第9話 再会
翌日は午後に重役会議があり、俺が道具屋を訪れたのは夕方だった。
「こんにちは」
「あら丘さん。皐ちゃんならもう上がりましたよ」
最近は日が落ちるのが早いので、店主は皐を明るいうちに帰してくれていた。
「ええ。今日はご主人にお話が」
「ごめんなさい、主人は出かけていますの。もうすぐ……あら、ちょうど帰ってきたわ」
主人の拓郎は、黒髪を後ろで束ねた男を連れて戻ってきた。
「拓郎さん、丘さんがお待ちだわ」
「それはお待たせしてすみません。どんなご用ですか?」
拓郎は連れの男の案内を優子に任せてこちらへ来る。
早速ムトウに会いたい事情を話すと、拓郎は眉間に皺を寄せて答えた。
「彼は森の奥に上手く隠れていましてね。存在に気づいたのは、優子の父から森の仕事を引き継いだ頃です。ちょうど大きな台風が来て、巨木の倒れた向こうにあの家を発見したんです」
「ああ……」
空に月の見える、樹間の付近だろう。
「出ていくように言おうと思った矢先、皐ちゃんの存在を知りましてね、私なりに見守ってきたんです」
「では、私と皐も……」
「いや、このまま住んでいただいて構いません。そのかわり、森に異変を感じた時に教えて貰えませんか?」
「と、言いますと……」
「兎家は代々神社を守り、神に代わり森を守る役目を担っています。ですが義父が亡くなり、妻が出産する今、私一人では管理が手薄になる」
「なるほど、由緒ある神社なんですね」
「六百年前から続いています」
正直見くびっている部分があった。あの小さな社にそんな歴史的価値があったとは、驚きである。
「それであの立派な御神木なんですね」
「ええ。社を建てる前は、御神木がその役割を果たしていました」
「事情はわかりました。私でよければ、微力ながらお手伝いさせていただきます」
「ありがとう。ムトウについては、彼の方が詳しいので……」
拓郎は奥の友人に声をかけた。すらりと背の高い、赤いピアスの男がこちらへやってくる。
「彼は竹下君、楽器店を営んでいます。ムトウと面識があります」
「あら、こちらの渋くて素敵な方は?」
竹下は足が長く、顔に笑い皺が多めな色男である。
「丘平次さんだよ。うちで働いてる皐ちゃんのパートナーだ」
「あら、あの可愛らしい銀髪娘の?」
竹下は独特の口調で話す。
「居候です。ムトウさんの居所をご存知ですか?」
「うちのお客様よ。行きつけの飲食店なら知ってるわ」
「不躾で申し訳ないのですが、その店を教えていただけませんか?」
「いいわよ、今から行きましょう。私の恋人も一緒でもいいかしら?」
彼はばちっとウインクして名刺を俺のポケットにねじ込んだ。
表に出ると辺りは薄暗く、橋の上に黄緑の乗用車が停まっている。
「お待たせ、ボブ」
運転席の男が降りてきて、二人はキスを交わした。
「ボブ、こちらは平次ちゃんよ。ムトウさんをお探しなの。今夜はビアンカの店で食べましょう」
平次ちゃんと呼ばれたのは初めてであるが、悪い気はしなかった。
「久しぶりにパエリアを食べたいと思っていたんですよ。初めまして、俳優のボブと言います」
ボブと名乗った若い男は日本人のようだが、ドレッドヘアである。
俺達が後部座席に乗り込むと、車はスピードを上げて街の中心部へ向かい、小一時間で『アンダルシア』という看板の店に停まった。
「ここに、ムトウが?」
店の中は薄暗く、ギターを抱えてスペイン語で歌う髭の男がいる。
「よく見かけるわ。彼の恋人がここの踊り子なのよ」
暫くすると中央の舞台にフラメンコを踊る厚化粧の女性が現れる。
「あ……」
手拍子と共に華麗にステップを踏む踊り子は、数か月間探していた人だった。
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