35. 隠れ蠢く陰謀、ハズレ務める神童

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35. 隠れ蠢く陰謀、ハズレ務める神童



フロウ・カマーズニイェル・ヨドミナイトは、方向音痴だった。



まずもって幼少期から今まで、一人で行動するということがほぼ無かった。

必ず付き人が同行して道を先導する。


家柄の理由で、そこらの貴族より敵は多く、政治利用の目的による誘拐などから守るためだ。


1年と少しの学校生活においても、送り迎えには家の者が付き、校内では同世代の少女の付き人が世話をした。

一人でぶらぶらするということも、友達の家に遊びに行くということもなかった。


つまり方向感覚というものだけはまるで育たなかった。



「どこよココ… ちょっと誰かー?」


試験執行委員会のVIPエリア用バックヤードには、人影がまるで無かった。


競技はこの時間がもっとも過密スケジュールであり、執行委員は表に出づっぱりだし、VIPとその世話人も観覧席に出払っているので、当然の状況だった。


建物は普段、国軍が管理する軍用施設であり、敵襲にそれなりに入り組んでいる。

とは言え、機密がやり取りされるようなイベントでもないため、各エリアはほとんど開け放たれていた。



歓声が聞こえる試合会場の方へ向かえばいいものを、フロウは奥へ奥へと進んでしまった。



「いくらなんでも無用心すぎるんじゃないかしら…。まあアタシは有名人だから?人に会って騒がれたりするよりいいけど?

 …。

 …。

 …誰かー。」




「―はい…間違いありません、国王は明日―…」


ボソボソとした話し声が聞こえてきた。


「一部、予選に潜入した者たちが場外工作に失敗しておりますが、そこから漏れる心配は今の所ありません。

 内部に入り込んでいる各員は今日にも手はずが整います。―ええ、―ええ…」


一人の声しかしない。

演劇の練習でなければ、遠隔地との通信だった。



「今夜にも可能ですが… ―はい、予定通り明日決行ということで…」


この世界にはまだ電話は存在しない。

魔鉱石や特殊な生物を使った通話器具はあるが、一般家庭に流通しているようなものではなく、使える人間も限られている。


「―ええ、勿論です、こんな戯けた試験ごと、王宮を粉々にして見せますよ…ええ、草も残らぬサラ地にね…

 後の処理はどうかお願いしますよ…はい、―はい、ではこれで失礼」


通信者は通話を終える。

周囲に他の人間の気配はない。


フロウの位置から通信者は見えない。

声だけが聞き取れる距離をフロウが意図的に保っていたからだ。



(――事情はわからないけど、間違いない、これは敵国の工作員の会話だわ…!)


フロウの家系は代々、国政の中でも軍事に大きく携わっている。

まだ魔法研究以外にはあまり実務に関わらせてもらえていないフロウでも、充分想像できる。



宮廷魔法師試験は、他国からも多くの人間が出入りするため、テロや要人暗殺といった事態が起きやすい。


それはライムがケイジを出場者として推薦した大きな理由でもあったように、各国による毎回恒例の小競り合いであり、国軍も十分に警戒していた。


それでも、毎度何かしらの騒動が起こる。

この通信の主も、運営委員に入り込んだスパイに違いなかった。



(――おおかた試験で騒ぎを起こして、その間に王宮を襲おうってところね…。

 フンッ、小ざかしい工作員なんて所詮下々しもじもじもにも劣るゴミ虫の塵あくただわ。

 今回はこのアタシが試験に参加していたことを後悔しなさい…!)



通信をしていた工作員は一人。

その他には人影は無く、魔具による罠や阻害なども感じられない。


(――まぁゴミ虫スパイの一人ごとき、このアタシが出るほどのことじゃないけど、テロリストをぶっ飛ばせばちょっとは憂さ晴らしに…

 あっ!いや、大事件を未然に防いだとして騒がれれば、1回戦のことなんて帳消しなんじゃない…?

 そうよ、そうだわ!! さすがアタシ…天…才…ッ!)


