第27話 誇り高き戦士
診療所に着くとまず、龍の治療が優先された。ナツミは「せっかく別れてあげたのにまた来たの?」と冗談を言って、俺を固いベッドに押し倒して傷口の消毒を始めた。
「我慢しなさい。じきにムトウが来るわ」
ナツミはぷっくりとした唇に指を当ててから俺の唇をなぞって、龍の処置室へ消えた。
「こっちは大したこと無いな」
ムトウは俺の脇腹を見ると、擦り傷に絆創膏を貼るような口調で縫合を始めた。激痛が走ったが、笑われるのが癪でぐっとこらえた。
「木彫り像について教えてくれ」
「部外者は関わるな」
俺の問いに彼は手を止める事なく答えた。
「だが、像は燃えていないぜ」
「……面白い冗談だな」
ムトウは鋏で黒い糸を切ると、鋭い視線を向けた。
「本当さ。龍は草木を燃やしただけだ」
彼はふっと笑うと
「それなら仕方ない、初対面で殴った詫びに教えてやるよ」
と像にまつわる話をした。
「この仕事に就いて暫く経った頃、ロシア人の家族がこの街にやってきた。両親は在日諜報員でニーナという娘がいた。任務は人質となった要人の奪還だった」
それは皐の両親の話だった。
「犯人の要求は『木彫り像』、盗品で当時若葉組が手にしていた。いわくつきの骨董品で、頭に壺をのせた天女の姿をしていた」
「えっ、両親はスパイだったのか」
「若葉組ってのは極悪非道な組織でな、武器の密輸や人身売買に手を染めていた。当然警備は厳重だったが、夫婦は借金工作することで、組とのパイプを作った」
「つまり潜入する為に密猟を?」
「密猟とは知らなかったのかもな。やがて夫婦は非道の数々を目の当たりにすると 、記者に情報を売った」
「告発したのか?」
およそスパイらしからぬ行為ではないか。
「彼らの正義が許さなかったんだ。もちろん記事は情報提供者匿名で掲載されたが、誤算が生じた。警察が動かなかったんだ。悪人が成敗される前に記者が脅され、情報の出所がバレた」
「若葉組に命を狙われたんだな……」
「後は前に話した通りさ。夫婦は愛娘を和泉一家に隠して、出頭する道を選んだ。最後に見かけたミハイルは、日本警察はゾウガメだと揶揄していたよ」
「木彫り像はどうなった?」
「皐と一緒に預かって、土産品の小包としてロシアへ送らせた」
「両親は?」
「消息不明なまま、河口で身元不明の外国人の遺体があがった」
ムトウは腰窓を全開にして煙草に火をつけた。デスクの書類がはためいて床に落ちる。
「遺体を確認したのか?」
「まさか、俺は闇医者だぜ。三面記事を見ただけだが、こんな小さな街では間違いないさ。その後裏ルートから、要人が解放された話を聞いた。スパイは誇り高き戦士だった」
「話は終わりか? 七年前の事件ってのは?」
篠塚の報告によれば、ムトウ自身が警察沙汰になったのも七年前だ。
「何だ、そっちを知りたいのか。簡単に言えば和泉一家の本部長の山田という男が、若葉組のナンバー3を殺った」
ムトウは超満月を見上げ、煙草を燻らせながら話を続けた。
「山田の爺さんは堅物でな、あちこちで恨みを買ってた。
「なぜ送ったはずの像があるんだ?」
「俺もなぜ爺さんが持っていたのか、不可解で気味が悪い。思えば若頭の指示で小包を送ったのは爺さんだったが、以来おかしな言動をとることがあった。当時はボケたのかと思ったが、あれは像に憑かれて買い戻したのかも知れないな」
「今になって処分する訳は?」
「さあな。いわくつきってのが何なのか探ってみるから、暫くアレを預かってくれないか?」
「……俺を殴ったやつを信用するのか?」
「臓器は避けてただろう? 手塩にかけた娘をたぶらかされたんだ、当然の報いだよ」
ムトウはにやりとしながら抗生剤のシートを差し出した。
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