第15話 色鉛筆
怪我から一週間が経過した。早朝から見舞い、マスコットキャラクター募集の話をすると皐は目を輝かせた。
「あたいも描きたい」
社内公募だと説明すると、肩が痛むのか皐にしてはめずらしく、あたいだって社員みたいなもんだろうと、口を尖らせて駄々をこねる。
「平次の名前で応募すればいいじゃない」
ナツミの提案に皐は嬉々として言った。
「そうしようぜ!」
「お前ら……社長が応募したら皆が気を使うだろう? 第一その肩で描けるのか」
抜糸はまだ先である。
「スプーンも持てるようになったし大丈夫よ」
ナツミの言葉に皐は大きく頷く。
「でもあたい、みどり園に行ったことない」
「え! じゃあどこでデートしてるの?」
ナツミの発言は、みどり園が街唯一のテーマパークであることに起因している。
「でぇと?」
「平次はどこか連れていってくれないの?」
彼女は冷ややかな目で俺を見る。
「平次はいつもナツミを捜していたから」
「え?」
「き、記憶が無かったからな、お前が失踪したのかと思ったんだ」
急に恥ずかしくなってしどろもどろに補足する。
「平次はずっとナツミを探していたぜ。ナツミは平次の事嫌いになったのか?」
ナツミは皐の頭をふわりと撫でてから、部屋の隅に行きポットの湯を急須に注いだ。
「私はあなたの義父様と結婚したの。仕事人間はもう懲り懲り。皐ちゃんもこんなオジサンやめておいたら?」
「……平次は虫が嫌いなんだ。あたいがいないと逃げ回るんだぜ」
皐は温かい日本茶をふぅふぅと冷ましながら話した。
「彼にそんな弱点が?」
「うん、それに食事を作らないと薬で済ますんだ」
「ビ、ビタミン剤だよ」
慌てて捕捉する。
「それに風呂に入らない時は、パンツも履き替えない」
「やだぁ、あなた以前はアイロンのかかった服を着ていたじゃない」
ナツミは鼻をつまむ。
「そりゃ、ハウスキーパーがいたからな」
本来の俺は面倒臭がりで、死ななければ問題ないタイプの人間である。仕事に没頭して衣食がどうでもよくなる事もある。
「それに会社に行かなくても、いつも仕事してる」
皐は話を続けた。
「ほら、そうでしょう?」
ナツミは全身で大きく頷いた。ナース服は痩せていた頃の物なのか、ボタンがはちきれそうである。
「仕事するのは篠塚たちの為だ。きっと平次はお爺ちゃんになる前に、やっておきたい事がたくさんあるんだ」
生き急いでいると言いたいのか、「だから大目に見て世話してやるんだ」と皐は言った。
「皐ちゃんは優しい子ね。でも遠慮しちゃ駄目よ。デートして、指輪もおねだりするのよ」
この人は善人に見えて女心がわからないんだから、とナツミは皮肉を言った。
「あたい指輪はいらないから、色鉛筆がほしい。一度、使ってみたかったんだ」
皐の言葉に感動して、すぐに文房具屋へ向かい、スケッチブックと24色の色鉛筆を購入した。
診療所に戻ると皐には会わず、紙袋をナツミに託して兎道具屋に向かった。
「社長、またあの店の手伝いを?」
運転する篠塚はミラー越しにこちらを見た。
「ああ」
「少し調べたところ、拓郎はもと銀行員で優子のところへ婿養子に来ています。どうもあの神社はいわくつきのようですね」
「ああ。竹下から色々聞いたが、まともじゃないな。魔物がいると信じている」
「ではなぜ……」
車は市街地を抜けると小川沿いに蛇行しながら走り、道具屋の前の短い橋に停車した。
「皐が気に入ってるからさ。兎夫妻からは森の匂いがするそうだ。こちらは引き続き竹下にさぐりを入れてみるよ」
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