MUSICA
28. 狂人が問う覚悟、降臨・シャトーマルゴー(ワインの女王)
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28. 狂人が問う覚悟、降臨・シャトーマルゴー(ワインの女王)
宮廷魔法師試験3日目、休息日のケイジは次の対戦者を研究しようと、ライムとともに賭場へ来ている。
1回戦はK.Gの大穴を筆頭に、荒れに荒れたらしく、賭博依存者たちが殺気立っていた。
「ケイジさんはもう一回戦で顔が知れているでしょうから、変装して行きましょう!」
というライムの助言で、帽子とスカーフで顔を隠している。
ライム自身もなぜか変装しており、ヒゲ眼鏡のようなもののせいでむしろ目立ってしまっていた。
「くそっ!一回戦だけで有り金ほとんどスッちまったぜ…ぐあぁぁーっ!!」
「それもこれも初戦のヨドミナイト家の小娘が負けちまったせいだ…FU○K!!」
「あの大穴野郎…K.G、だっけ?ド新参のクソガキが…ぶっ殺してやりてえぜ!」
変装は正しかった。
迂闊に立ち寄っていれば、ハズレ馬券を掴まされた敗北者たちに袋叩きにされていただろう。
「ふう…ギャンブル中毒者は頭がおかしいからな…気をつけないと」
「万一のときでも私がいる限り、ケイジさんに手出しはさせませんよ!」
ライムは、このカッサネール領の賭場で騒ぎを起こせばケイジより自分の方がはるかに大騒動になるということを理解していなかった。
最有力馬、フロウを倒したK.Gは、もう飛び込みの雑魚ではない。
ダークホースとして警戒されて然るべきであり、敵もK.Gを研究してくるに違いなかった。
しかし次の第2回戦の対戦者は―
「ううっ…前回の試験で実力NO.1と言われ、今回も最有力視される無免許の上級魔法師、“BENNY天狗”ですか…ケイジさん、つくづくクジ運が…」
「…フロウが最有力じゃなかったの…?」
「U22ではフロウさんが最有力となっていますが… BENNY天狗は23歳なのです」
「そんな今考えたみたいなこと言って…」
賭場での現状のオッズはBENNY天狗が1.22倍。
K.Gの活躍も、結局はビギナーズラックだの何かの偶然だので片付けられてしまっていた。
フロウが「とてつもない不正だ」と騒ぎまわったことは特に話題にならなかった。
ホープが生理とかで調子悪かったんだろう、くらいに思われていた。
しかし、ごく一部の実力者たちは警戒していた。
なにせ最有力ホープを完膚なきまでに叩きのめした、その方法がわからない。
ダークホースが場を乱すことは毎度多少はあったし、参加歴の長い者は対応を都度調整していくことこそが重要だと知っていた。
しかし調整も何も、警戒以上に立てられる対策が全く無い。
少なくとももう一戦、様子を見る必要がある、と参加者たちは考えていた。
その2回戦対戦相手、BENNY天狗。
「BENNY天狗さんは、いわゆる吸血鬼族の眷属であり、ヒト種より圧倒的に身体能力も魔力も優れています…。本来なら真っ向勝負は避け、奇襲で行くべきでしょうね…」
「奇襲、か…あんまり策を弄したことは無いけど、先攻を取って勢いで畳みかけるのが良いってことだな?」
「それに異国の術式を取り入れて、独自の変則的な呪文を組み上げるようですから、発動のタイミングも効果も、非常に読みにくいんです…」
「詳しいな、見たことあるんだ?そいつの戦ってるところ」
「勿論です!彼は前回の最終成績第1位ですから」
「…?1位なのに合格しなかったの…?」
「前回は試験課程に“白眼の蒼竜”の討伐という難関が入っていたせいで、合格者が出なかったんです…一説によると、合格者を出さないための裏工作だったとも言われてまして―」
「なんだよその利権団体のアリバイ作りみたいなの…」
実際、フロウからは前回の不合格者と侮られ眼中に置かれていなかったが、二人の対戦になっていたとしても、6:4、悪ければ7:3でBENNY天狗に分があった。
「養成学校時代ですが、前回試験での彼を研究したレポートがあるので、今夜それで対策を立てましょう!」
「今考えたみたいに用意がいいな… まあそれはさておき、ここからが問題だ…」
ケイジにとっての本題はもっと目の前にあった。
賭け金の配当換金所。
その前に立つケイジの荷物袋には、大穴を当てた500枚の賭け札が入っていた。
賭場の殺気からわかるとおり、コレを換金しにきた人間はただでは済まない。
勿論警備員が配置されているから、この場では事なきを得られるかもしれないが、一歩外へ出た瞬間、絡まれるのは目に見えている。
