34. 姫たる仕置き、秘めたる気持ち、イマイチ沼、BE MY SISTER.

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34. 姫たる仕置き、秘めたる気持ち、イマイチ沼、BE MY SISTER.



ライムの3つ年下であるフロウは、魔法士官学校の頃、1年と少しだけ同じ校舎に通っていたことがある。



ただし交流と言えるものはほぼ無かった。


魔法師として士官を目指すほとんど全ての若者が通う学校であり、大きく広く、校舎も一都市だけに収まるレベルではない。


当時、第4学年次だったライムは生徒会代表委員を任されており、魔法師の名家・ヨドミナイト家の歴代でも期待のホープとされる大型新入生・フロウを、一方的に知っていてその活躍を気にかけていただけだった。


イチ生徒会の先輩と、イチ注目の新入生。

日常の学校生活で関わることはまず無い。



―と、ライムは今でも思っているが、勿論フロウはカッサネール家を当時から知っていたし、その子女が同じ学校にいることは分かっていた。

自分より格上の上級人類は、彼女にとっては全て乗り越える対象だった。



そしてフロウは2年目で全課程をクリアし、ライムより先に卒業した。


1年強の在籍期間中、ライムの魔法の実力が凡庸ということも知ったので、卒業以来もう彼女を意識することはなかった。





「さっきもケイジさんの試合をジッと見てましたよね。やっぱり気になりますか?」


「はあ!? バッ、なんでアタシがあんなヤツを…ッッ! た、対戦相手を見てたのよ!2回戦も3回戦も有名選手だったから、ズタボロにされる情けないアイツの姿を―」


「つまりケイジさんを見ようと」


「ちがッ…」


少なくとも本日出番のないフロウがこの選手用通路にいるのは、何を言おうと不自然なことだった。

幸い周囲にライムと自分以外の人影は無く、この場さえやり過ごせばよかろうとフロウは考える。



「ケイジさんの魔法は、何度も見ている私にもわからないことだらけです。実際に戦ったあなたが心を奪われるのも無理ありませんよ、フフッ」


「なに勝手に勘違いしてんのッ!? アタシはあんなヤツのこともあんたのことも意識なんかしてな――」



フロウが猛抗議しようとした瞬間―


彼女の股間が火を噴いた。



「―ッッッッッ…!?!?」



一瞬で下着が足元に焼け落ちる。

これはアラミスが事前に魔力を込めていたはずの特製品だった。



「ああああああーっつ!!あっつ!!あっつ!!あっ――」



三日前の晩より火勢は弱いものの、消えずに彼女の衣服を焦がしていく。



「…!? これはまさか―“火精崩傾”!? クッ…!」



ライムは一瞬で状況を理解する。

しかし防火用の水桶など無いし、魔法では間に合わない。


とっさに胸についた小さな魔法石のブローチを外して、フロウの股間に押し付けた。


「キャッ!?!?」

「落ち着いてください…!」


火は一瞬弾けたように閃いて、そのまま掻き消えた。




フロウは放心してその場にへたり込む。

ライムも傍で膝をついて、まだ煙のくすぶるローブをはたく。


「大丈夫ですか…?」

「ううっ…なんでよ…なんでまたこんな…アタシばっかり…」


フロウの精神力は限界に来ていた。

今にも泣きそうなその表情は、弱冠15歳の少女らしいそれだった。



「これは―“火精崩傾”…火の魔法の才に恵まれた高度な術者にごく稀に起こる、魔力の暴走現象ですね…?

