第17話 密猟のわけ


 拓郎はへなへなと床に崩れ落ちた。竹下は彼を抱き起こすと、処置室の入り口まで肩を貸した。

「私は店へ。優子におめでとうと伝えて」

「ありがとう、おケイ」

 拓郎が中へ入るのを見届けると、竹下は佐久間医院を出た。俺もそれに倣って小川沿いの曲がりくねった道を道具屋へ向かった。


「おケイって呼ばれてるんですね」

「だって、圭吾って男っ振りな名前でしょう?」

 そういえば下の名前は圭吾と聞いたな、と記憶を辿る。外見は渋く格好良いのに面白い男である。

 清々しい気持ちで落ち葉の溜まった舗道を歩く。産声を聞いたのは生まれて始めての経験だった。想像よりも遥かにか細く、感慨深く、なぜ佐久間医院なのかという疑問は忘れていた。


 

 道具屋に着くと、竹下は慣れた手つきで台帳をめくった。

「竹下さんは時々ここの手伝いを?」

「親父さんが倒れた時にね。大体の事はわかるから聞いてね」

 彼はカウンターのパソコンを開くと、予約表を確認し始めた。

「配達はキャンセル出来ないから、私達で行きましょう。ここ、ネット店もあるから迅速に対応しないといけないの」

 楽器店のほうは大丈夫なのか尋ねると彼は、「ボブと従業員がいるからノープロブレムよ」と細い目で笑った。


 残っていた値札を貼りながら例の相談を持ち掛けると、竹下はキーボードを打つ手を止めた。 

「熊を殺しては駄目。神の怒りをかうわ」

「失礼ですが、魔物がいる根拠は?」

 熊を野放しにしておけば、また襲われる危険性を伴う。

「親父さんと拓ちゃんが襲われているの。優子も目撃している」

「……翼を持つ、黒い狼にですか?」

「そうよ。あ、ネット注文が3件入っているわ。やっつけちゃいましょう」

 竹下は狭い通路を歩き、南京錠とレーザーポインタ、それに戸車を4つ準備した。


 店は臨時休業にし暖簾を外していると、篠塚がやってきた。

「どうした、トラブルか?」

 篠塚は薄着のまま車から降りると、ぶるっと体を震わせた。

「皐さんの両親が密猟していた理由がわかりました」

「しっ、中に竹下がいる」

 篠塚は声を落として続けた。

「メジロは暴力団の資金源となっていました。皐さんの両親は彼らに多額の借金があり、返済のためメジロを捕獲していました」

「皐の素性がわかったのか?」

 ごくり、と唾を飲み込む。

「はい。父親はミハイル・イリーイチ・ポポフという人物です」


「ミハイルイリーチポ…何だって?」

 舌を噛みそうな名前である。篠塚は苦笑して手帳をちぎると、片仮名で名前をメモしてよこした。

「サツキという響きは和名ですから、本名ではないのかも知れません」 

 それにはずっと違和感を持っていた。だが当の本人が本名だと言っているのだ。

「で、メジロがどうして資金源になるんだ?」


「『鳴き合わせ会』という言葉を聞かれたことは?」

 篠塚は黒縁眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら話した。

「いや……」

「簡単に言うと、美しい鳴き声を競う会ですね。そこで優勝するような鳥は数百万で取引されるのだとか。日本のメジロは捕獲が禁止されていますから、密猟させていたというわけです」


 ガラリと引き戸の音がして、竹下が店から出てきた。配達用の折り畳みコンテナを抱えている。

「ここにいたのね。拓ちゃんから電話があって、母子共に元気だって! 外は冷えるから、中で話すと良いわ。戻るまで電話番をお願いできる?」

「もちろん。子供はどっちだった?」

 道具屋の跡取りなら息子が良いだろう。


「女の子よ。兎家は女系一族なの、巫女しか生まれないのよ」

 私も兎家に生まれたら良かったわ、と竹下は冗談を言って黄緑色の愛車に乗り込んだ。


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