず確たる説得材料も持たないケイジは、人としての誠意を見せるしかない。




「そうか…では訊こう。我が国の戸籍も持たず、我が国にない“力”を振るうお前は――


 お前は、我が国家に敵為す者・・・・・・・・・か?」




「…!? …。それは―」



嘘発見器に近いブルタバの前でのこの質問は、虚を突きながら短刀を直入するものだ。


―そして、全く無関係であるはずのケイジには、不運にもその意味する所に心当たりがあった。


捕えられているこの状況と相手の立場を一気に理解してしまったがゆえに、言葉が口を突いて出てしまう。



「“WACKS”みたいな…?」




途端、尋問官の二人の目の色が変わる。



「クッ…やはりその名を知っているか…!! これでお前を解放するわけにはいかなくなった」


「えっ!? いや、そうじゃなくて、あの、そいつらが俺を―」


「! 心音に変化…!!」


「ちょっ!! 待っ…」


誤解の焦りでケイジが言葉を失った瞬間――





「ちょっと待ったあああぁぁぁぁぁぁぁああっつっっそおいいいぇぁあ!!!!」





怒号と共に、閉ざされた医務室の戸を蹴破って、美女が一人飛び込んできた。


「(ラ、ライム…!? ナイスタイミン――)」





ローブを颯爽と翻すその姿は、

銀髪銀眼に褐色の肌――





ムジカだった。





◇◇◇

(第38話へ続く)

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