「ようし…」


勢いづいたフロウには人を呼ぶとか通報するといった発想は無かった。

一人でテロリストを制圧し賞賛される姿のみを思い描いている。




「あのー、ちょっと出口まで案内して欲しいんだけど」


迷子のフリをして通信者に近づく。

フリと言っても、迷子なのは事実だった。


「なんだい、出場者かね? ここは立ち入り禁止だよ」


およそ試験本戦の係の人間で、有名人のフロウを知らないということはまずない。

が、ボロ服で変装している今のライムにはすぐに気付かなくとも無理はなかった。



フロウはライムのように格闘術が使えるわけではない。

速攻魔法用の備えと服の下に持った近接武器を使うにはもう少し近づき、時間を稼ぐ必要がある。



「ていうかあなた、その遠方通信のアイテム、随分珍しいものね?

 そもそも通信アイテム自体、一般に出回るようなものじゃないけど、国軍の特別仕様なのかしら?

 込められた魔法も見たことない、まるで外国製の術式のような―」


通信者は慌てて器具を隠す。

持ち歩くには少し大きいが、カバンに入れられないほどではない。


「そ、そうだよ、軍の貴重なものなんだが、試験期間は係の私たちにも貸与されているんだ…」


「へえー? 国軍が外部の人間にも通信機をねえ?」


「さあお嬢ちゃん、出口まで案内しよう…」


怪しさをごまかそうとした通信者が、フロウに近づいてくる。

隠している殺気が漏れていることに本人は気付かない。



「調べが足りなかったわね」


「え…?」



我が国の軍は・・・・・・、遠隔通信の際はセキュリティ管理上、必ず二人以上で行わなければならないことになってるの」



「あ…いやぁ、今は出払っていて仕方なく…」



通信者が動きを止めたのを見て、フロウはさらに相手へ一歩詰め寄る。



「だから“一人で起動できる通信機器”はこの国には無いわ」



「…!? ックッ―!!」


とっさに襲い掛かろうとする通信者は既にフロウの射程内だ。


「遅いわ!」


アイテムを使って事前に準備した速攻魔法の発動速度を、人間が身体能力で超えるのは不可能だ。

まして術者は名家のホープ。


勝負にならない、はずだった。



―が、フロウは倒れた。



魔法が発動しなかった。


“火精崩傾”が体内の魔素の流れを乱し、かろうじてライムから貰ったアイテムで暴走を抑えているというのが、今のフロウの身体の状態だった。


「(…!? なにこれ…!?)」


一瞬の迷いが身体を硬直させた瞬間、真後ろから手刀が降ってきた。

フロウの意識は一瞬で遠のく。


「小娘を相手に何をやっている、2SEANツーシーンよ」


「か…漢髪かんがみ…!? いつの間に…いや、助かった…」



二人に割り込んだ男は、通信者にもフロウにも、全く接近を悟らせなかった。

もっと正確に言えば、最初からそこにいたこと・・・・・・・・・・・を知覚させなかった。


割り込んだ男は倒れたフロウの身体を仰向けに反転させる。


「コイツは…フロウ・カマーズニイェル・ヨドミナイトだ」


「…!? ヨドミナイトだと!? このガキが…」


「それにこの紋章は―」


男はしゃがんで、フロウの耳に付けられた装飾品を、触れないように調べた。

魔法具だということは見て判るため、何らかの反撃を避けるためだ。


それはフロウからさっき貰ったばかりのペンデュラムだった。



「―これはカッサネール家の紋章だな」


「カッ…カッサネールだと…!?

 試験管理委員会理事のカッサネールと国防のヨドミナイトに繋がりがあるとしたら…まずいぞ、このガキ、間違いなくさっきの通信を聞いたはずだ…」


「いや…」



男は慌てた通信者をたしなめるように睨むと、倒れた小娘を担いで立ち上がった。



「この小娘を使おう」





フロウは連れ去られた。





◇◇◇

(第36話へ続く)

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