41. 悲しき灰被り姫、ただちに挨拶に来て 

◇◇◇


41. 悲しき灰被り姫、ただちに挨拶に来て 



結果から言えば、モルダウたちはケイジの仲間になった。



“仲間”という言葉が、昨今のドラマの仲間至上主義のせいで意味合いが強すぎるので、“協力者”というのが相応しいかもしれない。

少なくとも双方がテロや陰謀の類からこの宮廷試験を守ろうとしていることは互いに理解した。



それは言葉で説明するよりも態度で示すよりも、もっと直接的に伝わる方法が為されたからだ。



一瞬で相手の心を打つ魔法。


その呪文詠唱が、ケイジがモルダウにバトルを挑んだとき、偶然にも既に完了してしまっていた。





話数を跨いで、4つの台詞に散り散りになっていたケイジの呪文詠唱を集約すると以下のとおりだ。




「これは大変そうだが嘘つくのはダセえ 俺は大言壮語、うそぶく男だぜ」


「クスリなんざ要らない、んな腐りきったいざない いいか、大演奏を為すのは“人の道”」 


「自分の出自なんざ知らない 俺が辛い戦闘を果たすのは“HIP HOPの意地”」 


「お前の孤独は囚われの姫ごっこ お前の鼓動BEATを俺が撃つBEAT




魔法呪文として詠唱を分析するならば――、


まずバラバラに発言された4節を「大変そうだ」「大言壮語」「大演奏を」「辛い戦闘を」の呪言乗算ライムによって繋げている。



細かい呪言乗算は各節に散らせてあり、


「嘘つく」「嘯く」、

「要らない」「誘い」「知らない」、

「クスリ」「出自」、

「人の道」「HIP HOPの意地」、

「孤独」「鼓動」


が、それぞれ呪節の力を増幅させている。



そして「嘘」・「クスリ」・「出自」・「孤独」の各呪言がそれぞれの節で、モルダウからの問いへの暗鎖アンサーとなり、術者の意志を繋いで連鎖的な術力場が生み出される。



これほどの特異な形状の呪文の中で、伏句フックと言えるとすれば第4節の「鼓動を俺が打つ」で「BEAT」を二つの意味で重ねている部分だ。




―とはいえ本来ならば、別々の対話文として発語された言葉では呪文としての力は弱まってしまう。



それを一つの魔法術式として繋げ、むしろ増幅させてしまったのが、ケイジをグルグル巻きにしていた捕縛用ロープだった。



特殊な金属で作られた捕縛用ロープは、魔法を構築しようとする捕縛対象の魔素の流れを吸い取り、発散させてしまう。

発散のタイミングは、呪文詠唱が完成した瞬間である。

このために、捕縛された者は魔法を発動できない。


それが今回の場合は、途切れ途切れのケイジの詠唱に対して断続的に反応してしまい、呪文の効果をそのまま溜め込んでしまっていた。



そして第4節が唱えられた瞬間、ケイジの身体は強い“雷の魔法”の発現力によって凄まじい魔素の電位差が発生する。


それが捕縛者の身体に強力な磁場を生み、ロープの中を満たしている魔素の乱流が、一斉に同じ方向へと流れ始めた。

現世で例えるなら電磁石のコイルを使った発電実験のような作用だった。


そこへきて元々のロープの機能が、そのまま魔力を発散させようとする。

全ての魔素が同じ方向に流れているのだから、それは発散と言うより魔力の放出となった。



その放出先が―



ロープの端を握り締めている、モルダウだった。




結果として、ロープを掴んでいたモルダウの「心」に電流が走った。



後々のライムの分析によれば、それは精神操作の“夜の魔法”と身体操作の“水の魔法”を合わせた様な術式だったと思われる。

が、ケイジの魔法属性の“雷”による複合効果であるのは間違いない。



韻としても意味としても「ケイジの人格」を端的に表した“人の道”と“HIP HOPの意地”がパンチラインとなって叩き込まれる。



心に雷が落ちるように、脳にパルスが走るように、「記憶」そのものではなくケイジのその純粋なる「志と人格」が、一瞬でモルダウに伝わる。



(その意味では脳や心臓に影響しているものと言うよりも、第6感のようなものに作用しているのかもしれない。)



「(ああ…この男は― …そうか、私…は… )」



姉の懐で抱きとめられたときには全て通じていた。




そうして誤解は氷解した。





―ただ、このモルダウに限って、心を打たれた一番のパンチラインは「捕らわれの姫ごっこ」だった。






モルダウとブルタバは、司法職に携わるエリート官職の家の姉妹として生まれた。

年子なのに顔も性格もあまり似ていなかった。



二人がまだ幼子だったある時、政治的な疑獄に巻き込まれ、一家は離散する。

その際に、二人は別々の家に引き取られ、何をする際も一緒だった姉妹は全く別の人生を歩む。



モルダウはその家の方針で、今で言えば警察官僚を目指すべく、男として育てられた。



元々の才能と教育の効果で、成人後すぐに若くして国軍捜査官になった。

ブルタバとその職場で再会できたのは全くの奇跡だった。


以来、コンビを組んで5年、姉妹と言うより相棒という言葉の方がしっくり来ていた。



モルダウが女だと知るものは長官付きの数名だけで、二人の関係を知らない同僚からは恋人同士くらいに思われていたほど、二人は似ていなかった。


お互いをよく理解してはいたが、まるで違う衣食住の環境で育った姉とは、もう二度と家族に戻れる気はしていなかった。



――自分は家督を継ぐための役、男として人生を全うする。



それは今の家に引き取られた時、成人の儀を迎えたとき、そしてブルタバとコンビを組んだときの計3回、心に誓ったことだった。






ケイジは、ただ彼女の中二病のような孤独論・・・に対して、「悲劇のヒロイン気取りのイタい奴め」くらいの意味でディスっただけだった。

恋愛が上手くいかなかった、こじらせ女子にいかにもありがちの症状に思えたからだ。



が、それはモルダウの心の奥底に刺さる、まさしく“必殺の一文パンチライン”だった。



結果、モルダウの心の扉の向こうにケイジの心が電流のように流れ込んだ。



勝敗というものはこの場合、無かった。

バトルが始まる前に決着したのだから。




「…一つ、K.G、お前に訊きたい」



外傷がないため自力で立ち上がったモルダウは、ブルタバがロープを解く度に地面へずり落ちていくグルグル巻きの男に問いかける。



「お前は一体いつ私を女だと見抜いた…?」




「…? …えっ? あっ、ちょ、えっ?」



ロープを解いてしまえばケイジはほとんど全裸に近い半裸なので、それどころではなかった。



「アンタみたいなかわいい女の子、見たら普通性別を疑わないけど…?」



「…は、はぁッッ…!?!?」



思わずモルダウは顔を背ける。

おかげで急激に紅潮していくのはその場の誰にもわからなかった。


断っておくと、精神年齢37歳のケイジにとって25歳以下の女は「女の子」だ。



「…ッ マセガキが…! わっ、私は…真面目に根拠を訊いて―」



平成を装いながら振り向くと、ロープが全部解かれたケイジはほぼ全裸だった。


それに、極端に神経系統の操作をする魔素が自分の身体を一気に刺激したせいで、その下半身のモノが全力状態になっていた。




「何言っ…何考えてんだお前!!? バカッ、バカバカあああーーーー!!」




思わず目をつぶったまま振り抜いた拳が、ケイジの天を仰ぐ全力様に直撃した。





◇◇◇

(第42話に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る