第5話 面接

 数日後、嫌がる皐を連れて道具屋を訪ねると、先だっての妊婦の優子が出迎えてくれた。

「あら、お人形のようなお嬢さんね」

 彼女は笑顔になると、作業パンツに腰袋を提げた男に声をかけた。男は手にしていた腰丈ほどもあるハンマーを壁に立て掛けると、狭い通路をこちらへやって来た。

「初めまして。主人の兎拓郎です。そちらが、アルバイトご希望のお嬢さんですか?」

 二人は夫婦のようだが、無精髭の主人は優子よりかなり歳上に見える。

「はい。この子が……」

「皐です。あたい、ここで働けますか?」

 皐は急に素直になると、頭を下げた。


「皐ちゃんね。初めまして、優子です。こっちのおじさんは拓郎さんよ」

 優子が微笑むと、皐は二人の名を指差し確認する。

「優子、拓郎」

「皐、優子と拓郎だ。すみません、日本語が下手なもので」

 俺は慌てて取り繕った。この様子では貸し本屋の主人の事も、呼び捨てていたのかも知れない。

「皐ちゃんは素敵な髪の色ね。どちらのお国かしら?」

「あたいは捨て子だから、親はわからない」

 その言葉に優子は小さく驚き表情を雲らせた。大きなお腹を下から両手で支えながら、「ごめんなさいね」と頭を下げる。

「構わないよ。この身体は気に入っている」

 皐が笑う。

「あの、何かあれば私が責任を取ります。無理を承知でお願いします。皐を使ってみて貰えませんか?」


 深々と頭を下げると、主人の拓郎は軍手を外して右手を差し出した。

「勿論うちでお預かりいたしますよ。皐ちゃん、今日から働けるかい?」

「働くよ!」

 皐はぱあっと笑顔になると、銀髪を後ろで束ねる。

「お時間があれば、丘さんもここの仕事を見学していかれますか?」

「ええ。是非とも手伝わせてください」


 

 腕捲りをして夕暮れまで手伝い、ちゃっかり夕飯をご馳走になってから帰宅した。皐はやや興奮気味にランタンを持ってきて、教わったアンカーボルトの種類を復習した。

「あんなに嫌がっていたのに、急に決めたのはどうしてだ?」

「拓郎と優子は良い匂いがした」

「匂い?」

「うん。森と同じ匂いだ」

 残念ながら俺にその感覚は無いが、とにかく皐は二人を気に入った様子である。

「でもな、いざという時には俺がお前を養えるし、仕事を与えることも出来るんだ。無理はしなくて良いんだぞ」

「知っている、篠崎が教えてくれたからな。でも記憶が戻ったら、平次はここを去るかも知れないとも言っていたぜ」

 


 夜中、アォーンという遠吠えが聞こえた気がして目が覚めた。ダウンジャケットを羽織り外に出ると、辺りは暗く静まり返っている。先ほどまで降っていたのか、土と木々が濡れていて雨の匂いがする。見上げると、樹間から見える美しい満月が心に染み入る。

 皐の言葉を反芻する。確かに彼女を養う資格はないのかも知れない。

 俺はしばし感傷に浸っていた。だから、獣が近づいた気配に気づかなかった。


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