第七話 昔の恋

― 王国歴1070年-1076年


― サンレオナール王都




 私は学生時代、騎士科の先輩と付き合っていました。私の周りの男性と言ったら、父親ベンジャミンは魔術師、兄は高級文官を目指すガリ勉でした。執事のルイが私の知っている中では一番剣の腕が立ちました。


 私も医科で兄と同じく勉学一筋でした。私の育った環境に騎士は居なかったので、騎士科のその先輩との付き合いは始めの頃だけとても新鮮な感覚でした。


 しかし、先輩は取柄と言ったら剣の腕くらいなのに稽古もあまり熱心にしているようでもありませんでした。しばらくすると彼の本性が見えてきたのです。


 練習試合で負けるだけでも癇癪を起こすような、プライドが高いだけの男だったのです。そして周りから一目置かれてちやほやされていないと気が済まない性質たちの人でした。


 真面目に勉学に励む私のことを小ばかにしたような彼の態度に、私は何度も嫌な気分にさせられて、あっという間に別れることになってしまいました。


 彼が私をふった後すぐに他の女の子と付き合いだしたという噂を聞きましたが、何とも思いませんでした。別に未練もなかったからです。


 後日その新しい彼女はなんと私の教室までやって来て、私に釘をさしていきました。彼がどんなに素敵で情熱的か、彼女の方が私よりもどれくらい愛されているかをとくとくと語ってくれました。


 私はどうしても彼とはキスまでしか出来ませんでしたが、彼女は彼と一線を越えたと匂わせていました。もしかしたら彼は私と別れる前からもうその子とできていたのかもしれませんが、もうどうでも良かったのです。


「話はそれだけ? 私、急いでいるから、どうぞ彼とお幸せに」


「何よ、貴女その態度、負け惜しみでしょ!」


 後ろから彼女のキンキン声が廊下に響いていました。彼にあっという間にフラれたことに対して私は学院では特に気にしている様子も見せませんでした。私もそのくらいの誇りはあるのです。


 けれど家では執事のルイに泣きついていました。


「二人して私のこと、嘲笑っているに違いないわ……私がどんなに面白みのないつまらない女か、バカにしているのよ。私、口惜しいわ、ルイ……うわぁん」


 ルイの胸で号泣したら少し気分が晴れました。


「アレックスはその最低男のこと、本当に好きだったのですか?」


「いいえ。ただ、あの二人がムカつくだけなのかも。あの女、彼ともう寝たってほのめかすのよ。私と別れてまだ数日も経っていないのに……私ってそんなに魅力ないの?」


「貴女の良さが分からないバカな男ですね。それに女の方もまだ若いのにそこまで自分を安売りするなんて、愚かです」


「そうかしら? ええ、そうよね。新しい彼女は金髪で胸もこんなに大きくて、顔立ちは……不細工ではないけれど性格の悪さが滲み出ているし、知性の欠片も感じられないわ」


「ははは、女の方はきっと脳に行くべき栄養が全て胸の方に回ってしまったのでしょうね。男の方は筋肉だけが発達したのでしょうか」


「ルイ、結構毒舌ね」


「私の大切なアレックスを侮辱して泣かせた罪は重いですから」


 私が初等科の頃までルイは私のことをアレクサンドラ様とか御嬢様と呼んでいました。


 けれど貴族学院に上がった頃から、二人きりの時はやっとアレックスと呼び捨ててくれるようになったのです。相変わらず私には敬語で話していたルイですが、私は彼にさも愛しそうにアレックスと呼ばれるのが好きでした。




 その次に付き合ったのは医科の同級生でした。貴族学院の最終学年にお互い医師の試験のための勉強を良く一緒にしたものでした。苦しい時を共に過ごし、私もこの彼となら一生手を取り合っていけるかもと思っていました。


 二人で試験の合格発表を見に行き、二人共合格したのを確認すると人目もはばからず涙を流しながら掲示板の前で抱擁していました。その夜、私は彼と結ばれました。


 ところがその年、王宮医師として就職できたのは私と別の同級生だったのです。やむなく私の彼は貴族の掛かりつけ医としての仕事を見つけました。


 それから私たちの間には溝が出来始め、数か月後に別れることとなってしまいました。


 そして数年後、私が今回王宮医師の職を退いて西部ペルティエ領に移ることになった時、彼から連絡が来ました。彼はやっと王宮医師として就職できることになったから私とよりを戻したいとのことでした。


 私はその申し出を丁重にお断りしました。確か彼はどこぞの令嬢と婚約したと聞いていましたし、私はもう彼とやり直す気もありませんでした。どのみち遠距離恋愛になってしまう彼とはまたすぐに別れることになるに決まっていました。


 彼が王宮に就職出来たのは私が抜ける後釜を募集していたからだと知った彼は、私の執務室にまでわざわざやって来て罵詈雑言を浴びせてくれました。


「俺がどれだけ王宮医師として働きたかったか分かっていたくせに、その地位を簡単に捨てて、しかも俺が就職できて喜んでいるのを高みの見物で笑いながら見ていたのだろう。だからお前みたいな嫌味な女はいつまで経っても独身なんだよ」


 私がエリート王宮医師の席を投げうってまで医師の足りない地域に普通医師として赴くことを理解するどころか、私が人を小馬鹿にしているとしきりに非難してくれました。


 私の王宮医療塔の同僚達にもあることないこと吹き込むに違いありません。私はもうどうでも良かったのです。


 その日も私はルイに泣きつきました。


「ねえ、ルイ。私ってどうしてこじらせてばかりなのかしら。口惜しいけれど、彼の言ったことは正しいわ。いつまで経っても恋人ができないし、まだ独身よ。恋愛偏差値が低くて悪かったわね……」


「アレックスはこんなに素晴らしい女性なのに、ひがんでいじけるだけの男とは別れて正解です。貴女はただ、貴女に本当に相応しい人に出会っていないだけなのですよ」


「そうね、私の男運ってとことん良くないけれど、私のことを本当に愛してくれる男性なんて居るのかしら?」


 泣きついたと言っても、今回はもう涙は流しませんでした。半分諦めの境地にあったのかもしれません。


「はい。きっとアレックスも生涯共にできる人に巡り会えますよ」


「どうしてそう断言できるの?」


「私のアレックスは立派な美しいレディになられたからです。私から見ても惚れ惚れしますよ。御母上のご気性にそっくりでいらっしゃいます。気が強いけれど人を思いやるところなどでしょうか。それから愛に生きるところもきっと引き継いでおいでですから」


「そうね、ありがとうルイ。私の理想はしょうもないプライドに無駄にしがみついてない人かしら。ありのままの自分を認めて、私とお互いに尊重し合える人。私そんなに高望みしていないわよね。あ、それと私がルイよりも好きだって思える人でないと駄目。この条件だけはかなり難しいわね」


「そうでもないですよ」


 ルイは優しく微笑んで私を軽く抱きしめてくれました。




***ひとこと***

今話はアレックスの恋バナというよりは、執事のルイとアレックスお嬢様の秘密の関係でした。

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