第25話 対峙

《拙者をまた撃つのか》

 魔物の低い太い声が響く。黒い獣は銃を知っている……?

「これに撃たれた事が?」

 なぜ目の前の得たいの知れない生物と平然と会話しているのか、自分でも不思議だった。黒ずくめの放火男は地面に突っ伏したまま、叫び声すら上げなくなった。

《させぬ》

 魔物は翼を大きく広げると、神速で麻酔銃を叩き落とした。

「うっ……」

 右手に痛みが走る。銃を拾おうとするが、魔物はそれをくわえて放り投げた。グルル……という唸り声が暗闇に響く。


 俺は魔物と放火男の間にかろうじて立ちふさがった。男は失神したのか反応が無く、止血した布切れは深紅に染まっている。

《神は絶望された》

 急に視界が悪くなり、ライトの充電切れに遅れて気付いた。暗闇に声が響き、琥珀色の瞳だけが妖しく光る。


《邪魔だ、ね》

 闇に目が慣れてくると、魔物の輪郭が浮かび上がった。よだれを垂らし、俺を食おうか算段しているように見える。

 魔物は牙を剥いたまま、ゆっくりと近づいて来る。眼光に足がすくんで動けず、太腿を拳で叩いた。

「動け、足……」

 半歩後退りしたその刹那、魔物の牙が俺の脇腹を襲った。飛びつかれた衝撃で俺は土の上に転倒した。

「ううっ……離れろ」

 地面を転がったが魔物の顎は容易には外せず、痛みか恐怖からか、血の気が引いて気が遠くなるのを感じた。


『その者を放て』

 聞き覚えのある低い声がして次の瞬間、魔物がギャンと叫び声を上げた。月明かりでもはっきりも分かる程に真っ白な狼が、魔物の首に咬みついていた。


 魔物は俺から離れると、白い狼と対峙した。


『居候、男を離れた場所へ』

 頷いて放火男を担ごうとしたが、脇腹に痛みが走って男を引きずった。ここは森のどの辺りだろうか、皐でないと分からない。

 とにかく大木の方へ進み、放火男を座らせ幹にもたせかけた。目を凝らしたが、銃は近くには見当たらなかった。恐る恐る自身のシャツをめくると、脇腹の出血はしばらくは耐えられそうである。


《ならば、生け贄に巫女を差し出せ》

 魔物は白い狼の前で、翼を広げた。自分を大きく見せて威嚇するように、唸り声をあげる。

『放火犯も巫女も渡さぬ』 

 真っ白な狼の後ろ姿は美しく、ピンと立った太い尻尾は魔物に臆していなかった。

《フ、ハハハ……》

 魔物は笑い声を上げた。

《先祖が神と交わした契約を忘れたわけではあるまい? 森に何かあれば、巫女は生け贄だ》


『……私は森の平和に尽力してきた。お前こそ、もう人を殺めたくないのではなかったか?』

 魔物と白い狼は同時に飛び出した。

 二匹の獣はお互いの攻撃をかわして斜面を登り、大きな岩の上で向き合った。 

《左様、だが神には逆らえぬ。神は信じて眠りに就かれた。裏切ったのは人間だ。600年の時を経ても我々は愚かな生き物だ》

 魔物はと言った。俺は朦朧とした頭でこれまで聞いた話を繋ぎ合わせた。森に火を放った武将の成れの果てが魔物であり、神の意思により罪人の命を奪うのが役割であるなら、生け贄の巫女とは何の話だ? それに目の前の白い狼は一体……?


 魔物は翼を広げて羽ばたくと、放火男の目の前に降り立った。

《我は償わねばならぬ。罪人には制裁を》

 魔物の口から唾液が滴り落ちる。

『もう充分ではないか! これ以上殺すな、お前が苦しむだけだ』

 白い狼の言葉が響くと、魔物は小さく笑った。

《拙者がやらずとも、神はまた魔物を造り出されるであろう。犠牲は一人で良い》


 白い狼が走り寄るより先に、魔物が放火男に牙を剥いた。

「『やめろ!』」

 それは瞬く間の出来事だった。俺と白い狼は同時に叫んだ。


 だが叫び声あげたのは、放火男ではなく魔物だった。


 















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