治安が良い街とはいえ、賭場にはある程度ヤクザ的な組織は絡んでいるし、何より博打中毒者は頭がおかしい。
ライムの権力なら何とかなるのかもしれないが、ケイジは彼女が身分を隠すその覚悟を知っている。
それに彼女は家を出るために独自に稼いでいた財産を全て、自分に賭けてくれようとした。
ケイジが自分自身に賭けた金も、元々は彼女からのいわゆる投資だ。
ここで彼女の正体がバレてしまうようなことは、その覚悟を裏切る行為だ。
「これはもう一かバチか、特攻するしかないな…」
ケイジが無謀な覚悟を決めようとしたその時、不意に後ろから肩をつかまれた。
「…ッ!?」
「いやあぁー無茶苦茶になってんなぁーK.Gさんよぉ」
「!…なんだアンタ…」
「そろそろあーしの出番かなぁとねぇ」
肩に置かれた左手の主は、目が眩むような銀髪にして銀の瞳、年の頃は20歳過ぎ(?)、褐色の肌をした国籍不詳の美女だった。
「えっと…どなたでしょう、ケイジさん…?」
どうやらライムの知り合いでもなかった。
その美貌とは裏腹に、全く底の知れない怪しさと危なさが目の底に入り混じっている。
「いいからいいから、任せとけって―ヘイ、受付のお姉ちゃんよぉ」
ケイジを押しのけて褐色美女は賭場の窓口に身を乗り出す。
かなりこの場所の勝手に慣れているようだった。
「これが一回戦の大穴の賭け札500枚だぁ」
「えっ…?あっ!!ちょ…」
いつの間にかケイジの荷物袋から抜き取られた札の束を、受付のテーブルにドサリと遠慮なく乗せる。
荷物袋を背負ったままのケイジは、全く気付けずに荷物を抜かれたという事実に、言葉が出ない。
「その配当金全部、2回戦のK.Gに賭ける!」
「ええええっ…!?!? ちょっ、ちょっとちょっとちょっとアンタ…!?!?」
ケイジは目の前の光景が理解できず、言葉に詰まる。
慌てる二人をよそに、慌てさせた張本人は涼しい顔で振り返る。
「賭けてる間ってのは、賭け札なんざ只の紙屑と変わりゃしねえ、誰にも狙われねえよ。金自体は賭場の中で動く金にしちまって管理を任すのが一番安全だ。個人で現金さえ持ってなけりゃ襲われもしないさぁ」
「…いや、そうかも知れないけど、金は預けてるんじゃなくて賭けちゃってるだろ!?もし戻ってこなかったら―」
「おや、――次の試合で負けるつもりなのかい、K.G?」
ケイジは一瞬固まる。
「そ…それは…そんなつもりはない!…けど…」
「ならば簡単だ、
「…!(…なんだその理屈…?いや、ここじゃそういうもんなのか…?)」
妙な詐欺か、ケイジに勝たせまいとする賭場の回し者か何かだろうか、実に怪しい風体の美女。
疑問と反論が込み上げてきたが、なんとなくその相手の馴れ馴れしい態度に流されてしまう。
と、そこでケイジは遠い記憶を思い出す。
大人気TV番組「MCバトルダンジョン」。
挑戦者がモンスターと言う名のMCバトル名手に挑み、勝ち続けるほど賞金が増えていく。
途中で負けると、そこまでの賞金が没収されるため、次のバトルを辞退することもできる。
―が、それはダンジョンという大舞台に上ったラッパーにとって、屈辱であり最大の罵倒のネタとなる。
体調が悪いとか、それまでのバトルで声が枯れたというアクシデントが無い限り、全損を怖れず最後まで戦い抜くのが当然であり、その意志の無い者には全クリなど夢のまた夢だった。
負ければ全損の、全てを賭けた戦い。
それは初戦の前にもこの賭場で誓ったはずのことだ。
「――オーデイションごときで負けてちゃ、俺のステージで客をアゲるなんて来世の話だよな。
いいぜ、あんたに騙されてやる。二回戦の
すっきりした顔のケイジを見て、ライムも一旦安心する。
洞察力に長け、この国の常識を知っている分、ケイジの10倍は彼女を警戒していた。
「それにしても、こんな場所で変装したケイジさんをK.Gと見抜くなんて―あなた、一体どこのどなたなのでしょう?」
「あぁしかい?あーしはよぉ」
問われて美女は勿体つけがましく太々しく、小汚いローブをバサリと翻す。
「
その口調と息の酒臭さは、ここ数日で何度も会った酔っ払いの浮浪者そのものだった。
「女…神…?」
「??? …女神様って、アンタ、まさか――」
「言ったろ?そろそろあぁしの出番だってなぁ」
「…あのう、お客さん、掛け金の上限を超えておりますので、結局元金だけを再度賭けていただくことになりますね」
「えええ…」
結局、窓口から大量の配当金が現ナマでケイジに手渡された。
帰り道で襲われるだろうことが確定した。
◇◇◇
(第29話に続く)
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