番外編 野次馬(二)


― 王国歴1076年-1077年


― サンレオナール王国 西部ペルティエ領




「ケン、体が冷えて寒くない? 今手拭いを持ってくるからちょっと待っていてね」


 宿舎の前でアレックスさんは私から飛び降りると、急いで部屋に入り、手拭いを何枚も持って来ました。


「お前も体が冷えているだろ、早く風呂に入れ」


 ご主人さまはそれでもカフェから降りて、手拭いを一枚掴んで髪の毛をガシガシと拭いていました。


「貴方も風邪をひかないようにね……」


 そこで二人は一瞬見つめ合っていました。


「アレックス……」


 ご主人さまの声がかすれていました。彼の中に欲望の火がついたことくらい私にも分かります。


『寒ぃよ、俺早く帰りてぇ』


『カフェ、アナタなんてムードのない!』


「あ、あの、カフェとエトワールも可哀そうだから……急いで帰って馬屋に入れてあげて」


 そこでご主人さまはフッと笑ったようでした。


『うんうん、アレックスさんってつくづく良い人だよなぁ』


『いいえっ、ご主人さま、早くアレックスさんの部屋に入って二人で体を温め合って下さいっ! 私たちなら大丈夫です、窓から見て見ぬふりしていますから!』


「全く、馬思いなお嬢さんだ。じゃあな」


 私の声援も虚しく、ご主人さまはアレックスさんの部屋に強引に入ろうともしません。私はあまりの落胆のためズッコケてしまいました。


 そしてご主人さまは一瞬アレックスさんの唇に口付けた後、再びカフェにまたがり、私を引いて帰路に就いたのです。


 カフェは早く家に帰りたくて早足になっています。私は彼の後ろについて行きながらブツブツ言っていました。


『水も滴るイイ男とイイ女が見つめ合ってそのまま一線を越えないだなんて……ないわー』


「今すぐKiss you~♪ Wow wow Come here I love you~♪」


 ご主人さまはそれでもご機嫌のようです。


『俺は今日のところは早く帰りたかったから、ケンが奥手男子で助かったぜ』


『ご主人さまは奥手なんかじゃないわよ! 紳士なの! 雰囲気に流されてサッサとヤッてしまうのではなく、堅実に愛を育んでいかれるなんて、ご主人さまったらス・テ・キ♡』


『へっ、ものは言いようだよな』




 それから私はご主人さまの行動を念入りにチェックしていました。それにはミエルとショコラの協力は欠かせません。色気より食い気の彼らは私の干し草や人参を分けてやっただけで快く協力してくれました。


 こういう事にはカフェは呆れかえって全然乗り気にならないのです。


 ミエルとショコラはご主人さまが荷馬車でデートに出掛ける時は後で必ず報告してくれて、実に良い仕事ぶりを見せてくれます。


『今日は旦那とあのアレックスさんを乗せてラプラントの街まで行ってきたぜ』


『まあ、今度はラプラントへお忍びデェト?』


『ああ。旦那は終始ご機嫌でさ、荷馬車でも二人でイチャついていたなぁ』


『キャー、荷馬車でイタシちゃったのかしら!』


『お前な、かなり鼻息荒くねぇか』


『女の子に向かって失礼ね、カフェ! 馬なんだからしょうがないじゃない! それで、ミエルどうなの?』


『いや、寄り添って口付けていただけだって。まあそれでもお前の言ういわゆるラブラブって感じ?』


『ヒヒーン、良かったわ。ご主人さま幸せになって下さいぃ~』


『ああ、ケンが気の毒だぜ。一部始終を見聞きされているなんてなぁ。どこで何していようが放っておいてやれよな。馬には乗ってみよ人とはヤッてみよって言うんだろ、人間ってのは』


