31. 追憶とVAMPIRE、WE WANT NO UMPIRE.

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31. 追憶とVAMPIRE、WE WANT NO UMPIRE.



ケイジの2回戦の相手・BENNY天狗は、「天狗」という名ではあるが、生物種族としてはいわゆるヴァンパイアハーフだった。


この国の魔法師が女性ヴァンパイアとの密約によって人為的に作った血筋であり、旧王の時代においては生物兵器としての研究対象とされていた。

国家機密となっていたこの家系を明るみに出したのが先代の王で、高い身体能力や魔力を正当な場で発揮できるよう、爵位も与えられていた。


その分、人を襲うことは禁止されており、許可無く吸血行為をすることもない。

人間で言えば26歳、ヴァンパイアとしてはまだ小学生のようなものだが、実力は当代随一とも言われる期待のホープである。


本来ならば、前回の宮廷魔法師試験で合格しているレベルの使い手だが、ある妨害勢力によってそれを阻まれた。



白眼の蒼竜ホワイトアイズ・ブルードラゴン”の討伐。



最終課題の1歩前にして、過去最大級の難題が課された前回試験で、残る6人のうち2人が辞退、4人で討伐に挑んだが結果は惨敗、一人の死者を出したことで、試験を設定した委員会は激しい非難を浴びた。


その結果の合格者0名。


BENNY天狗はそれまで対人戦では無敗、課題クエストもクリア成績AAAと、合格を確実視されていただけに、親族からの叱責と支持者からの落胆の声を一身に浴びた。

貴族社会において、彼がどれだけの仕打ちを受けたかは説明し得ない。



それは、これまで自身の才能にあぐらをかいた精神の弱さに由来するのだろうと、本人は猛省する。



自分の血筋が本来日の目を見ることの無い、呪われた家系であることを充分理解していたBENNY天狗は、2ヶ月間の断食をし、その後の1ヶ月をサウナで過ごし、全ての血を入れ替え、厳しい修行に臨んだ。

師事した相手が3度ノイローゼになるほどの、常軌を逸したような鍛錬だった。



“白眼の蒼竜”討伐で死んだ男は、BENNY天狗の親友だった。



死因は犠牲の焼死。

当時の全員の防御力を超えた火力の咆哮がBENNY天狗に降りかかるところを、親友の決死のタックルが庇った。


親友は左足の骨以外、この世には残らなかった。



親友の死はまだ乗り越えられていない。

おそらく生涯、「乗り越えられる」ということはないだろう。



しかし、その時の愚かな自分は乗り越えられる。



過去の自分を乗り越えるという話は、よく聞くようで、結局ただ時が過ぎて流れで納得しただけだということの方が多い。

乗り越えるということは、納得をするということだ。


風化は人を納得させる。

そうしなければ辛いだけだからだ。




その「辛いだけ」を、BENNY天狗は選んだ。





“臥薪嘗胆”という異国の故事成語を心に浮かべる。

苦しみを苦しみによって心に留め続ける。



BENNY天狗は親友に誓う。




「…RUBY漏野モレノ… 俺はもう…二度と負けないから…!」




RUBY漏野の小さな墓にシロツメクサの冠が添えられたのは、先月のことだった。






宮廷魔法師試験、第6会場・第2回戦は、本命選手が出るとあって込み合っていた。


ディープインパクトという名の馬が、馬券を買う買わないに関わらず多くの人間をその走りで魅了したように、BENNY天狗は賭場のオッズと関係なく人気があった。



一本歯の高下駄に東方の国の木の葉をあしらえた魔威倶マイク、そして赤い異形の面を額に着けている。

BENNY天狗はその名の通り、いわゆる天狗の装いだった。


一方のケイジは、結局買い物には行けず、相変わらずパッとしない地味な服装。

1回戦で鳴り物入り大人気のアイドルを倒した使い手には到底見えない。


「あのう、ケイジさん…今言うべきか迷ったのですが…」

「何?ライム…むしろ気になるわ」

「隣の第7会場で先に2回戦の勝者が決まりまして…この試合にケイジさんが勝つと、次の相手は“タナトス孔明”…今回の優勝候補です…ッ!」

「…この会には何人優勝候補がいるんだ…?」


そもそも目の前の相手は、勝たせてくれるかどうかわからなかった。


この試験におけるトーナメントは、負け=不合格ではない。

それでも当然、全員が勝つ気で臨んでいる。



が、不思議とケイジの心は穏やかだった。



それはおそらく、昨日の銀髪銀眼の女神とのバトルによるものだった。


やさしくなれることは、強くなれるということ。


この日のケイジは、やさしくて、強かった。




くじ引きにより先攻となったケイジは、ライムと共に研究した相手への攻撃を存分に発揮するべく、自身初めてとなる高速フロウを叩きつける。




「よぉヴァンパイア 所詮惨敗だ 精々飲める酒はサングリア駄血 


 血が流れるなら俺が止める 血を舐めるより地を嘗めさせる


 FLAMINGする俺の指 フレミングの電磁力 ALIKE A 雷光


 鉄分足りてねえ 踏んだ轍分 それがうまい血? それじゃイマイチ!」




破調のフロウは穏やかに、しかし確かな力を持って対戦者に叩きつけられる。

殺気でも怒気でもない、「何か」の圧が相手を覆っていく。


BENNY天狗は冷静に対応する。



――もう負けない。



その誓いを思い起こし、八つ手の葉の様な魔威倶を高くかざした。




「血は貰う 地は舐めない おセンチは溜めない


 蹂躙するのは俺 ハッ お前など食― ハッ 前酒にもなら ハッ ない


 ハッ ヴァンパイアに ハッ とっては… ハッ シャングリラ理想郷…ッッァ


 アッ…ハッ…アアアッ…  カハッ―」






そして、BENNY天狗はその場に倒れた。




◇◇◇

(第32話に続く)

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