19. 己が賭けしもの、物語れり SO LONG.

◇◇◇

19. 己が賭けしもの、物語れり SO LONG.



フロウと言う名の少女は、一瞬ジロリとケイジを見る。



燃えるような真っ赤な髪に、鋭く光る金色の瞳。

キリッと張った目つきは髪色と正反対に、涼やかと言うより冷たい印象だった。


つばの広い黒帽子に薄く長い紫のショール、やや派手な形状ながら漆黒のワンピース。

絵本に出てくる魔法使いのお手本のようなスタイル。


そのまんま過ぎて、ラッパーの衣装どころか文化祭のコスプレ衣装だな、とケイジは失礼な感想を抱く。



ケイジを見たのはほんの一瞬で、少女はすぐに視線を戻し歩き出そうとする。

一瞬ヒヤッとしたが、ケイジの無礼な噂話は聞かれていなかったようだ。


「あのっ、本当に失礼しました」


横からライムが気遣って謝るが、そちらには一瞥もくれない。


去り際に、白い肩からショールが床に落ちる。

が、少女は歩を止める様子が無い。


「あっ、ショール落ちましたよ?」


ライムが拾い上げて後ろから声を掛けると、少女は振り向かずに言う。


「捨てたのよ。下々の小汚い人間にぶつかられたショールなんてもう着られないもの。」


「…え…?」


「ポルトス、新しいものを」

「はい、お嬢様」


少女の隣を歩く、付き人らしい黒服の男が、持たされた少女本人のものらしい荷物カバンから新たなショールを取り出して、少女の肩に掛ける。


「やっぱりこんな下賎な場所、来なければよかったわ。有意義な情報があるとは思えないし」

「下賎、でございますね。しかしお言葉ですがお嬢様、お嬢様も初出場なのですから、事前に経験できることはしておけとのご指示です」


黒服の男はそれなりに長く使えているらしく、少女の悪態を諌める。


「…はぁ。有力な魔法師なんてウチで調べがついてるんだし、それ以外の出場者情報なんてアタシには必要ないわよ。対戦相手を事前に知って研究するだなんて、下々の凡夫がすることだわ」

