第3話 森の家
暦を数えて満月の朝、俺達は大きな鞄を背負い兎神の森へ向かった。森の周りに沿うように小川が流れており、短い橋を渡った建物の裏手に回ると、木製の鳥居を構えた神社の奥に鬱蒼とした森が広がっている。
俺達はその小さな社を横目に奥へと進んだ。
「まさか危険な奴はいないよな?」
人が入らない森なのか舗道はなく、慣れない獣道に息を切らして休みながら進む。
「いるぜ。熊や蛇に気を付けろ」
「げ……」
皐は俺より大きな荷物を涼しい顔で担いで、時折振り返りながら歩く。
太陽が昇りきった頃、やっと家に辿り着いた。
「ここか……」
想像よりもずっと簡素な造りの掘っ立て小屋が、彼女の家だった。木製の壁に蔦が縦横無尽に這い、小屋の気配を隠している。
皐は荷物を下ろすと握り飯を俺に分けた。
「この家、襲われたりしない?」
「大丈夫、狼は友達だし、熊はここには来ない」
荷をほどくと、縄のようなものを取り出して柱に固定し始める。
「これは?」
「ハンモックだ。これで眠るんだ」
そう言うと彼女はもうひとつ同じ物を取り出し、こっちに投げた。
「平次の分だ。そっちの柱に固定して」
小屋の内部は外見とは裏腹に、素人目にもしっかりした造りだった。地面は一部分が土間であとは床板が敷いてあり、窓は小さいが柱は太く筋交いが入っている。断熱材も貼ってあり、これなら冬も越せそうだ。
「ひゃっ」
もぞもぞと這う黒いモノに気付き声をあげると、皐は笑ってそれを器用に指先で挟み窓から外へ投げ捨てた。
「掃除しよう。水は外のタンクに溜まった雨水を使う。足りない時は、小川の水を汲むんだぜ」
「雨水?」
外へ出てみると、貯水タンクらしき物があり、下の方に鉄製のコックがついている。
「ろ過しているのか……」
ぐるりを観察すると、トタン屋根の下に薪や釜戸、小屋の上には太陽光パネルらしきものまである。
「夕方、神事がある。神様に帰省を報告しよう」
薄暗くなると彼女に連れられて、昼間来た獣道を再び歩いた。ランタンの灯りを頼りに道なき道を進む。
神社の方角から琴の音色と鈴の音が聴こえてくる。やがてその音は大きくなり、草の生い茂った辺りを抜けると、急に目の前に無数の提灯の灯りが見えた。
装束を纏ったふくよかな巫女が神楽鈴を片手に舞うのが見えるが、取り囲む人影はまばらである。
「あたいはここから先へは行けない。森に暮らしていることは秘密だから」
「え?」
「こっちだ。ここに、御神木がある」
彼女は手を引いて、俺を案内した。樹齢千年はありそうな杉の、圧倒的な存在がそこにはあった。
注連縄の張られた御神木に手を合わせ、あまり虫が出ませんようにと祈る。
「なぜ秘密にする?」
「ダディは警察に追われていたから」
「罪を犯したのか?」
女と街へ下りたのは、新しい隠れ家を見つけたという訳か。
「警察が信じてくれないんだって。あたいだって、今はダディを信じられるか分からない。だって急に知らない女と消えたんだよ」
「彼はどんな仕事を?」
「人を助ける仕事だって自慢してた。連絡があると夜中でも出かけていたよ」
皐には悪いが、現段階でムトウを信頼できる理由は一つも無かった。願わくばここに彼が戻らないように、ともう一度神に祈った。
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