40. 捕らわれながらもPERSUADER、ほだされたままのDARTH VADER.

◇◇◇

40. 捕らわれながらもPERSUADER、ほだされたままのDARTH VADER. 



この争いの根幹には、一つの論点しかない。



そもそもライムには、突入時点で国軍捜査官の彼らの意図がわかっており、モルダウたちにはライムの身元はわかっていた。


つまり謎の男・K.Gを使ってカッサネール家が何をしようとしているのかを、ライムが説明できれば良いだけだった。


それを「一端の捜査官が納得できるように」「機密を避け、説明できる範囲の表現で」説明するのが難しかったから、ライムは一旦投降し、捜査官たちの上役を引き出そうと抵抗を諦めたのだった。



しかしそれでは、秘密裏に行うはずのこれまで準備してきたこと・・・・・・・・・・・・が想定外に露見してしまう。

そしてケイジ自身も、拘束まではされなくとも監視がつくなど、自由には動けなくなるだろう。



それを踏まえた上での、ライムの苦汁の決断だった。




―が、それを止めたのが、やっぱりケイジだった。



「ライムに… 俺の弟子・・・・に1ミリも触れるな」




「―。…動けないお前に何ができる?」


モルダウはケイジを診療台ごとグルグル巻きに縛り上げた特殊な金属ロープを強く引っ張る。


「ぐっ…!」


この巻きつけられたロープは、魔法師や魔獣を束縛するためのアイテムだった。

束縛対象の発する魔力を吸い取るように溜め込み、発散させて、束縛の外に発現できないようにしている。


つまり束縛された相手は、自分の肉体的な力で縄を解けない限り、逃げられない。

そしてそれはワービーストやオーガと言った腕力自慢の魔獣でもない限り不可能だった。


そしてその縄の結び目はすぐさまライムにも迫るだろう。



捜査官たちに、もうこの二人を逃がす気はなかった。



ケイジにできるのは誠心誠意、正直に弁明することだけだ。




「自分の出自なんざ知らない…! ―俺が辛い戦闘を果たすのは“HIP HOPの意地”ッ…!」 




知らないものは知らないとしか言えない。

本当に相手に嘘を見抜く能力があるならば、それに賭けて真実を語るのが最善だった。



「フン… 捕えられた被疑者は皆そう言う。

 自分の正義だとか、話せばわかるとか、俺にも信じるものがあるとか、お前にも家族がいるだろう、とか。

 だが、それが証明されることも、本当に相互に理解され、分かり合えるということも結局無い。


 これまで一度たりとも見たことが無い。

 当然だ…


 ――人は誰もが生まれながらに孤独なのだから」



「(モルダウ…あなたは今も―)」



それは現世で40年近く生きてきたケイジにも、それなりに思い当たるひとつの真実ではあった。



―だが、真理ではない。




「お前の孤独は囚われの姫ごっこ… お前の鼓動BEATを俺が撃つBEAT!」




口と頭さえ動けば、MCバトルはできる。


今自分にできるのは、相手に自分の人格を納得してもらえるほどに本音をぶつけることだけだ、と悟ったケイジは、バトル展開に持ち込もうと全力で相手を煽った。



「(魔威倶マイクを必要としないケイジさんなら、この状態でも闘えるかもしれない…。

  分散される効果よりも速く、ケイジさんが魔素を結集できるとしたら――)」


ケイジの魔法は、必ずしも自分の内在魔力や外界から取り込んだ魔素に由来しない。

束縛用ロープで防げない可能性は十分ある、とライムは見守りながら計算する。




当然、当のケイジはそんなことは知らない。



しかし、この相手はMCバトルで論破すれば納得し、無茶な武力攻撃に訴えることはないだろう、とケイジのラッパーとしての直感が告げている。


この世界に来てまだたったの数日だが、人生で初めて沢山の人間と戦って、分かり合える人間マイメンになれるかどうかは感じ取れるようになっていた。



「だから―― 戦おう、俺たちがわかり合うために!!」




ケイジが縛られた身体を覚悟で満たした瞬間――





モルダウは、体中に雷が走るかのように、心を打たれた・・・・・・





外傷は全くない。


脳でも心臓でもなく、ただ「心」だけが撃たれた。



「あ… …、 ああ…」


その感覚は、おそらく長い間彼女・・が抱くことのなかったものだ。




「…? これ…は…何がどうなって――?」


捜査官の姿勢から急に戦意が失われたのは、ライムにも感じ取れた。


明らかに室内の魔素が一瞬で大きく変化している。

「検知」の得意なブルタバは、むしろ彼女だからこそ、そのあまりに異常な事態を呑み込めない。



「…ブルタバ、――彼の…束縛を解いてやれ」


「えっ…? ちょっと、モルダウ?」


引っ張りつけていた束縛用の金属ロープを手離して、あわや倒れこみそうになるモルダウを、その相棒が慌てて抱き留める。

それは演技や戯れでなく、本当に脱力した状態だった。



「重ッ…ちょっと!…何言ってるの!?

 モルダウ、あなたやっぱり疲れているのよ…!」


「ああ、今どっと疲れたよ… 」



二人は部屋の真ん中に座り込む。



その状況の因果は、妹を受け止めた姉・・・・・・・・にも、脇で立ち尽くしていたライムにも、それを為したグルグル巻きのケイジ本人にも理解できなかった。



倒れた本人だけが、少しだけ満足したかのように薄く微笑んでいた。



「―モルダウが…笑ってる…?」






「オイオイオイ、なんだいどうした!? どうした、ええい!?

 あぁしか!? あぁしの女神ティメガミティ(女神の力)がようやく効いてきたってかい!?

 ひゃっはぁぁぁああーーー、ざまぁあるまじ!!」



「ちょっと静かにしてもらえますか…?」



ライムは、後ろから起き上がって身を乗り出してきたムジカを、優しくやや強めに再度転がした。




◇◇◇

(第41話に続く)

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