第14話 医療事故
正午まで診療所に滞在し、迎えに来た篠塚の車に乗り込んだ。子熊の話を聞いてから、魔物の存在感に釈然としないながらも、その件が神の怒りをかったのではいかという考えが浮かんでいた。
馴染みのテーラーに寄り、新調したスーツに着替え革靴に履き替えると、にやけた店主が「まあ! 韓国スターのようですよ」とお世辞を並べた。
「ムトウに関する調査に進展がありました。彼は研修医の頃に、医療事故の責任を負わされて辞職しています」
篠塚は運転しながら茶封筒を差し出した。
資料を確認すると、研修医のムトウがCT写真の裏表を違えた為に、正常なほうの腎臓を摘出したとある。
「元同僚の話では、彼は単なる助手でした。手術前に気付いた看護師が指摘したそうですが、執刀医は二日酔いで聞く耳を持たなかったのだとか」
「執刀医は……院長の次男坊か」
「ええ。全責任をムトウに押し付けて隠蔽工作したわけです」
「それで闇医者に?」
「茜橋から飛び降りた所を、和泉一家の若頭に助けられて、その恩に報いるために闇医者をしているようです」
茜橋と言えばこの街のパンフレットにも載っている、レンガ造りの美しい眼鏡橋である。昭和の頃はそこを鉄道が走っていたように記憶している。
「和泉一家と言うと、確かここいら一帯を仕切る大きな組だな。ナツミとムトウの接点は?」
「同じ病棟に勤務していました。写真を指摘した看護師というのがナツミさんです」
「……二人は以前より繋がっていたのか」
「はい。二人は事件後から交際を始めて、七年前にムトウが警察沙汰になったタイミングで一度切れたものの、復縁しあの診療所へ移ったようです」
資料にはあの和建築が、ナツミ名義であると記載がある。
「ありがとう。こちらは皐の実父が密猟者だった事がわかった。関係者にあたれば何か分かるかも知れない」
俺は茶封筒を篠塚に託すと車を降りた。
重役会は、療養の噂を聞き付けた後任を狙う幹部たちの槍玉にあい、倍近くの時間を要した。
社長室に寄り、ブラインドの隙間から外の景色を眺める。この街も近代化したが、ここから見える夕日と眼鏡橋だけは変わらない。
ナツミが俺と一緒になりたかったのは、金の為だったのだろうか。
「長引きましたね」
「ありがとう。針のむしろだったよ」
珈琲と引き換えに篠塚に議事録を渡すと、彼は素早く目を通す。
「何かありましたか?」
「いや、問題ない。スタッフの空調服を刷新することになったよ。デザインは地元のアーティストに依頼する。それから、いよいようちにもマスコットキャラクターを導入する」
みどり園にはマスコットがいない為、現状は市の着ぐるみが街起こしの一環として週末ショーに出演し、その役を担っている。
名産物の柿をモチーフにした着ぐるみで、他に優先するイベントがない限り園で会うことが可能である。
「ビッグプロジェクトですね。グッズも製作するなら、かなりの予算が必要ですね」
「ああ、お柿ちゃんの方は市の百周年記念事業でスケジュールが空かないらしい。それでみどり園独自のマスコットを導入して平行して扱っていくことになった」
最近はSNSの普及でマスコットの役割も重要なものになっている。
「それで、どんなキャラにする予定ですか?」
「デザインを社内で募って、決まり次第名前を一般公募する事にした」
「わ、私が応募しても?」
冷静沈着な篠塚にしては珍しく、興奮した声色である。
「もちろんだよ。君がやりたがるなんて珍しいな」
「ええ。実は美大出身なんですよ」
敏腕秘書はミラー越しに黒縁の眼鏡を光らせた。
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