 只でさえ少ない術者のうち、数百、いや数千人に一人起こるかどうかと聞きますが…」


魔法医学が西洋医学と違う発展をしてきたため、魔法師として優秀な者でも魔法医学に明るくないことは多い。

フロウも、3日前にアラミスに聞くまでその名を知らなかったし、「突発的な魔力制御ミス」としか教わっていない。


「ほんの一時の、はしかのようなものだそうですけど、短い時期に度々起こるそうです…

 前からあったんですか?」

「…。三日前の晩が初めてよ…悪い!?」

「三日前…」


実例が少なすぎて、明確な原因や頻度・周期、症状の範囲などについてはほとんど判っていなかった。



ただし、この「病」が急に発現し、その後しばらく頻発するようになる発動条件については、ある有力な仮説があった。



「フロウさん、ひょっとしてあなたはまさか…」


「…え? え? まさか何? まさか何なの…? (死ぬの…?)」


「ああっ…! い、いえ、やっぱりこれについては…わ、私の口からはちょっと…」


「なんなのよぉぉぉちょっとぉぉぉ!!」



重症であることをうっかり口にしかけて慌てて黙る主治医のようだった。

詰め寄ってくるフロウの肩をさすってなだめながら、ライムは手の上の小さな装飾品を差し出す。



「これは水精の加護を込めたアイテムです。しばらくは使えると思いますので、お持ちください」


ライムの得意系統は水と木の魔法であり、常備タンクやブースターとして日頃から数品身に着けている。

ブローチのようにしていたが、本来はペンデュラムだった。


この場合は、水で火を消すというものではなく、火の魔素が集中するのを水の魔素で妨げ、発火自体を食い止めるという使い方だ。



「…!? そんな下々しもじもの民…じゃないけど、あんたの施しなんて…!」


「最初に焼けた下着には、見たところこれを防ぐための呪刻が施されていたようですが…

 防げなかったということはまた起こる可能性が…」


「も、もっと丈夫なものくらい家にあるわよ!(知らないけど)」


ライムに哀れむような意図はなく純粋に心配からの申し出だったが、負け犬のフロウは面子にかけて突っぱねるしかなかった。


「でもお家に着くまでに再発したら、今度こそ服が丸焦げに…」

「ふんっ、このアタシの身体は炎への耐性が高いから平気だわ!」

「道端で素っ裸になっちゃいますよ?」

「…ッ!?」


着替えや風呂の際に他人の前で裸が平気なライムでも、裸や燃えかけのボロ服で町は歩けない。

まして上流階級意識の塊であるフロウには、到底許せる状況ではなかった。



「この借りは…必ず3倍にして返すわ…ッッ!」



渋々顔でペンデュラムを受け取る。

状況のせいで、本気で言っているということがいまいち相手には伝わらない。



「身に付けとけばいいの…?」

「…えっと多分ですけど、一番いいのは、炎の噴出する穴にコレを直接入れて―」

「ッッ…なッ、そんなところにこんなの入るわけないでしょおぉ!? バカじゃないの!?」

「…でしたら、この紐の部分を使ってお股からぶら下げておくのが―」

「絶対嫌よ!!アホォォおおーー!!」


いつの間にか、憤慨しているはずのフロウをなだめる側のライムが逆に壁際まで追い詰めて、身動きが取れないようになってしまっていた。


「では口とか鼻とか、体内に通じるあなの近くに付けてください」

「ううっ…し、仕方ないわね…」


外見上、一番害のなさそうな耳にイヤリングのように着けることにした。

執拗に耳と髪をなぶられる様にして、よくわからないアイテムは興奮冷めやらぬ少女に装着される。



「うっ…あうう…」



フロウはいつの間にかライムの言われるがままになっていた。


普段なら他人に助けられるどころか、手出ししようとする人間を迷わず叩き伏せるような状況で、相手の助力に甘んじ、あまつさえ助言どおりに、恩に着るような行動。



フロウは混乱する。



―それは3日前にあらゆる点で敗北を感じた相手だったからかも知れないし、その夜宿で見てしまったシーンのせいかも知れない。


―あるいは自身の、年上の兄弟姉妹に従順だという、知られざる自宅での習慣が出ているのかも知れなかったし、



―もっと言ってしまえば、学生当時の本人では認識できなかった憧れの先輩・・・・・への嫉妬心によるものなのかも知れなかった。



「はいっ、これでよし。」



装飾紐がついただけの魔法石、という品物の単純さの割に時間がかかった装着手順のせいで、フロウは何を考えていたのか完全に忘れてしまう。


「(―あれ…? 何してるんだっけ…?)」



「とっても可愛いですよ」



「ッッッツツッッ~~~~!!!! ッラアアアアアアァアァァァアアアァアアーーーー!!!!」




フロウはお礼を言うこともできずに脱兎のごとく全力ダッシュした。


「フロウさん…? あらあら、大丈夫でしょうか…」









「どこよココ…」




付き人を先に帰してしまったせいで、フロウはよくわからない場所に迷い込んだ。

試合会場での道案内から控え室の誘導まで、半目で付き人に手を引かせていたせいで、全く現在地がわからない。




結果的に言えば、試験執行委員会のVIPエリア用バックヤードだった。





◇◇◇

(第35話に続く)

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