 カフェは完全に盛り下がっています。それはそうと、こいつは知識をひけらかそうとして、逆に恥をかくタイプなのです。


『はぁ~、さすが種馬らしい間違いだわ……口を開かずに黙っていればまずまずカッコいいのにね、そこがアナタの残念なところよね』




 そしてご主人さまがアレックスさんとのデートを重ねていたある日、私は重要情報をゲットしました。


『旦那は昨日買出しに出掛けて干し肉や食糧を買いこんでいたな』


『俺、ヴィーちゃんとケンが話しているのを聞いたよ。何でもケンは彼女と泊まりがけで出かけるとか』


『泊まりがけ? これっていわゆる婚前旅行? ご主人さまったらやるぅ! ヒッヒヒーン』


『彼女としっぽり温泉旅行ってか? こんなうるさいのじゃなくてミエルとショコラを連れて行くのが正解だな』


 カフェはいつも一言多いのです。もう無視してやります。


『流石ご主人さま! 彼女との初めては屋外の草むらとか荷馬車の上ではなくて、もっとロマンティックないい思い出にしたいのでしょうね』


 ミエルとショコラにはおやつと引き換えに旅行でのラブラブカップルの様子をしっかり観察して私に報告してくれるように頼みました。彼らが帰ってくるのが待ちきれません。




 結局旅行はたった一泊二日でした。それでもその短い間にご主人さまの恋には大いに進展があったようです。


 旅行帰りのミエルとショコラをうまやに入れていたご主人さまの表情などからさとりました。


「お前らも疲れたろう、しっかり休めよ」


 彼が何だか普段以上にニヤニヤニコニコしています。この私まで嬉しくなってしまいます。


『お帰りなさい! お疲れ様、婚前旅行どうだった? ちゃんと貴方たちのためにおやつのりんごはとってあるわよ~』


『帰宅するなり質問攻めかよ、お前らに同情するぜ……やれやれ』


 カフェは興味なさそうにそのままゴロリと横になってしまいました。


『いや、別にいいよ。どうせ今晩中に報告会しないとエトワールお嬢様は気が済まないんだろ?』


『良く分かっているじゃないの。で?』


『結論から言うと、俺達が二人と一緒だったのは行きと帰りだけだからさ、四六時中行動を見ていたわけじゃないんだ。別荘のうまやに居たら何も分かんねぇし』


『どこかの街の宿じゃなくて別荘?』


『ああ、静かな湖畔の一軒屋だったな』


 だからご主人さまは食糧を買い込んでいたのでしょう。他に人の居ない、本当に二人きりの旅行だったのです。


『向こうに着いた日には二人でそのまま湖に舟で出て、それから午後に別荘に戻ってきていた。それから今日ペルティエに発つまではずっと二人で別荘にこもりっきりだったぜ』


『ということはということなのよね、ヒヒィーン!』


『だろうなぁ。二人は帰り道ずっと寄り添っていて旦那の方はこう彼女の肩をしっかり抱いていたな。そんでもって、ケン素敵な時間をありがとう♡ また一緒に来ようなアレックス♡ってな感じ?』


『要するにお前の言うところの超ラブラブ状態よ』


『キャー! キャー! 何だか私、鼻血が出てきそうよぉ~。二頭とも情報ありがとう。ゆっくり休んでね』


 ミエルとショコラは流石に疲れていたのでしょう、あっという間に寝付いてしまったようでした。


『良かったわ、おめでとうご主人さま……』


 そして私も床に入ろうとしたところ、カフェがむっくりと起き出してきました。


『あら、アナタ寝ていたのではなかったの?』


『いやぁ、やたら興奮してるお前を見て俺もちょっとその気になってきたって言うか……なあ、いいだろ?』


 コイツは寝たふりをして私たちの会話を聞いていたのでした。そしてムードもへったくれもなく、いきなり私にまたがってきます。


『ちょっとぉ、繁殖期はもう終わってなかったかしら? この万年発情期ぃ! いやぁん、その馬鹿面下げて近付いて来ないでぇ!』


『馬鹿面言うんじゃねぇ、俺はただの馬面だ。お前だって満更でもないだろぉ~オラオラオラァ』


『あぁ~ん♡ カフェったらぁ、そこいやぁん、ダメェ♡』


『エトワールゥ♡ あぁっ! イイよ、俺もう、ウウゥッ』


『『ヒヒヒーンッ♡』』




******




 大変失礼いたしましたわ、ヒヒーン。


 ともかく、私の応援の甲斐もあり、こうしてご主人さまとアレックスさんは愛を育んでいきました。そして一年後、秋晴れの良き日に二人の結婚式が行われたのです。私は、と言うと式の少し前に可愛い仔馬を出産しました。ええ、二頭で思わずサカって盛り上がったあの時の……何、計算が合わない? 合ってますわようふふ、馬の妊娠期間は約十一カ月なのですもん。


「今期はもう駄目かと思って諦めていたけど……エトワールでかしたぞ! 元気な仔馬を産めよ。結婚式の頃だなぁ、最高の結婚祝いだ」


 私の妊娠が分かった時、ご主人さまは嬉しそうにおっしゃいました。ヒヒーン、私たち、ご主人さまたちの仲の良さに触発されちゃったのです。




     ――― 野次馬  完 ―――




***ひとこと***

シリーズ作初、動物のラブシーンを書いてみました……


馬齢四歳未満の仔馬の鑑賞には不適当な場面がございました、失礼いたしました。

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