第九話 誤解


 ケンの怒りは収まるはずもなく、彼は続けてまくし立てます。


「どうせ不倫だろ? そんでもって奥さんにはしてもらえないような行為までヤラされて……欲望や金に目がくらんでそれでお前は満足なのか?」


「ルイは独身だから不倫ではないし! 赤の他人の貴方に私のルイをけなされるいわれはないわ! 彼はカッコいいし、今でもすっごくモテるのよ。それにね、もう二十年以上付き合っている、彼にべた惚れの恋人が二人もいるのだから」


「おいおいお前、二番目でもなくて三番目かそれ以下かよ! 少しは自分を大事にしろ! 報われない不倫に年数を費やして、気付いたらき遅れていても失われた時間は戻ってこないぞ」


「だから不倫ではないって言っているのに、大きなお世話です!」


 私も頭に血が上っていてまともに受け答え出来ていませんでした。不貞を働いているいないの問題ではなく、そもそも私とルイは男女の関係ではないのです。


「パパ活なんてお前がやっているって知ったら、親はどう思うか分かっているのか? 特に親父さんなんて手塩にかけて育てた娘がって嘆き悲しむだろーが! 真っ当な相手と結婚して早く孫の顔を見せてやれよ」


 どうしてケンにここまで言われないといけないのか、理解できません。


「余計なお世話よ! 私がき遅れていてずっと結婚しなくても、父親と同じくらいの歳の男性と付き合っていても、誰にも迷惑は掛けていません。兄のところにはもうすぐ赤ちゃんが生まれるから両親だって孫の顔は見られるのだし」


「俺は大いに迷惑をこうむっている」


「はい? どうして貴方が?」


「俺は早く結婚して子供も欲しいからだよ! 付き合うんなら俺にしておけ、何なら一回試してみるか? 試用期間を設けてもいいぜ? 経験の差でテクはまだ未熟かもしてないけどよ、俺の方が長持ちするしスタミナもある。絶対俺なしじゃ生きられない体にしてやる」


 下品なことと一緒に大事なことをサラッと言われたような気がしたのに、私は益々頭に血が上っていて正常な判断が出来なくなっていました。


「どういう意味よ! 随分な自信じゃないの」


「だ、だからそのまんまの意味だってば、ゲッ……外に……」


 そこでケンは扉の横の窓から外を見て、扉を開けました。ルイが戻って来ていたのです。彼の表情は何とも言えないものでした。


 私には分かります、ルイのこの顔は良く両親が喧嘩をしている時に見られるのです。喧嘩するほど仲の良い夫婦を面白がるのです。


「えっとお取り込み中だったですね? お嬢様、明日の朝はゆっくりで良いですよと貴女に言いに戻ってきたのですけれども……」


「おい、オッサン、何そんな涼しそうな顔してんだよ! 『明日の朝はゆっくりで良いですよ』なんて流石年配者は違うな、余裕じゃねぇか」


「ちょっとケン、私のルイに向かって何て口の利き方なの! 失礼でしょ、彼に謝りなさいよ」


「いいのですよ、お嬢様。ミショー様、貴方とは少しお話をする必要がありそうですね」


「アンタ、何で俺の名前……」


 私が王都を発つ時に見送ってくれた家族の後ろにルイも控えていましたから、ルイがケンのことを知っているのは当然です。


「お嬢様はもうゆっくりお休み下さい。また明日の朝お待ちしております。ミショー様、私の宿屋まで来ていただけますか、そこの食堂兼飲み屋でお話しましょう」


「あ、ああ……」


 男性二人が出て行くのを私はぼうっと見送っていました。ケンに釘を差すのだけは忘れませんでした。


「ケン、ルイに殴る蹴るの暴行加えたりしたら私が許さないから!」


 ルイは私のその言葉に吹き出していたようでした。


「ケンは何をあんなに怒っていたのかしら。私とルイが恋人同士に見えた? あり得ないわ! ケンとは折角数日ぶりに会えたのに……あーあ……」


 一人残された私はそうつぶやいていました。




 翌朝、私は居ても立っても居られず、ルイの宿屋に駆けつけました。少し早すぎたかとも思いましたが、元々ルイは執事として朝は早いのです。


 私が驚いたことに、宿屋の一階の食堂に既にもう彼の姿がありました。しかも、何故かケンまで居ました。彼は笑顔ではありませんが、機嫌が悪いわけでもないようでした。


「お早う、えっと……二人共早いのね」


「お早うございます、アレクサンドラお嬢様。こちらにお座り下さい。いつものようにコーヒーでよろしいですね?」


 ルイがすぐに立って私をケンの隣に座らせてくれました。そして手を挙げて給仕を呼び、私の為にコーヒーを注文してくれました。


「こちらのお嬢様にコーヒーを、砂糖は入れず牛乳を多めでお願いします」


 ケンはまだ無言のままです。


「ルイ、よく眠れた? 昨晩貴方たち遅くなったの?」


「そうでもありませんよ。少し男同士で飲んだだけですから。御嬢様、何を召し上がりますか? ここのオムレツは中々美味しいですよ。野菜が沢山入っていて、貴女の好みにも合っていると思います」


「じゃあそれにしましょうか……」


 私はそこまでお腹が空いていた訳ではありませんが、確かに男性二人の前に出された朝食はとても美味しそうです。二人共全然手をつけていません。


「あの、私の食事が運ばれてくるのは待たなくていいから、冷めないうちに召し上がったら?」


「では遠慮なくそうさせていただきます」


 ケンは無言のまま食事を始めています。私は彼に何を言っていいか分からなかったので黙っていました。昨晩二人が何を話したのか、大いに気になりました。


「ルイ、今日出発前に何かしたいことある? 街の案内なら任せて」


「そうですね、御父上とダニエル様に地酒を買いたいのです。その後はもう早めに発とうかと」


「えっ、お昼過ぎまで居てくれないの、ルイ?」


「お嬢様がペルティエ領で一人前の医師としてしっかり働いているということを早く御両親に報告したくなったのです」


 ルイの気持ちも良く分かりました。


 朝食のテーブルで主に話しているのは私でした。ルイはニコニコしながら私に相槌を打ち、ケンは聞いているのかいないのか、ずっと黙ったままでした。


 ゆっくり三人で朝食を取った後は街に出て、ルイが地酒など家族へのお土産を買いました。昼前に乗合馬車の停留所でルイを見送る時に私は涙ぐんでいました。


「ルイ、気を付けて帰ってね。愛しているわ」


「私もですよ、アレクサンドラお嬢様」


 私はルイに抱きつきました。


「アレックス、貴女はミショー様としっかり話し合うことが必要ですよ」


 私のことを抱きしめながら彼は私の耳にそっと囁きました。


「でも……」


 ルイはニッコリと笑って私に軽くウィンクしました。


「ええ分かったわ……皆によろしくね」


 私は彼の乗った馬車が遠ざかるまでずっとそこにつっ立って見ていました。




***ひとこと***

アレックスのお兄ちゃん、ルイ=ダニエル君はもうすぐパパになるようです。って今回のハイライトはそこではなくて!


ルイは嫉妬に駆られたケンの言葉を全て聞いてしまったのでしょうか?


それにしてもアレックスも言い方が良くないです!

ルイは独身で二十年来のラブラブな恋人が二人も居る……全て本当のことですが……

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