第23話 不協和音
薄茶色い兎が優子だと皐は主張した。
「それはちょっとありえないかな」
一笑すると
「でも春ちゃんの絵本にあったぜ。カエルが王子様になる話とか、鶴が娘になる話」
と彼女は頑張った。
「そんなのは、おとぎ話だよ」
苦笑すると、彼女は大真面目な顔で言った。
「でも優子さんと同じ匂いがしたし、感じたんだ。間違いない」
突然、外でガガシャン……という嫌な音がした。
「何だ?」
「様子を見てくる。外へ出るなよ」
皐を店内に残し、音のした神社の方角に目を向けるが誰もいない。反対側からエンジン音がして建物の表に回ると、キャップを被った男が黒い軽トラックで走り去るのが見えた。
「丘さん、今の音は?」
出てきた拓郎に事情を話すと、彼は神社の方角へ勢いよく走り出した。後を追うと彼は御神木の向こうの茂みで立ち止まった。
「不法……投棄?」
「やられました。神社から侵入するとは大胆な犯行です」
足元には家電品やキャリーケース、錆びた金庫など十数点が転がっている。拓郎は踵を返すと、足早に歩き出した。
「どうするんですか?」
「台車で運び出します」
「警察へは?」
「後で自治体と警察に届ける。撤去が最優先です」
拓郎はスマートフォンで現場を撮影すると、すぐに運び始めた。とにかく手伝い、全てを道具屋の東側の一角に運び終えると、春先とはいえ汗が滲んだ。
「軽トラックはここまで入れませんよね?」
「ええ。おそらく折り畳み式のリヤカーを積んでいたのでしょう。白昼堂々とはなめられたもんです」
拓郎は憤りを隠せないでいた。
「ああ、どうしましょう」
いつの間にか優子がいて、蒼白な顔をしている。
「とにかく、届け出てくるよ」
目撃者として拓郎に同行した。幸い軽トラックのナンバーは記憶していた。
警察と役所を回り、店に戻る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
「月が明るすぎるな」
拓郎の言葉に東を見ると、赤みを帯びた巨大な月が頭を出している。
「スーパームーンだそうですね」
今朝、気象予報士が興奮気味に話していたのを思い出す。
「ええ。今夜は何かあるかもしれません、気をつけると良い」
拓郎は含んだ物言いをした。
「まさか……魔物が出るとか?」
思い付いて冗談を言うと、彼は神妙な面持ちで
「丘さんは犯人ではないので、大丈夫だとは思います」
と言った。
数日ぶりの掘っ建て小屋は、湿気った木の匂いを懐かしく感じた。
皐は満月に浮かれて花見がしたいと言って、夜も更けてから俺達は神社に向かった。彼女は隠れ暮らしてきた為、桜を夜に愛でる習慣があった。拓郎の言葉が脳裏を過ったが、皐の望みを優先する事にした。
「綺麗なもんだな」
月と灯籠に照らされた花弁は神秘的な感じがして、少し感動した。
「誰だ?!」
人の気配を感じて振り向くと、黒ずくめの男が立っている。
「テメェこそ誰だ?」
男の右手にライターが鈍く光っている。背格好から直感的に夕刻に見た人物だと感じた。
「それで何をするつもりだ?」
「関係ねぇ」
「ここは大事な森でな。お前その茂みの向こうにゴミを捨てた奴だろう?」
「……お前がサツに垂れ込んだのか! ゴミは焼却する」
「もしや、あの鞄か?」
運び出したごみの中に南京錠がついた革製の鞄を見た。鞄は現在、道具屋の敷地にある。
「おい待て! そこには……」
男は制止をよそに茂みに突っ込むと、ゴミのあった暗闇にライターと黒い物体を投げ込んだ。
「平次、火事だ! 森が燃えてしまう」
着火材だったのか、あっという間に炎は燃え広がった。
「消火器を!」
皐は頷くと道具屋へ走った。
「お、お前のせいで尻に火が付いちまった。もう組には戻れねえ」
男はそういうと、森の奥へと逃げ込んだ。俺はジャケットを脱ぐと神社の手水に浸け込んで、広げて炎へ投げた。
炎はすぐには消えず、俺は上半身の服を全部濡らして、炎に叩きつけた。
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