「凡夫、でございますね。しかし相手側はお嬢様の対策をするでしょうから、お嬢様のどんな情報が出回っているか把握しておくべきでは?」

「今さらアタシを調べるだなんて、下々のド素人もいいところよ。せいぜい無駄な足掻きをしてれば?って感じ」


不遜ながら少女の吐き捨てるような言葉は的を射ていた。

ただし、それを制御するのが黒服の役目でもあった。


「ド素人、でございますね。ただ、第1回戦の相手は、本家のデータベースにも名前の無い、正体不明の人間でしたが…」

「どこかの田舎から出てきた下々の身の程知らずでしょ。アタシにボロ負けして夢破れて田舎に帰る方が、本人にとってもめでたいんじゃないかしら?」


徹底した選民思想。

それは彼女が育ってきた環境を明瞭に映し出すものだった。


モーゼが海を割って歩くように、フロウと付き人はそのまま賭場の人並みを割って外へ出て行った。




一方、ケイジは彼女の態度にさほど腹も立たなかった。


後藤啓治は高校生のMCバトル大会のビデオを見たことがある。

高校生が高校生を相手にラップバトルで「かかってこいよボウヤァ~!」とキメ顔でキメていた。

「ボウヤはお前もだよ!」と盛大に吹いてしまった。


自分で何の責任も負ったことの無い子供がイキるのは当然だ。

無知とはそういうものであり、いずれ鞭を受けて成長する。


今から思えば高校時代の自分自身もそうだったに違いない。

そう考えると、大体の子供が持つ全能感という若気の至りは許すことができた。


ハートは熱く、頭脳はクールに。

というのがラップバトルの基本だが、今のケイジはハートも冷めていた。




賭場中央に貼られたトーナメント表を見るまでは。




ケイジの本戦初日、第一回戦の相手は件の少女・フロウだった。


「…。」

「…最悪の展開です、まさか彼女が初戦だなんて…!」

「いや、なんとなくそんな気はしてた…」



トーナメント表手前の賭け窓口の壁には、各対戦の暫定オッズが張り出されている。


第6会場一回戦・ケイジ対フロウのオッズは、相手が1.01倍、ケイジが99倍だった。


一般的には賭けとして成立しないレベルだが、賭けておくだけで参加率や的中率による特典があるため、賭け自体は存続される。

ケイジは初出場かつ全く名前が知れていないため、有力選手と当たればこんなものだ。


「…まあ別に掛け金が俺たちに入るわけでもないんだろ?外野は好きにやってくれってなもんだ」


ケイジは多少甘く考えてもいた。

トーナメントは試験の一部であり、一度の負けがそのまま失格になるわけではないと聞いていたからだ。

この世界でまだ負けたことが無いせいで、精神的な揺らぎや緩みがMCバトルにおいてどれほど危ういものかを、体感していなかった。


「対戦相手も帰っちまったことだし、選手表も貰ったからもうできることも無いだろ。こっちも戻って対策でも―」


「―いいえ、まだです、ケイジさん」


ライムは少しだけ微笑んだあと、真面目な表情になって賭博窓口へ立ち寄る。



「第6会場一回戦のK.Gにこれを全額」



ライムが財布の皮袋ごと、所持金全額をベットした。


「お…おいおい、そんないきなり全額いかなくたって、もっと様子を見て割のいい相手のときに―」


止めようとしたケイジは、出された財布の貨幣が随分少ないことに気付く。

まだ貨幣全部の種類は知らないが、出会った日にケイジが貰った金額より少ないのは確かだ。


「ああ、なんだ、有り金全部出したんじゃないのか、びっくりしたわ」

「いいえ、これが全額です」

「…?」


「試験の開催自体にカッサネール家も名を連ねておりますので、小額でも家の財産を非公式なこの場で賭けるわけにはいきません。

 これは私が家の外で稼いだ、市井のお金なんです」

「君の身分で、外で働く必要なんてあんの…?」


茶化すように、何気なく発した言葉だった。


「魔法学士になることを許されていない私が、家の力を借りずに学士資格を取るための学費なんです。

 養成学校時代からわかっていたことなので、家に内緒で学士事務所のお手伝いをして、貯蓄していました。」


「楽士になるための…ちょっ、そんなのこんな場所でこんな博打に使うなよ…!」


「いえ、ここで使います」


表情は柔らかだが、冗談を言う目ではなかった。


「初めてお会いした日に話したように、この試験には様々な組織の思惑が絡んでいます。

 先日までのWACKSの襲撃にしても、まだ目的がわかってはいません。想像以上に危険を孕んでいるんです。

 私はそうと知りながら、私がケイジさんを信じて、巻き込んで、身体を賭けてもらっている…。怪我だって、事故だってあるかもしれない。身体どころか命がけかもしれない。


 だからこの試験―いえ、この戦いに、私の魔法学士生命を賭けます」



「ライム…」



「私、言いましたよね。ここへは勝負に賭けるために来たんです!」




「待てよ」



一瞬、空気が変わる。


「それじゃあ筋が通らねえ…。」


ケイジはライムの正面に立って、その碧い両目を凝視する。

初めて会ってから今までに一度も見せたことの無い視線だった。


「それだけじゃないんだろ?

 この“戦い”にはまだ隠されてることが沢山あるってのは俺にもわかる。

 全部話せとも言わない。多分、今知るべきじゃないんだろうし、そういう配慮かな。


 ―だけどなぁ、お前が抱えてるものを俺に押し付けるんじゃねえ。」


「…っ、それは…その―」



「お前の人生は全部お前の人生に賭けろ。」 



ケイジは窓口の受け台からライムの財布袋を取り上げ、代わりに自分の財布袋の中身を全て出す。



「とっくに俺はお前から俺の夢への・・・・・投資を貰ってる。もうこれはお前のでも貴族家の金でもなんでもない、俺の金だ。

 自分のバトルには名誉も誇りも、常に意持ってるもの全部賭けて挑む。

 自分が負ければ全損で裸一貫は当然。そんなのは最初から覚悟の上さ」



ケイジは自分の気が緩んでいたことを自覚した。

ともするとライムがそれを気付かせようと賭けに出たのかとすら思える。



――これは自分のバトルだ。



「俺も最初に会った日に言ったはずだぜ。他人のステージになんて立つつもりは無い」



――自分のバトルのマイクコントローラー主人公は自分だ。




「俺自身の意志で ――俺のHIP HOPを見せてやるってな!」




「ケイジさん…」



放り投げられた自分の財布を、ライムは両手で受け取る。


「―はいっ!楽しみにしています…!」



「…あのう、お客さん、これだと個人の掛け金上限を超えているので全部は無理ですね」

「ええ…?」


窓口の受付嬢に遮られ、先ほどの啖呵が宙を舞って消えていった。



結局ケイジの所持金は大半が窓口から突き返され、計500枚分の賭け札が渡された。










あと、結果から言えばケイジは翌日、完膚なきまでに勝った。




◇◇◇

(第20話に続く)

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